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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
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 周介が目を覚ましたのは、どこかの知らない公園だった。


 建物の中ではない。目を開けた時に映ったのは、赤くなりつつある空だった。


 二月の空気が肌を刺すように冷たい。これから夜にかけてもっと気温が下がってくるだろうことは容易に想像できた。


 時間はすでに夕方になろうという頃だった。時計を見るまでもなく、赤くなった空がすでに夕方であることを告げている。


 周介はゆっくりと体を起こし、周りを見渡す。


 意識が曖昧になっている間に、どうして自分がこんなところにいるのか、ずっと放置されたのか、何が起きたのか。


 頭の中がぐちゃぐちゃになる中、周介は自分が寝ていたベンチに座ったまま放心してしまっていた。


 そして古典的だが、自分の頬を思いきりつねってみる。


 痛かった。普通に痛かった。


 夢ではない。寝坊したことも、思い切り自転車で全力疾走したことも、電車に飛び乗ったことも、飛び乗った電車が暴走したことも、そして妙な人物が現れ、電車から飛び降りたことも。


 そして、もうすでに試験が終わる時間であるということも。


 自分がやってきたことがすべて無駄になってしまったということを知って、周介は放心した状態のままその場にいることしかできなかった。


 あまりの状況の変化に、まだ頭が追い付いていないのだ。そして、頭が理解できても、心が追い付いてこないのだ。


 今まで培ってきた時間が、努力が、水泡に帰したという衝撃は、中学生の周介では到底受け止めきれないものだった。


 ただでさえ混乱している頭の中で、周介は一つだけ感じることがあった。


 携帯が鳴っている。電車の中ではマナーモードにしていたために、正確には振動しているといったほうがいいだろう。


 ポケットの中で振動する携帯をとり、画面を見るとそこには自宅からの通知が何件も入っていた。


 当然といえば当然だろう。試験に行けなくて、しかも夕方までこんな場所にいるのだ。


 学校からも、試験場に到着していないという連絡も入ったことだろう。親からも学校からも、それぞれ電話が入ってきているようで、携帯の通知が山のようにたまっていた。


 こんな時間まで、そんなことを考えて周介が上を向くと、すでに赤かった空は暗く、星が出始めていた。

 そして、周介の目にも映る、他の景色を照らす、蒼い光が見えていた。


 月の光を見て、自分の目も、あのように光っていたのだということを思い出す。


 一体何がどうなっているのか、いったいなぜこのようなことになったのかわけがわからない。だがいつまでもこうしていても仕方がないと、周介は割り切って携帯に残された履歴を見てみることにした。


 家からの連絡、学校からの連絡、そして親からメッセージでいくつかの文章が書かれていた。


 どこにいるのか、何をしているのか、無事なのか、そういった心配するような内容が目立つ。


 心配をかけたのだということは十分に理解できた。だが周介自身も今自分がどこにいるのか正確に把握できていない。


 とりあえず携帯の地図機能を使って今自分がどこにいるのかを確かめることにした。


 地図アプリを開くと、そこに表示されていたのは家と試験会場にもなっていた高校の中間に位置する公園だった。


 電車から飛び降りて、その後どうなったのか周介は覚えていなかったが、少なくともこの近くに降り立ち、この場所に放置されたのだろうということは理解できた。


 とにかく家に帰ろうと、周介は最寄り駅までのルートを検索して歩き出す。その足取りは重い。朝に勢い良く駆け回り、軽かった足が嘘のように重く、鉛のようであった。


 そして何より、歩き出して初めて気づいたが、周介は非常に腹が減っていた。


 朝から何も食べていないのだということを思い出し、周介は自分の財布の中を見る。


 幸いにして何か食べるのに必要な程度の金銭はあった。寝ている間に盗られたりなどということもなかったようである。


 頭が混乱している状態でも、心がぐちゃぐちゃの状態でも、しっかりと体は空腹を覚えている。


 生きているから仕方のないことだろうと割り切っても、それでも周介からすれば皮肉でしかなかった。


 駅前にあるラーメン屋を見て、とりあえずここに入って何か食べようと、のれんをくぐり店内に入る。


 どうやらここは食券を販売して提供するタイプの店であるようだった。周介の好物である味噌ラーメンを注文し、セルフサービスとなっている水を自分で汲んで席で待つ。


 親からきていたメッセージに、今目を覚ましたこと、無事であること、よくわからないことが起きたこと、空腹であるから食事をしてから帰ること、そして試験を受けることができなかったことなどを、半ば箇条書きで記していく。


 文章にしていくと、なんと荒唐無稽なことを書いているのだろうかと周介自身笑うことしかできなかった。


 そんな返事を書いている間に、いつの間にか周介が頼んだ味噌ラーメンがテーブルに置かれる。


 とにかく食べようと、割り箸を手に取り、軽く息を吹きかけてから麺をすする。


 暖かい湯気が顔に当たり、麺をすするたびに口の中に味噌の独特な香りと、麺に残る小麦粉の香りが口の中に広がる。


 暖かいものを食べているせいか、鼻水が出る。そして、本人も気づかない間に、涙もゆっくりと目から流れていた。


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