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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
二話「手を取り合うその意味を」
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「でも、ドクターも言ってたけどさ、百枝の考え方は間違ってないと思うよ。普通の人だったら、たぶん普通にそう思うでしょ」


 間違っていない。ドクは確かにそう言っていた。


 道徳的な点で言えば周介の方が正しいのだろう。おそらくあの場にいた全員がそれを理解していた。


 だがそれでも、道徳ではどうにもならない現実があった。道徳で人を救えないと言われたような、そんな状況だった。


「それ聞くと、なんか安形たちは普通じゃないって聞こえるんだけど」


「そりゃそうでしょ。あたしたちは能力者だし。普通の人とは違うから」


 普通とは違う。それは遠回しにではあるが、周介ももう普通の人ではないといっているようなものだった。


 事実そうなのだろう。周介はすでに能力者となった。すでに能力を有してしまった。だから普通の人ではないというのは当たり前のことなのかもしれない。


 普通ではない。今まで普通だった、普通であるということを意識すらしなかった周介にとって、その事実は本人が思っているよりもずっと、重くのしかかる。


「あたしたち能力者が……っていうか、この組織が優先するべきなのは、能力者によって普通の人たちが害されないこと。それがどんな状況であれ、普通の人たちが普通に生きていけるようにするために、あたしたちがいる」


「……正義の味方みたいな感じか?」


「言い方を変えればそうなるかもね。でもそんなにいいものじゃないってのは、百枝もわかったっしょ?なんていえばいいかな。能力は武器とかと同じ、持っていると危ないから、もし仮にそういうのを持っている人がいたら警察は職質するっしょ?」


「そりゃ、そんな人がいたら間違いなく職質……っていうか即行で連行されるな」


 銃刀法違反を堂々としている人間がいたら、それこそコスプレか何かと勘違いされる可能性もあるが、間違いなく職務質問はされるだろう。場合によっては任意同行や即時連行ということもあり得る。


「あたしたちがやるのは、その即時連行とか、職質とかそういうこと。実際に罪に問われるかとかそういうのを考えるのはあたしたちの仕事じゃない。ただ、普通の人が能力者たちに傷つけられる前に何とかする。今回のことだってそうだったじゃん。あの死体に、普通の人たちが危害を加えられる前に移動させた。移動中も、普通の人たちに気付かれないように、そんで害がないように運んだっしょ?大変だったけど」


 瞳の言葉に、周介は納得してしまっていた。確かにそうかもしれない。危ないもの、武器などの類を持っている人間をそのままにしておくのは文字通り危険だ。


 だからこそ確保する。拘束する。連行する。


 今回の死体のことを例に挙げれば、あの死体には爆弾が取り付けられているようなものだ。しかもその死体から取り外すことができない爆弾だ。そんな爆弾付きの死体を家族のもとに送り返すわけにはいかない。そういうことなのだろうと、周介は先ほどまでのやり取りを反芻して、頭の中で少しずつ咀嚼していった。


 全てが納得できるわけではない。だが、少しずつ、先ほどのやり取りがそういうことであるということも、瞳の言ったように『仕方のない事』であるということも、納得しつつあった。


 何を優先にするべきなのか。


 能力者か、それとも普通の人々か。


 どちらが理不尽かといわれれば、正直どちらとも言い難い。どちらが正解なのかといわれるとどちらも正解ともいえない。


 だが、能力者たちはそれを優先しているというだけの話だ。


 周介は先ほど『正義の味方』という単語を使ったが、能力者たちが行っているのは、少なくとも五輪正典という組織の人間が行っているのは、正義にほど近いが、正義ではない何かなのだろう。


 だからこそ、正義ではないからこそ、納得できない部分も出てくる。いや、仮に完全な正義だとしても、人によっては納得できないことというものはあるのだろう。


 それが人が決めて、人が行うことである限りは。


「百枝はさ、ここに入ったのは借金のためだって言ってたじゃん?借金を返すために、言ってみれば働いてるわけじゃん?」


「まぁ、そうなる。本格的に働くのは四月からって言われたけど」


 もうすでに活動らしいものを始めてしまっているために、そのあたりがうやむやにされている可能性はあるが、おそらくドクたちはこれを一種の研修のようなものだとしているのだろうと周介は考えていた。


 一種の試用期間のようなものだ。本当に役に立つかどうかを試しているのだろう。


「だったらさ、百枝自身がこうしたいっていう考えとかは一度置いておいてさ、とりあえず上の人間の指示に従っておいたら?状況もわかってないうちにあれこれ言っても、無駄に衝突するだけだし」


 それは、同世代の人間から出る言葉とは思えないほどに大人な発言だった。状況もわかっていないものが何を言ったところで、無駄に敵を作るだけだ。事実なだけに、耳が痛かった。


「……確かに。そう考えると、俺明らかに余計なこと言ったよなぁ……余計なことっていうか、明らかに間抜けな感じなこと言った気がする」


「別に間抜けな事じゃないでしょ。ただ単に、あんたはまだこの組織を理解できてないってだけ。入ってまだ一カ月も経ってないんだからそれは当たり前だって」


 周りはすべて状況を理解している人で、自分一人だけが状況も理由も理解できていない。新人で新米で、仕方のないことだというのは周りも十分に理解していることだ。


 だからこそ、必要以上に周介に誰もそれを言わない。おそらく、自分で理解し納得することが一番だと思っているのだろう。


 だからこそ、こうして瞳が直接言ってくれることが周介にとってはありがたかった。


「ありがと。いろいろと教えてくれて」


「別に。これからチームになるんでしょ?チームメイトにアドバイスすることなんて当たり前じゃん。いや、もうチームになったっていったほうがいいのかな?」


 チームメイト。周介と安形は、これからチームを組む。いや、もう今この時点で、二人はチームなのだ。


 そんなことを考えていると、安形は人形の手入れをやめ、周介の方に手を差し出してくる。


 その意味を理解して、周介は苦笑しながらその手を取って、しっかりと握手した。


「これからよろしく」


「よろしく。あたしを楽させてよね」


「善処するよ」


 互いに笑う二人は、この日初めてチームであることを互いに自覚した。物体を回すことができる周介と、人形を操れる瞳。二人のチーム名は、まだない。


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