0068
「百枝さぁ、まだ怒ってんの?」
「別に怒ってない」
「そんな顔して言っても説得力ないし。そんなに、あの死体のこと不満なわけ?」
周介と瞳は自分が使った装備を片づけるため、いつも使っている訓練場所までやってきていた。
周介の装備は簡単に取り外しが可能だが、マネキンに関しては人を一人担ぎ、また運んでずっと走っていたということもあってか損傷が少し見られる。それらの確認などを手伝っているのだが、その中で周介の表情はあまり良いとは言えない。
眉間にしわを寄せて、明らかに不満であることをありありと見せつけていた。
「しょうがないじゃん、あぁいうのは下手なことするとかなり大きな騒ぎになっちゃうんだから。あたしたちがどうこう言ったところでしょうがないでしょ」
「わかってる。わかってるんだよ。わかってるけど……」
周介だって何もすべてが理不尽で、すべてに納得がいっていないというわけではないのだ。
能力が危険だということは理解できる。そして死体が発動している能力を止めることができない以上、死体を家族のもとに戻すことがどれだけ危険なことか、そのことも理解できるし納得もできる。
だが、それでもすべてを納得できるというわけではないのだ。これは理屈ではない。感情の問題なのだ。
そういった考えも仕方のないことであるということも、理解はできる。理屈も、どうしてそうなってしまうのかもわかる。だが、納得することがどうしても周介にはできなかった。
納得するには、周介はまだ幼すぎた。
どこかで折り合いをつけなければならない。どこかで妥協しなければならない。そういった、どうしようもない状況にぶつかって、どこかであきらめなければいけない。そんな風に、すぐに考えられるほど周介は大人になれていなかった。
本当であれば、もっと反論したかった。もっと、自分が正しいと思うことをぶつけたかった。あの場にいる全員に。そして、あの死体の運命を決めたドクに。
だがあれ以上何も言うことができなかった。言いたいことがたくさんあったというのに、腹の奥でくすぶる感情が、口に出したい言葉が、山ほどあったというのに、周介はそれを吐き出すことができなかった。
それを言ったところでどうしようもないということも、わかってしまったからなのだろう。
子供じみた我儘だということも、状況を正しく理解していない、そんな子供の戯言であるということもわかってしまっていた。
あの場で、あの中で、周介だけがそのことを納得できていなかった。そして、納得できない理由も、どうしようもないというその訳もわかってしまった。
既に何度も、その気持ちが誰かからぶつけられたものであるということも、気づいてしまった。
だからこそ、こうして不満そうな顔をすることしかできないのだ。周介一人の言葉でどうにかなるのであれば、また話は違ったのだろう。
いや、仮に周介の言葉一つでドクが前言を撤回してくれたとして、それが最良の方向へと進むという保証はなく、むしろ状況を悪化させる可能性も高かった。
そこまで理解できてしまうからこそ、周介はあれ以上何も言えなかったのだ。納得しきっていないとしても。
あれ以上言葉にしてもどうしようもないということを、他でもない周介が感じ取ってしまったのだから。
「こういうのは慣れてくしかないでしょ。今までも似たようなことあったし」
「そうなのか?」
「あたしは当事者じゃなかったけどね。能力にまつわる話は、どうしたって制限がつくから、納得がいかない結果に終わることってあるみたい。世間に隠そうとする以上、仕方ないことだと思うけどね」
「仕方がない……か」
仕方がない。いったい何が仕方がないのか、周介にとっては理解できていない。いや理解はできているのだ。
能力は危険だ。武器や兵器と同じ。使い方を誤れば大惨事を巻き起こす。普通の武器や兵器と違うのは、それを持つのが一個人であるということだ。
持つことを選ぶこともできず、持たないことを選ぶこともできない。いつの間にか、押し付けられるように渡されてしまった、抜身の刃物のようなものだ。
能力のことを公表すれば、今までとは違う世の中になってしまう。
能力を隠していた人が、能力を持って好きなようにしていた人が、能力を持ってしまった人が表に出てくることになる。
その結果どのようなことをもたらすのか、想像できない周介ではない。
刃を持つ者は、その刃の危険性を理解するよりも早く、それを向けてしまうかもしれない。
刃を持たないものは、その刃の恐怖を知るよりも早く、それを持つ者を拒絶するかもしれない。
もちろん、すべてを予想することなどはできない。だが大きな反発や運動が起きるだろう。それこそ日本だけにとどまらず、世界各国で。大きな規模で。
そんな状態になれば間違いなく事件なども増える。それを防ぐために能力のことを隠しているのだ。
だからこそ、このように納得のいかない結果ができてしまう。それもわかる。理解できる話だ。
だがその当事者になった時、納得できるかといわれるとそうではない。
いくら大局的な理由を突き付けられようと、目の前で起きていることをすべて容認できるわけではないのだ。
まだ中学生の周介に、そのようなことをいきなり理解して納得しろというのが無理だということは、おそらくドクもわかっているのだ。だからこそ、頭ごなしに否定するのでも、無理やり説得するのでもなく、あのように諭すような言い方をした。
周介もそのことをわかっている。周介以外の全員が、すでにその納得できないことを飲み込んだ大人で、周介はまだ消化しきれていない子供だというだけの話だ。
周介の不満顔は、だからこそ今も続いている。周りが大人で、自分が子供だという事実を突き付けられているからこそ、不満なのだ。
「安形はこういうの平気なのか?あんな、あぁいうことがあっても」
「……あたしは当事者じゃないからね。家族が死んだわけでも、怪我をしたわけでも巻き込まれたわけでもない。もしこれが、あたしの家族が巻き込まれたりしたら、さっきの百枝みたいに突っかかったのかもしれないけど」
「知らない人でも、死体が家族のもとに返されないっていうのは嫌だろ?なんていうか、もやもやする。自分のことじゃなかったとしても、自分に関係ないことでも」
周介のどうしようもない不満顔と、そんなやるせない言葉を聞いて、瞳は目を細め、そして薄く笑う。
「気持ちはわかるけどね。でも、あたしはそこまでではないかな。だって他人じゃん。ニュースとかでやってる事件や事故と同じ。今回はあたしたちが出張ったけど、他の人がやってたらたぶん、百枝も『あぁそうなんだ』程度にしか思わなかったんじゃない?」
「それは……」
そんなことはないと、周介は否定することができなかった。もし今回の事件を解決するのが、別の人間だったら。もし周介があの死体を見つけていなくて、別の人間が見つけて別のチームがどうにかしていたら。確かに周介はドクからその話を聞いても、そんなことがあったのか程度にしか思わないかもしれない。
結局のところ、今回周介が関わったというのが一番の要因なのだ。子供らしい感情論に従っているだけの問題なのだ。
目の前にあった死体がどうなっていくのか。自分の手で運び、自分の手でそうなる形にしてしまった、そんな風に想ってしまうからこそ、周介は今こうして不満でい続けているのかもしれなかった。