0066
『次の信号を右へ。その次に左へ、そこから少し進むと分かれ道になっていますので左へ。注意してください』
「分かれ道と信号が多い!なんでこんな細かい道が多いんだ!」
「仕方がないでしょ、ここは東京のど真ん中だし?田舎とは違うって」
「田舎なめんな!数百メートルに一個くらい信号あるわ!」
「はいはい。次右だって」
周介はメイト11のナビを聞きながら、背中に乗せている瞳の指示を聞いて移動を続けていた。
周介の住んでいる田舎と違い、とにかく信号と分かれ道が多い。そのため周介は何度も何度も曲がることを余儀なくされていた。
歩いていた時は気にも留めなかったが、実際に走るととにかく信号が多く、行先をふさがれることも多い。立体交差的な橋もあり、一体どこに進めばいいのかもわからないような場所が目立つ。
こんな道をなぜ他の人々は当たり前のように走ることができるのか不思議だった。もっとも周介と違い他の人々は車に乗っているのだが。
「百枝、前との距離が詰まってきてる。前のマネキンの速度上げて」
「了解。でもあんまり離れすぎると危ないだろ?」
「そのあたりはあたしが調整するから大丈夫。あんたは走ることに集中して。じゃないとあたしまでクラッシュするんだから」
周介に乗っている瞳は周介が転べば一緒に道路に投げ出されてしまうのだ。そうなると周介のように転び慣れている人種と違い大怪我をしかねない。
この場にほかにマネキンがいればよかったのだが、残念ながら瞳がもってきたマネキンにも限りがある。
もっと人手があれば話は変わったのだろうが、あいにく一度に持ってこられる人形の量も決まっているために限度がある。
周介も一緒に運ぶことができればまた話は違ったのだがと、周介は小さくうめいていた。
「ギリー02さん!俺らちゃんと目立ってないですか?」
「日本語おかしい気がするけど大丈夫だ。周りの目は逸らせてある。あと何キロだ?」
「あと……五キロ!まだまだ先ですね」
右へ左へ、とにかく曲がりながら進んでいるためにとにかく効率が悪い。空でも飛べたらまた話は違ったのだろう。だがこういう地面を走っている時点でどうしても交通規制に引っかかってしまう。
「いっそのこと首都高に入ったほうが早いんじゃない?ドクター、そのへんどうなの?ダメなの?」
「あと五キロだぞ?高速なんて乗ったら通り過ぎちゃうだろ」
「ここは田舎じゃなくて東京だってば。出入口なんていくらでもあんの。で、ドクター、どうなの?」
周介が疑問符を飛ばす中、無線の向こう側でドクは唸る。実際首都高を使ったほうが早いのは事実だろう。
だがドクは首都高を使うことがあまり乗り気ではないようだった。
『早いは早いんだろうけどさぁ、あれなんだよね、ETCとかを突っ切ることになるでしょ?あとで国交省から文句が来るのは嫌なんだよね。緊急とはいえこの前高速でやらかしちゃってただでさえ怒られたからさぁ』
「時と場合によるんじゃないです?ここで事故ったらそれこそ警察沙汰ですよ?」
『んー。安易な返答はできないなぁ。このペースだとあとどれくらいで到着する?』
『このペースなら後二十分程度はかかるかと』
『だってさ。後二十分!頑張ってくれ少年少女!』
「大人って肝心な時に役に立たないから嫌になる」
無線を切った状態で悪態をつく瞳に、周介は苦笑することしかできなかった。
とはいえ半分は同意してしまうのも事実だ。あまり東京の事情を知らない周介とはいえ、今の会話の中でいろいろと気になることができた。
国交省。正式名称国土交通省から、この間の高速道路の案件でお叱りを受けてしまったという事実。これは周介にとって他人事ではない。
何せ当事者の一人だ。完全に巻き込まれただけの被害者とはいえ、あれに関わっていたのは事実。そのため何とも言い難かった。
「でさ、首都高ってそんなに細かく出入り口があるのか?」
「ん、看板が時々出てるっしょ?あれが入り口。今まで何度か通り過ぎたのわかる?」
「そこまで景色に目を向けてられないんだけど。他の人にぶつからないようにするので精いっぱいだよ」
周介は常に体を動かしてバランスや姿勢を保っている状態だ。近くに車がいないか、バイクがいないか、自転車や歩行者がいないか気を使って走っている。
そんな状態で他の景色に気を付けられるほどの余裕はなかった。
「山手線の駅よりは出入り口は多いんじゃない?それこそぐるぐる回れるくらいだし」
「駅と同じ感覚じゃそんなに多くないんじゃないのか?」
「田舎と一緒にしないでっての。ここは東京。ディスイズ東京、アンダースタン?」
「田舎なめんなよ!っていうか俺そんなに田舎出身じゃないわ!」
「はいはい、田舎者はみんなそういう。集中して走って。転ばないでよ」
瞳にからかわれながら、周介はとにかく急いで安全に走っていた。
速いところあの死体を運び終えたいという気持ちが強い。死体など、いつまでも近くにおいていたいはずがないのだ。
『こちらドクだよ。皆調子はどうだい?あと二キロだ。こっちの受け入れ態勢はばっちりだよ』
通信で聞こえてくるドクの軽快な声に、周介たちはわずかに苛立ちを覚えていた。
とにかく何度も回り道をさせられるせいで、最短ルートをいくつ逃したことだろうか。とにかく止まることができないというのは周介たちに多大なストレスを与えていた。
特に周介の足はかなりの疲労を覚えている。常に瞳を背負い、その状態でバランスをとっているのだから。
「ま、マグロかサメになってる気分だ……きつい…!」
「重いとか言わないでよ?デリカシーデリカシー。ほれほれ頑張れ男の子!大トロかフカヒレになるまで頑張れ」
「くっそ!背中に乗ってるだけのやつは気軽だな畜生!」
そう言いながらも、周介は決して瞳をないがしろにはしない。怪我をしないように、地面にこすることがないように常に気を使って走っている。
道、車、バイクや自転車、周囲の人々、そして背中に乗せている瞳。それらすべてに気を使って走っている。
精神的にも肉体的にも限界が近づいているのは間違いない。
「あぁいう電柱とか、看板とかに飛び乗って移動できたらこんな信号に振り回されることもないんだろうな……あー疲れた!もう昼めしの肉全部消化した!腹減った!」
「何食べたのか知らないけど、後でラーメンおごってあげるから頑張んなって。ほれほれ、あと一キロ!」
マラソンか何かでもしているかのような応援に周介はめまいを起こしそうになりながら、とにかく走っていた。
先を走るマネキンの速度も、自分の速度も、追従するギリー02を乗せたマネキンも、すべて等速で動かし続けている。
カーブの時は減速し、直線では加速し、少しでも早く目的地につこうと心掛けていた。
いつの間にか、普通の道で走ることにすっかり慣れてしまっていた。あちこち右へ左へと曲がりまくったおかげか、文字通り紆余曲折ありながら、目的地である拠点への入り口にたどり着いたころには、もはや周介の息は絶え絶えだった。
足が震え、立っていることもままならないほどである。
「おいおい大丈夫か?肩貸すか?」
「あ、ありがとう、ございます……おい安形ぁ!この優しさ見習えぇ!」
「はいはい頑張った頑張った。今開けるからちょっと待っててよ」
周介は建物の地下駐車場にやってきている。例によってこういった場所に出入り口があるようで、瞳がその入り口を開けようと操作していた。
地面がせり上がり、本来であれば車を格納するためのエレベーターが現れる。
そしてその中に、まずはマネキンと死体を入れる。一緒の空間で一緒に降りるわけにはいかない以上仕方がない。
そして再び上がってきたエレベーターに周介たちも乗り込む。
周囲にだれもいなかったのは幸いだった。これもギリー02の能力なのだろうかと思いながら、周介は先にしたに行った死体のことが気がかりだった。
「大丈夫なのか?もう死体は先に進ませた?」
「大丈夫。そんなに信用ないわけ?」
「信用がないっていうか、単純にビビる。だって効果範囲に入ったら腐るんだろ?ビビるわ」
「まぁ無理もないわな。俺もあれにゃあマジでビビった。死体が能力使うとか久しぶりに見たぞ」
死体が能力を使うという事象が今回だけではなかったということに、周介は少しだけ興味があった。
というか、死体が能力を発動している場面に出くわしている、このギリー02という人物がいったいどれほどの経験者なのか、気になってしまった。
「能力って、人間の持つ代謝反応、なんですよね?なんで死体なのに能力が使えるんですか?」
「さぁな。能力だってまだ完璧に解明されてるわけでもないだろ。っていうか、汗をかくとかそういうのと同じレベルでこんな力を使えるのだって大概おかしいぞ?」
「それは、そうかもしれないですけど」
考えてみればおかしな話だ。普通ならばあり得ないような、そんなことを起こすことができるんが、特殊な成分を取り込んで発生するただの代謝などといわれても、確かにあまり説得力はない。
今日、道路を疾走してそれを強く感じた。車やバイクとほぼ同じ速度で走ることができるほどに、周介の能力は適切な効果を発揮した。
それは普通の人間ならばあり得ないことだ。この程度の疲労では済まないことだ。
だが周介は走った。周介だけではなくマネキンも一緒に走った。
普通に走る程度の力しか持っていないはずの周介たちは、能力によって車などの現代科学の結晶に比肩しうる速度を出していた。
もっとも、安全を重視した走りだったため、おそらく全力を出せばもっと速く走ることができただろう。
それだけの力を、個人で発動することができるなど、確かにおかしな話だ。
原理がわからない力ほど怖いものはない。
それが自分の力だとしても、同じことだった。
エレベーターが降りきったその先に、ドクがいるのを見て、周介は目を細める。
楽しそうにしているドクが、非常に腹立たしく感じてしまったからである。