0064
自分の装備を身に着けた周介は、軽く準備運動をしていた。
といっても、緊急で呼び出されたということもあり、周介は瞳から渡された脚部装備と、顔を隠すためのヘルメット程度しか用意されてはいなかった。はっきり言ってかなりバランスは悪い。転んだら大怪我するのは間違いなさそうだった。
自分の制服の上着を脱ぎ、ワイシャツだけの状態になればどこの高校か、あるいは中学かというのは判別されにくい。
地味な制服に最初は少し不満を持っていた周介だが、地味な制服でよかったと、周介はこの時点では感謝していた。
瞳の操る二つの人形も、同じように脚部装備を身に着け、いつでも動けるようにしてあるようだった。
とはいえ、こちらはマネキンとはいえ普通の衣服を着ている。顔を隠すためなのか、それとも仕様なのか、長めのウィッグも付けていた。
マネキンたちはギリー隊の男性がもっていたビニールシートで能力者の死体を丁寧に包んでいる。
少なくとも、半径二メートル以内に近づいた状態ではあるが、現時点でマネキンに対して能力が発動しているということはなさそうだった。
間違いなく、生物に対してのみ、腐敗の能力は発動しているらしい。
「なぁ、安形の人形って、人一人持ち上げることとかできるのか?」
「大丈夫、人形にもよるけど、あのサイズの人形なら百キロくらいまでなら頑張れば一つの人形で持ち上げられる。その分ものすごく動きは鈍るけどね」
その辺りはどうやら人間と同じようだった。目の前にあった死体は、身長は百七十よりは高いだろう。中肉中背であることを鑑みて、体重はおよそ七十~八十キロといったところだということまでは予想できた。
ちょうど、自分の父親と同じくらいだろうかと考えて、周介は胃から食道へ向けて何かがせり上がってくるのを感じていた。
だが今ここで吐くわけにはいかない。周介は必死にせり上がろうとしてくるものを押さえながら、ゆっくり深呼吸をする。
「それで、どう動く?」
「あたしの人形一体で死体を持つ。百枝はそのまま走って移動。あとは人目をどうするかだけど」
「俺も連れて行ってくれるなら、多少人目を避けることはできるぞ。て言っても、意識できなくさせる程度だけどな」
「そんなことできるんですか?」
「こうして話してるやつにはたぶん効きにくいけど、こっちを強く認識していない人間だったら大丈夫だ。車かバイクが通り過ぎた程度にしか思われない。そういう能力なんだよ」
「ギリー隊は隠匿活動がメインのチームだからな。そのあたりは信用してやっていいぞ」
スペース隊の人物の説明から、ギリー隊はどうやら隠匿活動が得意な能力者が集まったチームであるらしい。
人の目を逸らせたり、意識させないようなことが彼にはできるようだった。
「となると、人形を操る安形、移動するために俺、隠すためにギリー02さんを連れて行かなきゃいけないから……マネキンに一人背負ってもらうか。んで、もう一人は俺が背負うと」
いま周介の能力によって高速移動ができる装備をつけているのは周介本人とマネキン二体だ。だがそのうちマネキン一体は死体を運ばなければならない。
そしてその半径二メートル程度に能力の発動範囲がある以上、同じマネキンに背負ってもらうということはできない。
つまり、二人を追加で運ぶということになった場合、必然的にマネキンに一人、周介が一人運ばなければいけないことになる。
「安形はまだこれ使って動けないよな?」
「練習してないし、できない。ってか、あんたも大丈夫なわけ?」
「正直自信ない。あんまり重い人は勘弁してほしいかな。軽い人ならまだいいかもだけど」
重くなれば重くなるほど、重心などによって受ける影響は大きくなる。一人で動くことならできるようになった周介でも、一人背負ってという状況はやったことがない。
そのため、あまり重い人物を背負うということはしたくなかった。
「……しょうがない、あたしが背負われてあげる。ギリーの人はマネキンでお願いします」
「いや、マネキンに背負われるより走ったほうが早くないか?」
「それは大丈夫です。こいつの能力のおかげで高速移動できますから」
安形に視線を向けられたことで、周介は自分の足のローラーを軽く動かして軽く動いて見せる。そこまで早くはないが、本気を出せばもっと速度は出すことができる。
「バイクくらいの速度は余裕で出せます。っていうか安形、良いのか?俺が背負っても」
女子である瞳としては、男子に背負われるよりマネキンに背負われたほうがいろいろと問題はないだろうと思ったのだが、どうやら瞳は周介に気を使ってくれているらしい。
少なくとも人を背負っている状況で転倒されるよりはましだと思っているのだろうが、それでも瞳は納得しきれているわけではないらしく、周介の方を軽く睨む。
「変なとこ触ったらあとで袋叩きだから」
「……イエスマム」
おそらくマネキンたちを大量に使って袋叩きにするつもりなのだろう。ボクサーなどの動きを精密に再現できる彼女のマネキンたちに殴られ続けたらさすがに死ぬ危険がある。
絶対に変なところは触らないでおこうと、周介は肝に銘じていた。