0006
「当該車両、減速開始。これなら次の駅で止まれます!」
「よし!すぐにお客様の誘導!それと情報の開示!ダイヤの乱れはどの程度だ?」
「遅れ二十五本、運休は五本程度になりそうです。他の線路との直通運転なども鑑みると、さらに増えるかと」
「すぐに立て直すぞ!ダイヤの構成すぐに変更!他の線との直通運転は中止だ」
電車の管制室では怒号のように指示が飛び交っていた。
電車の暴走とそれによって引き起こされた遅延や運休、この後始末は容易ではなかった。
単純に人身事故などで起きた運休などであればそこまで被害を気にすることはないだろう。鉄道会社としても、人身事故は被害者の立場として立つことのできる状況であるが故だ。
だが今回のこれは鉄道会社の起こした事故になりかねない。会社そのもののイメージを大きく損なう可能性があるために、世間に開示する情報は極力選別し、考えなければならない状態にあった。
下手な情報を開示すれば、当然世間からのあたりは強くなる。社会インフラを担っている彼らにとって、このイメージは非常に重要なものでもあり、何より安定した運行ができないというのは電車としては致命的だ。
システムなどの改良などを求められることもあるだろう。だがこの管制室の中で唯一、そのことよりも別のことを考えている男がいた。
その男の携帯が鳴りだし、着信を告げる。
「私です」
『やぁ、そちらは何とかなりそうかい?』
電話の向こう側から聞こえてきたのは女性の声だった。それがいったい誰なのか、この場でそれを知っているのは通話をしているこの男だけである。
「えぇ、これから調整に入らなければならないため、修羅場に入ってしまいますが」
『それは忙しいところにかけてしまってすまないね。じゃあ端的に話をしておこうか。結果から言えば、今回のこれは事件ではない。どちらかというと、事故に近いね』
「ということは……つまり意図的なものではないと?」
『一応ね。専用の部隊で確認もとった。本人にその意識はなく、むしろ何が起きているのかわかっていない様子だった。九十九パーセント、事件性はない』
「残りの一パーセントは?」
『それを演出しようとする外部、ないし君たちの犯行ということになるね。その場合は私たちの領分ではない。車両を調べなければわからないことさ。早急に車両を調査することをお勧めするよ』
電車の運行をするものには、割と多く敵がいる。敵というよりは、おかしなことをする人間が多いといえばよいだろうか。
放火や飛び込み、線路内への立ち入り、これらすべても同じように該当する。
今回の場合であれば、特定の車両に何か仕掛けをしたということを考えているのだろう。
実際その可能性は十分にある。彼女の言っていることは非常に理にかなっている。
「こちらとしても、すぐに当該車両は調査に回します。今回は大きな借りを作ってしまいましたね」
『気にしなくていいさ。むしろこちらとしては、一つお願いしたいことがあってね』
「お願い?さすがに、これ以上の仕事を頼まれるのは、なかなかつらくもあるのですが」
『大したことじゃあないさ。今回の被害総額を教えてほしくてね。いろいろと盛りまくって最大のものが知りたいんだ』
被害総額。これだけの電車が遅延し、運休になればその被害額はかなりのものになるだろう。しかも当該線だけに限った話ではなく、他線への直通運転などにも影響が出ていることから、その被害はさらに拡大していると思われる。
まだ正確な遅延、運休の情報が出きっていないために、確実なことは何一つ言えないが、この事件で被った損害は決して少なくない。
「それは……構いませんが……少々時間がかかりますよ?」
『どれくらいかかりそうだい?それによってこちらも出方を変える必要があるんだけど』
「……三時間ください。列車運行をある程度正常に戻せたら至急算出させましょう」
『ありがとう。逆にこっちが借りを作ってしまったね』
「気にしないでください。あなたたちが動いてくれなければ、もっと大きな事故になっていたかもしれないんですから」
もし電車を止めることができなければどうなっていたか。そんなことは簡単にわかることだ。
電気を止めるには至らなかったが、それでも多くの人間に出動を要請し、電車を止められなかったら、おそらく災害規模の話になっていただろう。
電車が駅のホームに突っ込み、その速度によっては駅そのものの機能を破壊していた可能性だってある。
通勤通学の時間ということもあって人は大勢いた。何百人と死んでいてもおかしくはなかったのだ。
それほどの事件に発展しかねない今回の事象を、死者ゼロ、単なる遅延と運休にできたのは大きかった。
「今回、『大太刀』は動いたんですか?」
『いいや、今回は『小太刀』だけさ。事件性があったなら話は別だけどね。万が一に備えて待機もしてたけど』
「では、彼らの分の人件費も被害額に計上しておきましょう。そのほうが良いですよね?」
『察してくれてありがとう。それじゃあ、仕事頑張って』
そう言って通話が切れる。電話の向こう側からの声がなくなったとたんに、管制室の騒動が耳と目に届き始める。
ここからが正念場であると、男は意気込んでいた。