0510
「あー……痛い。畜生……!痛い……!」
翌日、周介は全身を襲う筋肉痛に苦しめられていた。正確には筋肉痛だけではなく、急激な動きに耐えられず体の各所が悲鳴を上げているのだが、周介からすれば痛いことに変わりはない。
机に突っ伏しながらうめいていた。
少しでも体を動かすと痛みが体を襲い、弱い方向に心が動いてしまっている。夏の暑さに加えてこの痛みは周介には許容し難かった。
「随分健闘したって聞いたぞ?かなりやっても被弾回数一桁だったみたいじゃねえか」
そんな風にうなだれ続けている周介の前にアイスを食べながら笑っている手越がいる。ここは寮の談話室、まだ放課後であるためか人通りが特に少ない。夜になればまた人が増えてくるのだろうが、今は帰宅部の周介と手越程度しかこの場にはないかった。
「でも当たったし、しかも滅茶苦茶動いたから当たらなくても体がボロボロだよ……!くそぅ大太刀部隊の人が加減してくれてもこの有様だよ」
周介はとにかく避けることを念頭に入れて動き続けていた。玄徳のように体の負担にならないような減速を周介は行うことはできない。
急激な加速や減速、方向転換などを行えばその負担は直接その体に襲い掛かる。
急激な加速減速方向転換を繰り返す中で正しい姿勢、特定の位置に手と足を持ってくるという作業は簡単なようで非常に難しかった。
手足も腹筋も背筋も極限まで使い続けなければすぐに体が折れ曲がる。姿勢を維持しようとすればするほど、周介の負担は増す。
だが姿勢を維持できなければその分ダメージが別の部分に行くのだ。それは関節や骨、脳などの部分だ。それらのダメージは場合によっては活動ができなくなるほどのダメージへと変貌することだろう。
数多くの攻撃にさらされ、それを回避するためには多少の無茶は不可欠だった。その無茶の影響がこうして体に出ているのだ。
無理をしないで避けることができたのであれば周介としても楽だったのだろうが、生憎と周介はそういった能力ではない。
いっそのこと強化の能力でもかかっていれば話は別だったのだろう。ないものねだりをするつもりはないが、こういう時は強化が行える能力の人間がうらやましいと思ってしまっていた。
「知り合いの大太刀部隊に聞いたけど、結構お前とあのでかいの話題になってるみたいだぞ?この間参加した奴らが気合入れ直してるとかなんとか。これから多分大人気になるぜ?」
「勘弁してくれぇ……でもたぶんそうなるんだろうなぁ……古守さんやる気満々だったもんよ……他に機動力ある人で同じことやってくれよぉ……」
「大太刀部隊の中で機動力ある人は大抵やべー人だから諦めろ。お前みたいな小動物的な奴らにいいようにやられたって事実が必要なんだろ?」
「意識改革ならもうちょっと別の形で頼むよ。ライオンの狩りの練習に付き合わされる兎の気持ちもわかってくれ」
「お、言い得て妙だな。頼むぜ兎部隊。ライオンの未来はお前たちにかかっているんだ」
「そのうち胃袋に入れられる未来しか見えないんですがそれは……」
周介が項垂れながら手越とそんなことを話していると、寮の廊下を誰かが歩いてくる音がする。談話室に誰かが来ることを察した周介と手越は、意識をそちらに向け誰がやってくるのかを確認しようとしていた。
すると、廊下の角を超えてやってきたのはここにいるのは非常に珍しい、小柄な女子、白部だった。
「本当にここにいた。暇なの?」
「白部、お前なんで寮に?勝手に入ったのか?」
「っていうかこっちは汗臭い男子の花園だぞ。女子は出入り禁止なんですがねぇ」
「ちゃんと許可はもらった。話があるの」
白部から話が振られるのは少し珍しい。しかも学校などの場所ではなく、この寮にまで足を運んできたとなれば、ただの世間話にやってきたというわけでもないのだろう。
面倒ごとの香りがする。
それを察した手越は椅子から立ち上がりその場を去ろうとするが、その腕を周介が掴むことで逃がすまいとしていた。
「離せ百枝!俺は面倒ごとはごめんなんだ!」
「逃がすか!もしかしたらお前に用があってきたのかもしれないだろ!話くらいは聞くべきそうすべき!」
「……用件自体は百枝にあったんだけど」
「ほら百枝!俺お前らの邪魔しようとは思ってないから!二人で蜜月の会話を繰り広げればいいじゃないか!」
「ここは三角関係に持っていくべきだと思うんだ!お前にモブは似合わないぜ!血を血で洗う痴情のもつれを見せるべきだろう!白部!話進めていいぞ!」
「ざっけんな!俺がいなくなるまで待て!俺にその話を聞かせるな!」
逃げようとする手越、それを阻止しようとする周介、二人は全力で腕を引っ張り合っている。
部屋に戻ってしまえばこっちのものと言わんばかりの手越と、話を進めてしまえばこっちのものと言わんばかりの周介。
そんな二人を白部は呆れながら眺めていた。
「……何でもいいから話したいんだけど」
結局、話を始めるのに五分ほどかかり、周介たちは一度談話室から場所を移し話をすることにしていた。
「最近、東京近辺でちょっと変なことが起きてるの」
寮監に許可をもらい、食堂の一角で周介と手越は白部の話を聞いていた。
とはいえいきなりきな臭い話をされている時点で二人はあまり良い顔はしていない。
「変なことってのは?身元不明死体が出たとかそういう話?もうそういうのこの間の一件でお腹いっぱいなんだけど」
つい先日、エッジリップの一件に関わった周介としては人の生き死にに関しては少々食傷気味だった。
もとより人の生き死にに関わりたいと思ったことはないが、この間の一件からこっち、そういった話は僅かに拒否反応が出てしまうのである。
「大丈夫、そういう血を見る感じじゃない。今のところ、うちの組織とスポンサーくらいしか扱ってない情報」
「ってことはまだ警察にも話がいってないのか?事件ではないのか?」
「……事件といえば事件かもしれない。けど、まだその確証が得られていない」
そう言って白部は携帯を取り出してその画面を周介と手越にも見えるように掲げる。その画面には数字の羅列が記載されていた。
一体何の数字かは不明だが、どうやら日時と、その横に記載されているのは金額のようで、金の動きを表しているということは二人も少し悩んで理解することができた。
預金通帳の金額の羅列に近い。と言ってもその量が膨大だ。延々と続いているのではないかと思えるほどの量の数字に、二人は眩暈さえ起こしそうになる。
「……なんだこれ?なんかの帳簿か?」
「近い。これ、都内にあるATMの管理データ。引っこ抜いてきた」
「おいおい、さらっとやばいこと言ってんな。お前キャッシュデータまでぶっこ抜いてきてないだろうな?さすがに電子上の金を盗むと面倒くさいぞ?」
「バカにしないで。最近は自粛してるから」
昔はやっていたのか?と周介が若干疑問に思ったところで、白部はカバンの中から数枚の紙を出してきた。
それはどうやら依頼書のようだった。スポンサー、特に銀行などの金融機関がそろって名前を連ねている。
そしてその中にはいくつかの警備会社の名前も入っていた。
「さっき拠点に行って話をされてきた。クエスト隊への依頼。というより、私個人への依頼」
部隊だけではなく、個人に依頼を出してくるほどに白部は高い情報収集能力を持っているのだなと周介は感心してしまっていた。
だが同時に、今回のこれがいったいどういう内容なのかは不明だが、銀行や警備会社などが名を連ねていることから、割と深刻な問題なのではないかと思えてしまう。特に金が絡みそうな匂いはしている。
「銀行やコンビニなんかにあるATMの出し入れの記録と、ATM内にあった金額が合わない。それも結構な額。その調査を頼まれた」
「……ん?それが何で白部のところに?なんかのシステムエラーとかじゃないのか?」
「それはもう何度も調査したみたい。少なくとも表示された数字に間違いはなかった。履歴も、引き出したり入金したりするその人の記録もしっかり残ってる。けど入ってる金額が、合わない」
白部の言葉に、周介と手越は顔を見合わせる。
常識的に考えればハッキングなどをしてデータを改竄し金だけを抜き出しているというところなのだろうが、周介たちは常識の外側にいる。
何故白部のところに話が来たのか、そして自分たちに話をしに来たというところから、周介と手越はその結論にたどり着いていた。
「つまり、誰かがシステムを介さずに物理的に金を引っこ抜いてるって、そう考えてるわけだな?」
「それがどういう方法かはさておき、俺らに調査の協力をしてほしい、そういうことか?」
「俺を巻き込むな。巻き込まれかけてんのは百枝だけだろ」
「つれないこと言うなよ。ここまで聞いたんだ。乗り掛かった舟だろ」
周介と手越がまた言い合いを始めるよりも早く、白部は次の画像を周介たちに見せてきた。
そこにはコンビニの映像が映されていた。かなり加速されているらしく、人が入ったり出たりを繰り返していた。
「これは被害に遭ったATMのコンビニの監視カメラの映像の一つ。正常だった時の金額を確認してから、再確認して問題が発覚するまでの間の映像をもらって、解析中」
「随分気の遠くなるような作業を……お前ってデジタルな能力の癖にやってることアナログだよな」
「バイトとか雇ったほうがいいんじゃないのか?そういうのなら手伝ってもいいぞ?」
「そんなに苦労はしてないから大丈夫。予め向こうが怪しいところをピックアップしてくれてたし」
そう言って白部が映像を止める。そこには誰かがATMの前に立っている。操作をしているのだろうが、さすがに監視カメラの解像度では個人の特定にまでは至らない。
「この時間、ATMには操作履歴がなかった。何かしらの操作をしたらそれなりにシステムに履歴が残る。けどこの時間にそれはなかった。他の被害に遭ったATMでも同様のことが起きてる」
「……つまりこいつが怪しいと」
ATMの前に立ちながら何の操作もしていないというのは確かに怪しい。他の人間が近づかないように、意図的に場所を占有しているように見えなくもないだろう。
「こいつを捕まえるのが白部の仕事なわけか?」
「まぁね。金が結構な額もっていかれてるっぽいから、早めに対処したいみたい。特に能力が関わってるとなると」
能力が関わっているという言葉に、周介と手越は眉を顰める。
監視カメラの映像ではさすがに何をしているのかまではわからない。ATMにも、そこに映っている人間にも大きな変化はないように見える。
数分経過してから、その場を離れ、いくつか商品を手にしてレジに向かっていく程度の変化しかなかった。
だが白部は能力が関わっていると確信しているように見える。
「ハッキングとかそういう類じゃないのか?ほら、怪盗系の漫画とかでよくあるだろ?カード差し込むだけでハッキングできるようなの」
「そういうのなら私が調べられるからいいんだけど、念のため。それに、どっちにしろ私がそれを調べたって現地に行ってくれる人がいないと」
「あぁ、それで俺たちに」
「だから俺を入れるな。現地に向かったところでどうするんだよ。現行犯逮捕でもしろってことか?」
「警察じゃないから現行犯とかは意味ない。能力者かどうかを判断するためにも尋問が必要だろうとは思う」
「ってことはファラリス隊に頼むしかないってことか。一般人だったら?」
「それなら記憶をいじって警察に引き渡す。ただ、さっき百枝が言ってたみたいなハッキングツールを持ってる場合、一部の企業からすれば有望な人材だからスカウトするかも」
「盗っていった分働いて返せと……能力者ならうちの管轄、一般人なら警察あるいは企業の管轄ってことな」
相手が能力者かどうかもわからない今の段階ではできることは当然限られてくる。とはいえ、すでにいくつかの行動パターンを把握しているらしく、白部はある程度予想がついているような顔をしていた。
「で、俺らに何してほしいんだ?」
「待て待て、白部、欲しいのは現場に向かう人間だろ?それに話を聞く限り、現場に急行してほしい感じだったよな?」
「……一応。網を張ってその場にすぐに行ってほしい」
「なら機動力がある部隊だ。車も持ってて、車じゃなくても高速移動できるラビット隊の出番だろ」
「おい手越この野郎。お前なんだかんだ言って逃げる気だな?」
「実際俺らじゃお前らに追い付けねえんだよ。俺らが指定する場所に追い込んでくれるっていうのなら手伝ってやるけどな」
「むぅ……」
実際問題手越たちのアイヴィー隊では周介たちの機動力には追い付くことはできない。
単純な車を使っての移動であれば問題はないだろうが、場合によっては車を使えない状況になる可能性だってあるのだ。
その場合周介たちだけで追うことになる。
追跡戦となればまず手越たちの出る出番はない。もしあるとすれば手越の言うように所定の場所に追い込み、その場所での捕縛となるだろう。
「私はどっちでもいいけど、百枝の部隊の方が適任だとは思う。特に相手の手口を把握したいから、細かい索敵ができる人がいたほうがいい」
「となると、桐谷じゃ手に余るな。お前のところの四番手くらいがいたほうがいいだろ」
「くっそ、次々逃げる口実思いつきやがって……でも白部、そういう、窃盗?ならなおさら警察の手を借りたほうがいいんじゃないか?ちゃんと通報するかはさておき、第八資料室には話をしといたほうがいいんじゃないか?」
「もう資料室の方には情報は通ってる。けど資料室が出るような事件ではないと思う。表立ってないうえに、最終的にはなかったことになるかもしれないから、下手に協力を要請するのはあまり良くない。もちろん必要なら動いてもらうけど」
警察という組織の形式上、何を目的として動いているかは必ず報告しなければならなくなるだろう。
取り越し苦労ということであればよいが、これが実際の犯罪に対する捜査をしていたのにその捜査が急になくなったら不審に思われることもあるだろう。
そういう意味でも、警察の一部に情報を流すことはしても、協力を要請する段階ではないのだろうと周介は理解していた。
「つまり、まずは俺らだけで何とかしろってことか……次の目星はついてるのか?悪いけど、東京中のコンビニ全部駆け回れって言われたら無理だぞ?うちの地元だったら楽なんだけど」
東京都の中だけでいったいどれほどのATMとコンビニがあるか分かったものではない。
それらすべてを駆け回るのは周介としても無理だ。
駆け回るにしてもかなり時間がかかってしまうだろう。
「大丈夫。それに関しては考えもあるし、網を張ってるからある程度判明したらすぐに教える。他の部隊にも協力を頼むことになるけど」
一体どういう考えだろうかと周介と手越は首をかしげる。少なくとも、良い予感がしないこと自体は間違いない。
ATMに対しての強盗、窃盗を行う人間。これが能力者の仕業だとしたら、狡い使い方だと周介は何となく呆れてもいた。




