0041
「飛んでる!人が飛んでる!やばい!あいつスーパーマンだ!」
『落ち着いて周介君。あれは能力者だ。うちで危険視していた能力者の一人だよ。運が悪いねぇ、こんなタイミングで当たりを引くとは、あっはっはっは』
「当たりに誘導したのあんただよね!?何笑ってんだ!」
周介が無線機の向こう側にいるドクに対して激怒していると、唐突に背後から大きな衝撃とともに轟音が響く。
いったい何の音だと振り返ると、背後、すでにかなり遠くにある車が炎上しているのが見えた。
どうやら先ほどまで大きく破損していた車の燃料に何かしらが引火したようである。先ほどまでは全く何もなっていなかったのに唐突の爆発に周介は驚くほかなかった。
『周介君、今何かノイズが聞こえてきたけど、今のは何だい?攻撃かい?』
「ち、違います!さっき壊れてた車が爆発しました!炎上してます!」
『ふむ、音が発生した時の君からの位置は約五百メートル…周介君、今能力者は君の後方どれくらいにいる?』
「どれくらいって……そんなのわからないですよ!とにかく後ろ!後ろにいます!」
『せめて五十メートルよりは離れているとかそういうのはないかな?それだけでも貴重な情報だ』
「じょ、情報っていったって……!」
周介は別に人の姿とその形だけを見て距離がわかるような技能を習得しているわけではない。そういった測量方法があるのは知っているが、残念ながらそれらを当たり前に使えるような知識はなかった。
だが、自分が通り過ぎたものを、その人物がどの程度の時間差で通り過ぎたかくらいはわかる。
「お、おれが通り過ぎたところを、たぶん、十秒とか、それぐらい後に通り過ぎてます!」
『オーケー。それだけわかれば十分だ。これは僕の推察だが、彼の能力の射程距離の最長は三百メートル程度だと思われる』
「さ、三百!?そんなに!?」
三百メートルといわれると大したことはないように思えるが、実際は恐ろしい長さだ。拳銃でさえその有効射程は五十メートル程度なのに対し、三百メートルもの距離を攻撃できるとすればそれはかなりのものである。
もっとも拳銃の場合、安定して狙うことができる距離であって威力が減衰する距離ではないわけだが。
『落ち着いてくれ、あくまで最長だ。君が逃げ出してから能力者が追ってきて、先ほどの爆発する時間、それらをもろもろ計算した結果さ』
「どういうことです!?さっぱりなんですが……うぉあ!?」
周介が疑問を抱いていると、後方から唐突に標識や看板などが周介めがけて襲い掛かってくる。
どういう原理で飛んでいるのかは全くわからないが、高速で動き続ける周介めがけて襲い掛かってくるそれらを、周介はさらに加速することで回避していた。
『周介君、先も言った通り彼の有効射程の最大は三百メートル。これは先の車の爆発をこいつの能力でとどめていたという仮説に基づいている。逆に言えばだ、君が彼を三百メートル以上引き離せば、君は絶対に安全だということができるわけだ』
「本当ですか!?本当でしょうね!?嘘だったら怒りますよ!?」
『あぁ存分に怒ってくれ。これに関してはかなり自信がある。もう何度かの交戦だからね。あれの情報はすでに集まっているということさ!』
ドクの情報は、今まで集めた件の能力者に対する経験によって成り立っているものだった。周介が逃げ出し、その後あの能力者が追跡を開始、そして能力の効果範囲まで、車の炎上を制御していたとして、その最大が約三百メートル。これはあくまで最大を見積もった場合だ。ドクの個人的な見解としては、その最大射程はせいぜい五十メートルから百メートル程度であると思っている。
だがそれでは確実とは言えない。そのためドクはその三倍の数字を当てた。
そこまで離れれば絶対に安全な距離を三百メートルと設定したのだ。
『さぁ!君の能力を見せてやれ!君がその気になれば!君はどこにだって行けるんだ!誰にも追いつけやしない!君が本気を出せば!君のいる場所にたどり着けるものなど誰もいない!その場所を君だけのものにできる!君の能力ならそれができる!』
始まりの智徳。そう名付けられた周介の能力の力をドクは信じていた。信じているからこそ迷いなくそう言える。
周介の能力が本当の意味で解放されたとき、周介の力は文字通り誰にも止めることができなくなるだろうと。
後方から飛んでくる看板や標識を何とか避けながら、周介は涙目になりながら走る。どうなっても知らない、このまま死ぬよりはずっとましだと。
「もし事故ったら訴えたうえで治療費請求してやりますからね!覚悟してくださいよドク!」
『任せろ!何もかも僕が責任を持とう!君は何も考えずに突っ走れ!』
ドクに言われ、周介はとにかく集中し始める。
前へ、もっと前へ。もっと早く、もっと速く、前へ。
集中し、タイヤにかかるその力がさらに強くなる。
回転。
周介の能力が唯一できる特殊な力。唯一外への影響を与えられる唯一の力。
それを全力で発動した時、周介を乗せた自転車はさらに加速する。
もう周介は後ろを見なかった。後ろを見ている余裕などなくなっていた。
前だけを見ていないと、前を確認していないと事故を起こしてしまいそうなほどに高められた速度を制御するのに精一杯になっていた。