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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
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 自転車というものは、普通に走らせる場合、平地における時速はおよそ二十キロ前後。スポーツなどで使うロードバイクであれば、素人でも三十キロは問題なく出せる。そしてそれらをプロが使えば、その倍近い速度を出すことができるだろう。


 当然周介は素人だ。そして使っている自転車は普通のママチャリ。普通に自分自身で自転車を漕いでいれば、その最高速度は二十台後半といったところだろうか。


 だが今の周介は、その最高速度を優に超えている。


 ペダルを踏む足は力をかけるまでもなく空転しているも、次々と加速していく。ペダルから力をかけるのではなく、周介はタイヤそのものに力をかけていた。


 その目が蒼く光る。ドクの渡してくれたサングラスがその光を外に漏れないようにしてくれている。


 いくつかの車を追い抜きながら、周介はヘッドホンから聞こえる声を頼りに進んでいた。


 田舎道ということもあって信号も少ない。だが決してないわけではない。そのたびに停車しながら、再度加速と移動を繰り返す。


 目の前にある景色がどんどん後方へと移り、その分強い風と寒気が周介の体に襲い掛かる。


『あと五百メートルほど移動しましたら右へ。そこから道なりに行きますと左側に小道があります。そちらへ向かってください』


「了解です。あの、えっと、今ナビしてくれている人は、何て呼べば……?」


『私は現地部隊のナビゲートを担当しています。名前は……こういう現地での活動の場合は名前は呼ばないのが基本ですね。私のコールサインはメイト11と呼んでください』


「メイト11。了解しました。では引き続きナビゲートお願いします」


 カーブの際はどうしても減速しなければいけないため、自転車の操縦には特に注意しなければならない。


 曲がり角では人が飛び出してくるということも考えられるため、道路の端を歩くのも危険だ。そのため車道の中心くらいを爆走することになってしまう。速度がそれなりにあるために、車から見てそこまで何かを言われるということはなかったが、それでも自転車で車道のど真ん中を走るというのは周介としては少々怖かった。


「ドク、聞こえていますか?」


『聞こえているよ?どうかしたかな?』


「こういう移動の時に、自転車の格好だと明らかに、その、目立つので、バイクみたいな形の装備を作ってくれませんか?もちろんエンジンとかはなしで」


『なるほど、あくまで外側だけってことだね。うん、了解。あとついでにこっちでいろいろ手続きをしておこう。やるべきことは多いね』


「本当に。さっきから車に乗ってる人たちにすごい顔で見られるのが結構精神的にきついです」


『ロードバイクもびっくりの速度だからね。自転車のプロ選手になれるんじゃないかい?』


「いかさましてプロになろうとは思えませんよ。っと、ここを曲がればいいんですかね?」


『はい。その先左側にある小道へ登ってください。そうすると当該事故の箇所に出ます』


「了解です。でもドク、どうしてこの事故が気になるんですか?ただの自動車の事故じゃないんですか?」


 ナビゲートに従って周介は左にあった小道に入っていく。そしてそこから坂道を登っていくといわれていた通り、高速道路の上にある通路に出ていた。


 そこから確かに事故を起こしたと思われる事故車両がある。いくつかの車両が折り重なるようになっていて、もはや原形をとどめている車はほとんどなかった。


 完全につぶれている車や、真っ二つに折れている車も見受けられる。どれだけの勢いで衝突したらこんな形になるのかと不思議でしょうがなかった。


「ドク、事故現場に到着しました。今から画像を送ります」


 そう言って周介はドクに携帯で撮った写真をどんどん送っていく。移動して多少角度を変えながら写真を撮り続けるその姿は、はっきり言って野次馬と変わりない。


 あまり良い行為ではないのはわかっていたが、これも仕方のないことだと言い聞かせていた。


 周介以外にこういう風に写真を撮っている人間がいないのもそういった野次馬感を強めていた。


 実際は調査に来たのだといっても、第三者がこの場を見たら野次馬以外のなにものでもないだろう。


 車両が燃えていないのが唯一の幸運だったといえるだろう。あの車両の中にいる人が助かっているのかどうかは不明だが、救急車くらいは呼んだほうが良いのではないかと思える。


 だがあれほどの事故だ、他の車両が救急車を呼んでいたとしても不思議はない。


 近くにある高速の掲示板には事故が発生したという表示が出ている。つまりこの情報はすでに関係各所に送られているということだ。もっとも、だからこそドクたちもこの事故を知ることができたのだろうが。


『……嫌な予感っていうのはどうして当たるのかな。今から部隊をそちらに向かわせるよ。念のため呼んでおいて正解だった』


「どういうことですか?何が起きてる感じです?」


『周介君、君はそこから動かないほうが、いや、動いたほうがいいのかな?ちょっと待ってくれ、今画像を解析してるから』


「あぁ、ひょっとして俺今やばいですか?ひょっとしなくても?」


 写真を撮ることをやめた周介は、その事故現場にいったい何があるのかを把握しようとしてしまう。


 ドクの指示に従って、早々に逃げればよかったと、後悔することになるが、そんなことをいまさら言ったところでどうにもならなかった。


 気付くべきだったのだ。あれだけ大きな事故を起こし、車が原形をとどめないほどにひしゃげていながら『火が全く出ていない』という異常事態に。


「あのドク、とりあえず状況を教えてくれませんか?わかるように説明してください!」


『あぁやばい、やばいんだ!すぐにその場から逃げろ!』


 ドクの叫びが聞こえた瞬間に周介は自転車にまたがろうとする。だがその瞬間、周介のいる通路、橋にめがけて車が飛んできた。


 比喩や詩的表現でも、漫画などにありがちな大げさな表現などでもない。事実だけを述べたものだ。


 車が、高速道路の上に通っている歩行者用の橋目掛けて飛んできた。


 いったいどれほどの速度が出ていたのか。先ほどまでひしゃげていた車のうちの一台だ。それが飛んできた。いったい何が起きたのか、それもわからずに周介の体は衝撃によって橋から投げ出されそうになる。


 ギリギリのところで橋の手すりを掴むことに成功するが、それでも今の状況は何も好転していない。


 周介がいた橋は車がぶつかった衝撃によって砕けている。完全に砕けてはいないものの、橋の一部が粉砕されてしまっている。


 周介が乗っていた自転車は衝撃によって高速道路まで落ちてしまっている。この場から逃げる手段の一つが失われてしまった。あとは自分の手足しか残っていないこの状況、周介からすれば絶望しかなかった。


「やばい!やばいやばいやばいやばい!ここは日本だぞ!ハリウッドじゃないんだぞ!車が飛んでくるとかおかしいだろ!助けてバンブルビー!」


『落ち着いて!とにかく逃げるんだ!君の能力と自転車があれば逃げ切れる!すぐに逃げるんだ!』


「その自転車今落っこちました!壊れてはいないと思うけど!あれを回収するために俺が落ちたら俺がやばいです!」


 手汗のせいで手すりに何とかつかまっている手が滑る。ここから高速道路までの高さはどれくらいだろうかと下を見る。


 十メートルはないだろう。せいぜい六~七メートル程度だろうか。どちらにせよこの高さから飛び降りるのはかなりの度胸がいる。


『その場にいるのは危険だ!飛び降りても君の命さえ無事であれば能力は使える!自転車を回収して即座に逃げるんだ!』


「現役中学生にどんな覚悟を期待してるんですかあなたは!無理無理無理無理!こんなことならローラースケートはいてくるんだった!」


『君高所恐怖症だったっけ?』


「そういう問題じゃないんだよ!普通にこの高さから飛び降りるとかできるわけ」


 ないでしょうがと叫ぶ途中、再び橋目掛けて車が飛んでくる。


 勢いよく突っ込んだ車は再び橋を半壊させる。そしてその衝撃によって、周介は掴んでいた手を放して宙に投げ出されてしまう。


 死んだ。


 周介がそう思った瞬間、所謂走馬燈というものが駆け巡り、周囲の景色がスローになっていく。


 投げ出された体は高速道路の壁に叩きつけられそうになる。


 とっさに、足を壁につけ、周介は壁に着地していた。そして勢いを殺しながらゆっくりと、ゆっくりと下へと落ちていく。壁を一回、二回と蹴って、最後に地面に両手両足を使って着地する。だが勢いを殺しきれずに転がってしまっていた。


 何度も何度もやった転倒だ。怪我をしないように手足を守って転がる。壁に何度か足をついたからか、周介の体は鈍い痛みを覚えているものの、幸い大きな怪我はしていなかった。


 転がった拍子に通信機が頭から外れ、わずかに破損するが、そんなことを気にしている暇は今の周介にはなかった。


「やばい!やばい!やばい!死んだ!俺今死んだ!絶対死んだ!」


『周介君!無事かい!返事をしてくれ!』


 外れているヘッドホン部分からドクの声が聞こえるのを確認して、周介は即座に通信機を拾い上げると装着して自分の自転車のもとへと向かう。


「ドク!ドク!ドクター!死んだ!俺今死んだ!」


『僕は幽霊嫌いだから君は生きてるよ!落ち着いて!すぐにその場から離れるんだ!能力全開だ!走って!』


「言われなくても!」


 自転車を起こして周介は即座に能力を発動する。


 高速回転する自転車のタイヤがスリップし地面をこすりながら、それでも前に勢い良く進んでいく。


 先ほどまで道路で出していた速度など目ではない。高速道路の法定速度さえも完全に無視するほどの速度で周介は駆け抜けていた。


「やばい!やばい!なんでこんなことになってんの!なにあれ!どういうことなの!ドク!メイト11!逃げるルート教えて!こっちでいいの!?」


『はい、そのまま東京方面に進んでください。こちらからの援軍との合流地点まで誘導します』


「それってあとどれくらい!?あと何秒!?」


『この速度で行けばおよそ九百秒です』


「きゅうひゃ……?十五分!?十五分も逃げろと!?いや、っていうか待って、そもそも追ってきてないんじゃないの?ここまで離せば」


 すでに先ほどの事故地点はかなり後方になっている。ここまで距離をとれば問題ないのではないだろうかと思い振り返る。すると周介は後方でこちら目掛けて飛んできている一人の人物に目が行く。


 そう、人が飛んでいる。まるで映画のスーパーマンのように。


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