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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
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「何をしている!1458、停車駅を通り過ぎてるぞ!止まれ!」


 それは、列車の運行を管理する管制室で起きていた。


 怒号や通話の音、そして機器を操作する音などで溢れかえるその場所で、誰よりも大きな声を出しながら受話器に話しかける者がいた。そして、その声に応答する者も。


『こちら快速1458、何度やってもブレーキが効きません!それに、加速していないはずなのに、どんどん加速していくんです!』


「整備不良か?いやそんなことはどうでもいい。どうにかして止めろ!現在の速度は!?」


『現在……六十五……七十……時速七十キロ!まだ上がりそうです!』


 七十キロ。車などでも止まるのにそれ相応の時間と距離を要するというのに、電車ならばさらにそれ以上の距離を必要とするだろう。


 ブレーキが効かない状態で、しかも何故か加速し続けているということでは、間違いなく通常の状態よりも止まりにくくなっているのは間違いない。


「前方を走る列車との間隔はどうなっている?」


「あと三スパン分ありますが、徐々に詰まっています。このままいくと……あと十分程度で前の車両に追い付いてしまいます」


 列車というのは万が一にも列車同士による追突、接触事故を起こさないために一定区間に入ることのできる車両を限定している。


 その区間にすでにほかの車両が入っていた場合、後続の車両に対して明示する信号機が赤になり、侵入を防ぐことになっている。


 電車の車掌などは、そういった情報を常に管制室から受け取りながら、前後の列車の間隔を調整しながら電車の運行を行っている。


 本来であれば規定通りの動きをする列車でも、有事の際、特に列車遅延などが発生した場合によってはポイントを切り替えることによって走るレールを変えたり、車両を入れ替えたりして少しでも通常通りの運航を行おうとする。


 今回の場合も、同様の対処がとられていた。


「あと十分で追いつくのなら……いっそのこと、前の車両を止めよう。そこに至る手前のポイントを変えて、追い抜かせる」


「ですが、それでは車両の順番がぐちゃぐちゃに……」


「止められなかった時のことを考えろ!追突事故など起きたら何百人と死ぬぞ!」


 過去、列車同士が追突した時に起きた死傷者の数を覚えている者は少ない。だがこの場にいる、管制室にいる人間の中には何人か、その事件を知っている者がいた。


 それが、単なる追突ならばまだいい。だが今回、この列車は原因不明の加速を続けている。


 これが駅などに止まっている列車に追突したら、追突、脱線、そして駅のホームにいる人までもを巻き込んだ大事故になる。


 それだけは防がなければならない。


 この人物が下した判断は、英断だといわざるを得ないだろう。


 最悪を防ぐ。そのことを考えた時に、この人物はさらに先のことを考えていた。


「変電所に連絡しろ。協力会社に来てもらって、送電を止める準備を」


「本気ですか!?そんなことをしたら他の電車にも影響が」


「最小限にとどめるように言え!タイミングと径間はこちらで指示する!」


 そう言いながら、電車線における各変電所の送電図を開きながら暴走している電車の現在位置とこれから走る位置、そしてどこならば電気を止めることができるのかを考え始めた。


 電車というのは当然、電気を受電することによって、それを動力にして走る。通常の電車の場合は、電車上部にあるトロリ線と呼ばれる電線から、パンタグラフと呼ばれる受電装置を使って電車に電気を送り込む。


 そして、トロリ線に電気を送っているのは電車の線路の脇に各所に配置された変電所だ。


 さらに、それらの変電所から送られる電気もいくつかのセクションによって分けられている。


 つまり、一定区間だけを停電させるということも可能だ。


 とはいえ、本来であれば日中にやるようなものではないうえに、電車が走っているような状態でいきなり電気を止めるということもやったことはなかった。


 だがそれをしなければ電車を止めることができない可能性まで出てきてしまった以上、そうせざるを得ない。


 システムそのものがおかしくなってしまったのであれば、システムそのものを止めるしかない。


 動力の源である電気さえ止めてしまえば、時間はかかるかもしれないが確実に止まる。距離は通常の何倍もかかるかもしれないが、少なくとも止めることはできると、その場にいた多くの者は判断し、その指示に従っていた。


「他の車両と各駅に連絡!緊急体制だ!お客様への連絡は伝達内容を決めてから告げろ!それと今電車に乗っていると思われる人間からの通達がSNSか苦情センターなどにあがっているはずだ!それも全部確認!急げ!」


 指示を飛ばしていく中、いったい何が起きているのかわからないと思うと同時に、その人物には、ほんのわずかに心当たりがあった。


 ほとんどのものが知らない、そのことを、その人物は知っていた。


 だからこそ、誰にも気づかれないようにその連絡先に、とある連絡を送っていた。


 結果から言えば、彼の行動は、考えうる中で最も適切であったといわざるを得ない。


 他のものからすれば、会社からすれば、それが最もやってはいけないことであるとわかっていても、彼はそれをした。


 万が一のことを考え、そして少しでも安全である方へと話を進めるために、彼は行動をとった。


「あとは任せた……」


 その小さなつぶやきを聞いている者は、この管制室には誰もいなかった。


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