0035
「僕らの組織、五輪正典がある拠点っていうのは実は、どの場所にあるってわけでもないのさ。ちょっと説明が難しいんだけどね」
「どの場所に……って、どういうことです?」
言葉の意味を理解できずに、周介は下降し続けている車の外側を眺める。
以前も組織の拠点に向かう時にこのような振動があった。おそらくあの時もこのように地下に降りて行ったのだろう。
ならば拠点は地下にあるという考えに至るのだが、どうやらそう単純な話でもないらしい。
「能力っていうのは、特殊な物質、マナを吸収した人間の代謝みたいな反応だっていうことはこの間説明したよね。でも正確には、人間だけが能力を発現できるわけではないんだ。動物や植物といった知性のない生き物にも能力を発現することができるのさ」
「はぁ……それと拠点と何の関係が?」
「まぁ聞いてくれよ。マナを吸収、摂取しているのは何も動植物だけじゃない。物質も同じように内部にマナをため込んでいることがあるのさ。当然、マナをため込んだら内部からそれを出そうとする動きも生じる。そして、それは物質にも起こり得る」
「……ってことは……この車とかも?」
「なるほどそう来たか。まぁでもおかしい話じゃないさ。といっても正直この説はまだ議論の段階にあるんだけどね。実証できている例はまだ少ないから、偶然や別の要因があるのではないかという意見もある。さて、その中で君はガイア理論というものを知っているかい?」
「いえ、知らないです」
「ガイア理論ってのは、地球そのものが大きな一つの生命体であるという仮説さ。さて、ここまで言えば何となくわかるんじゃないかな?」
ガイア理論というのはドクが言ったように、地球と生物が相互に協力しあい環境を作り上げていることを一つの巨大な生命体と定義する理論の仮説のことを指す。
生物と環境の相互作用ということを題材に上げ、この相互作用に何らかの恒常性が認められるとしたものであるが、周介がそのような理論を知っているはずもなかった。
「……まさかですけど、星が能力を発動するってことですか?地球そのものが?」
「その通り。話が早くて助かるね。そう、世界各地で同様の能力の発動が確認されている。初めて確認されたのは確か五十年前だったかな?これがまた不思議な能力でね、所謂異空間を作り出すという能力だったのさ」
「異空間……話が読めてきました。つまり、その異空間の中に、五輪正典の拠点があるってことですか」
「いいね、だんだん飲み込めてきたね。その通り。僕ら五輪正典はその誰かが発動している能力によって生み出された空間を利用しているのさ。その空間が確認されてから、僕らもその発動者をずっと探してきた。けど、そこにいるのはせいぜい微生物程度。となれば星が発動しているんじゃないか、そんな風に考えても不自然ではないだろう?」
「……ちょっと暴論のように思うんですけど……第一、その微生物が能力を発現してる可能性はないんですか?」
いくら何でも、発動しているらしいものがいないからといって星が能力を発動しているというのはおかしいように思えてしまう。
周介の言うように微生物などが能力を発動している可能性だって否定しきれない。
「それはないさ。能力というのは一個体に一種類。種族が同じでも同じ能力が発現されることはない。僕ら人間がそのいい証明じゃないか」
「それは、そうかもですけど」
「世界各国で発動が確認されたその異空間の能力は、場所によって若干の違いはあるものの、ほとんど同じものだった。同じ種類のものだった。同一の存在が発動しているとみていい。その場にいた微生物も、鉱石なども違うものだった。となれば、星が一つの生命体で、星が発動していると考えても不思議はないだろう?」
先ほどの星が一つの巨大な生命体と定義する仮説がここで生きてくるのだろう。一つの生命だから、能力は一つ。発動されている場所が世界各国なのも、当然一つの生命体のすぐ近く、表面で発動されていると考えれば確かに話は通るように思える。
だがだからと言って即座に理解、納得できるようなものでもなかった。
「まぁ、いきなりそんなこと言われても仕方ないよね。もっと頭を柔らかく、ちょっと出入りが楽になる大きな部屋ができたと思ってくれればそれでいいさ」
ドクがそういうと下降していたエレベーターは終点についたのか、振動とともに停止し、ドクは前を確認してからゆっくりと車を前進させていた。
「さぁ、あれがさっき言ってた、僕らの拠点への入り口、星の能力の一端だよ」
ドクが車を動かし、しばらく走った先にある見つめるそれを、周介は見た。
確かに空間に、何と言えばいいのか、切れ込みといえばいいのだろうか、穴といえばいいのだろうか、そのようなものが見える。
空間というものは地続きに―地続きという表現が適切かどうかはわからないが―なっているものだ。いきなり別の地点に繋がっているということはない。
それがどうだ。目の前にあるこの穴は、目の前にあるはずの空間を、まったく別の空間へと繋げているように見える。
「こういった空間への入り口が、結構散らばってるんだよ。もっとも、日本で確認されている数はそこまで多くはないし、全部が繋がっているってわけでもないんだけどね」
「じゃあ、いくつかの出入り口は繋がってるってことですか?」
「うん、でもそれもちょっと不思議でね。実際の距離と、この空間の距離は同じではないんだ。実際の直線距離で、入り口同士が百キロ離れていても、この空間の中では百メートル程度だったり、その逆もあり得る。この空間を単純な距離で場所を判断するのは難しいんだよね。だからほら、入り口にどこに繋がってるのかをちゃんと書いてあるんだ」
入り口をくぐった後に書いてあるそこには『東京都粋雲高校』と書かれている。
「こういう風に、各地に拠点となるような場所を作って…いや、正確じゃないね。星の能力が確認された場所に拠点を作って、行き来しやすいようにしているのさ。君の粋雲高校もその一つだよ」
「なるほど。昔国が主導で作ってっていうのはそういう背景があったんですね。この穴があったから、優先的に作ったと」
「君は頭の回転が早いね。その通り。あの学校にいれば比較的この場所にも来やすいから、結構重宝しているんだよ」
安形が寮に住みながら拠点に問題なく来られていたのはそういった理由があったのだろう。周介が住んでいる町からあの学校まではかなりの距離がある。だというのにあそこまで高い頻度で会っていたのはそういった事情があったのだと、周介は納得する。
だが同時に、この異空間にありながら人口の建造物があるという事実に周介は違和感を覚える。
「ドク、この空間は能力が作った異空間っていうのはわかったんですけど、この建物とか部屋は?もともとあったんですか?」
「いいや?これは後付けだよ。場所によってはその空間そのものに建物が作られたりもしてるけど、この拠点は全部僕らが一から作ったものなんだ。だから電気とかガスとかそういうものも全部外から持ってきてるんだよ。結構光熱費も馬鹿にならないんだよ?」
「あぁ、だから微妙に暗い部屋とかあるんですね。節電ですか」
「そういうこと。世知辛いね。でもそれもあと少しさ。今準備を進めているところで……っと、この話はまた後にしよう。君を家まで送り届けないとね」
そう言いながらドクは車を走らせ、拠点の中を走り続ける。
そしてドクがよくいる工房の前を通った時、思い出したように車を止め、車を降りると中に駆けていく。
「ドク?どうしたんです?」
「ちょっと待っててくれ!この間作った君用の装備!あれの改良版ができたんだよ!ついでだから試着して性能テストしていってくれないかな?」
おそらく何かのスイッチが入ってしまったのだろう。早口で周介にそういってから居なくなってしまう。
周介としても、せっかくここに来たのだから訓練するのはやぶさかではないのだが、同時に試験のせいで頭がつかれてもいる。早く帰りたいというのも本音だった。
「ドク、あんまり長いのは嫌ですよ?」
「わかってるよ。とりあえずサイズに合わせて作ってみたんだ。君の個人装備試作型ver0.2!」
ドクがもってきたアタッシュケースを開くと、そこにあったのは服のようだった。ダイバーなどが着ているウェットスーツなどに似ているが、材質は似て非なるものだった。
全身を包むような形のスーツで、その体の部分それぞれにプロテクターが取り付けられている。地肌を守れるようにしっかりとクッション材なども入れているようで、衣服と一緒にすることで擦れを防止する形のようだった。
「随分早いですね。あれからまだ一週間も経ってないってのに」
「ふふふ、僕は忙しいって言っただろう?こういうものを作るのに必死でね。まだまだ作りたいものが山ほどあるんだよ!頭の中にインスピレーションが降り注いでいるんだよ!可能性の塊だよ!さぁ着て!すぐ着て!服の上からでも着られるように柔らかい素材になってるから!」
これ以上ドクを止めることはできないなと、周介はあきらめながらそれを着ることにした。今は制服を着ているが、さすがに上着などは着ないほうがいいだろうなと上着だけを脱いでワイシャツとズボンの姿になってからその装備を身につけようとする。
どうやら背中部分にファスナーがついているらしい。一人では着ることが難しいのではないかと考えたが、背中のファスナー部分に何やら回せるものがあるということに気付く。
周介が一瞬ドクを見ると、嬉しそうにドヤ顔をしているドクがいる。これを無視するのはさすがに可哀そうかなと、周介は背中に取り付けられている回転部分を能力で回してみる。
すると背中部分のファスナーが閉じていき、背中のプロテクターの部分と合流した。
「いいねいいね!実際やってみると最高だね!さぁどうだい!?脚部パーツは別にしておいた。プロテクターとジョイントできるようにしてあるよ!」
別のアタッシュケースを取り出して早く取り付けてほしそうにドクは急かしてくる。この人は本当にしょうがないなと思いながら、周介はアタッシュケースの中にある脚部パーツを見る。
そこにあったのは先日履いたローラースケートとは全く別のものになっていた。
ローラー部分に関してはそこまで違いはないものの、その細部がかなり変化しているのだ。パーツもより多く、足首をしっかり防護するようなものになっている。
周介は期待に目を輝かせているドクをしり目に、とりあえずその脚部パーツを履き、足についているプロテクターと接続する。
そして接続部分を見ると、これまた回転させられるような部分があることに気付く。ドクの方をちらりと見ると、これまた嬉しそうにドヤ顔をしているのがわかる。
こういうのは確かに男のロマンだ。周介も嫌いではない。だがどうにも、自分でこれをやられると少しだけ複雑な気分だった。
周介が接続部分の回転する部品を回すと、脚部パーツとプロテクターが完全に固定される。
その瞬間ドクがガッツポーズするが、周介からすればギミックが増えただけで手で取り付けるのと変わらない。
もちろん興奮することに変わりはない。格好いいと思ってしまうのも事実だ。だが横でここまで派手にはしゃいでいる大の大人を見ると少し冷静になってしまうのも事実である。