0034
「今日はありがとな。いろいろ案内してくれて」
粋雲高校の中を案内された後、周介と瞳は集合場所になっていた校門に戻ってきていた。
すでに日は暮れ始めている。赤かった空はもう暗くなり、蒼い月が顔を出し始めているほどだ。
「いいよ。これから同級生で仲間になるんだから。なんかあったらよろしくね。って言ってもあたしが表に出てくことってほとんどないと思うけど」
それはドクからも教えられた、彼女の能力の応用についてだろう。
彼女の能力は確かにかなりの操作能力を持っているが、それほど力を出せないのが難点でもあるのだ。
人間以上の力を容易に出せるのであればまだしも、人間程度の力しか出せないのであれば能力を表に出すだけの理由がなくなってしまう。
特殊な能力でもない限り、彼女の能力はお手伝い程度にしかならないのがつらいところである。
「俺のも同じようなもんだって。完全に裏方向きだ。まぁ組織内でなんかあったら手伝ってくれよ。こっちも手伝うから」
「ん……あんがと。んじゃ、あたし寮に帰るわ。帰り道気を付けて」
「あぁ。んじゃまたな」
周介はその場で家路につこうとする。ここからあと何時間かかるのだろうか。そんなことを考えていると校門の前に車があるのに気づく。それはどこかで見たことがある車だった。
「やぁ、デートは楽しかったかい?」
「ドク、何やってるんですか」
車から顔を出したのはほかならぬドクだった。忙しいから君にかまっている暇はないんだといっておきながら、普通にこの場にいる彼に周介は首をかしげてしまっていた。
というか、ここで見張っていたのだろうかと疑問にも思ってしまう。
「デートって、案内してもらっただけじゃないですか」
「女性と二人きりでいながらその発言はクールすぎやしないかい?少々安形君にも失礼だと思うけどね」
「あのドク、確かに安形は可愛いですけど、そういう意味じゃなくてですね。ってかなんでここに?仕事はいいんですか?」
「仕事の内さ。君を送るためにここまで来たんだよ」
どうやら家まで送ってくれるようだが、車で帰るよりも新幹線で帰ったほうが圧倒的に速いような気がしてならない。
「ドク、ここから俺の家なら、電車の方が早いですよ?」
「ふふふ、そういわずに。僕がちょっとした秘密を教えてあげようというのさ。君も能力をだいぶ使えてきているからね。少しずつ僕らの組織の秘密を知っていくべきだと思ってね」
「……あと、安形が言ってましたよ。こういう公共の場で俺らの話をそんなにするべきじゃないって。ばれたらどうするんです」
「あっはっは、彼女らしいね。でもね周介君、世の中の人間はそこまで他人の会話に意識を向けていないものさ。皆イヤホンで耳をふさいで、目をスマホの画面に向けている。無関心といえばそこまでだけどね、そういう世の中で誰が何を言ったところで、気にしてる人間なんてほとんどいないのさ」
少し残念そうに、ドクはそう言いながら車の扉を開けて周介に乗るように促す。周介としてもドクの言う秘密というものを知りたいために、ドクの車に乗り込んだ。
「で、どこまで送ってくれるんです?」
「もちろん君の家までさ。ここからなら、そうだね。一時間もかからずに到着できるかな?」
「……へ?一時間?」
周介はこの学校に来るまで、最寄り駅や新幹線などを乗り継いで三時間以上かけて来ている。
その三分の一程度の時間で到着するというのは信じられなかった。
何かの能力を使うのだろうかと思っていると、ドクの車は校門からさらに学校の校内へと入っていく。
「あのドク、どこに?」
「君の家に帰るのさ。いや、その前にちょっと組織によらせてもらうよ。そうしたほうが早いからね」
「それは、構いませんけど、いったいどうやって」
そんなことを話していると、ドクと周介を乗せた車はとある倉庫の前にたどり着く。その倉庫は先程瞳にも案内してもらった体育倉庫だ。たくさんの体育用の道具がここに保管されている。かなり大きな倉庫で、高等部で使うスポーツ用品のすべてをここに保管しているのだという。
「ドク?こんなところまで車入れて、怒られますよ?」
「確かに、学校の中に車を突っ込むというのはあまりやりたくないね。後で教頭からまた文句言われちゃいそうだ」
「だったら早く戻さないと。もう人もいないでしょうけど、見られたら怒られますよ?守衛さんだって見回りにくるだろうし」
「そうだね、早いところ車を入れてしまおう」
そう言ってドクはシャッターを開けて中に入っていく。そして壁に取り付けられている空調用の端末に何かをすると、体育倉庫の床が大きく振動してゆっくりと開いていく。
無造作に置かれていた道具たちを押しのけて出てきたのは車庫のような箱だった。
車一台分をそこに入れられるような箱が出てきたことに、周介は開いた口をふさぐことができなかった。
「さ、車庫入れしようか。僕はこういうのあんまり得意じゃないんだけどね」
そう言って車を床からせり上がってきた車庫の中に入れると、ドクはシャッターを閉めて内側から鍵を閉め、再び車に乗り込む。
「さて、ここからは今まで君が見せられなかった部分だ。ここで改めて言おう。ようこそ五輪正典関東支部へ」
ドクが車の窓から手を出して何かを操作すると、車を収めた車庫はそのままエレベーターのように下降する。地下に向かっているのだと気付くのに時間はいらなかった。
一体どこへ。その答えも、すぐに氷解していくことになる。