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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
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 目的のターミナル駅に到着すると同時に、周介は走り出していた。


 携帯の乗り換えアプリに記載されている電車よりも一本前の電車に乗ることができれば、少しは余裕をもってたどり着くことができる。


 通勤通学の時間ということもあって、ターミナル駅は人で混雑している。周介はわずかにできた隙間を縫うように、少しでも早く前へと進もうと走っていた。


 時折人にぶつかりそうになってしまうが、周介はぎりぎりでそれを躱しながら階段を駆け上がり、そして別のホームへとたどり着く。


 そうして目の前にあったのは、ちょうどもうすぐ閉まろうとしている、もうすぐ発車しようとしている車両だった。


 疲労がたまっている足に鞭を打って、周介は全力で列車の中に飛び込んでいく。駆け込み乗車はご遠慮くださいというアナウンスとともに扉が閉まる中、周介は車両の中に入ることに成功していた。


「……ま……まに……あった……!これ、これで……少しは……」


 一本早い快速列車に乗れたことで、時間的猶予は少し伸びた。とはいえ猶予がないことに違いはない。


 早いままの鼓動と、腹の奥から焼かれるような焦燥感を抱きながら、周介は扉の窓から外の景色を眺め、自分の時計と見比べるように視線を動かし続ける。


「早く……早く……!」


 呟いても仕方がない。電車は一人の都合に振り回されて早く動いたりはしない。それでも周介は呟かずにはいられなかった。祈らずにはいられなかった。


 早く、早く、もっと、もっと、もっと早くと。


 そんな周介の祈りが通じたからか、それとも単にこの電車が快速だからか、徐々に列車は速度を上げていた。


 いくつもの駅を通り過ぎ、間違いなく周介が目的としている駅に近づいている。


 風景がどんどんと後ろに通り過ぎていくのを見ながら、周介は窓の外を見て、荒くなっていた息を少しでも整えようとしていた。


 この後、電車が到着した後、また走ることになる。今少しでも体力を温存しておかなければ、体力が尽きてしまえばそれまでなのだと。


 朝食を食べられなかったことが悔やまれる。とはいえ朝食を買っている時間ももったいなかった。


 せめて何か食べるものがあればよいのだがと思うが、そんなことよりも早く到着してほしいという気持ちの方が強かった。


 早く。もっと早く。


 そんなことを考えている中、車内に強い振動と甲高い金属音が響き渡る。それが電車のブレーキによる音であるということを、その電車の中にいたほとんどのものが瞬時に理解できていた。


 まさか人か動物でも引いたのではないか。あるいは線路の中に誰かが立ちいって緊急停車をしようとしたのではないかと考えたが、そうでもないようだった。


 そして一つの駅を通り過ぎたところで、電車の中の乗客がわずかにざわめきだす。


 一体どういうことだと騒ぎだすものまでいる。車内のアナウンスからは何も聞こえず、次はどこの駅に止まるということを告知し続けているが、その駅は先ほど『通過』した駅だった。


 そのことを、周介は理解できなかった。


 止まるべき駅に止まらなかったのだということを、周介はわからなかった。


 この電車は、普段周介が乗り慣れていない電車だ。


 どの駅に止まるのが正しくて、どの駅に止まらないのが正しいのか、周介は知らないのだ。


 知っているのは、この電車が何時何分に目的の駅に止まるかということだけ。それ以外の情報を、周介はもっていなかった。


 だからこそ、客が慌て、わずかに騒ぎ出すことが、どういう意味を持っているのかを正確に理解できなかった。


 乗った電車を間違えたのだろうと、一部の、まだ降りる駅に到着していない者たちは考えている。


 また気を違えた、少し困った人間が騒いでいるのだろうと無視を決め込んでいる者もいる。


 そんな風に周介も見えてしまっていた。もうすぐ春だ。あと一カ月そこらもすれば桜も咲きだす時期だ。


 そういう人種が現れても不思議ではないと、ほとんどの人間が思っていた。視線を落とし、あるいは目をつむり、手の内にあるスマホへ、そして少しでも睡眠時間を得ようと眠りの中へ。


 無関心。現代において、人が他人に向けることとなった最も多くの感情がこれである。


 そして多くの人間は、まだ気づいていない。周介もその一人だ。


 一駅を過ぎただけでは、そう思っていた。


 だが、電車というものは一つの列車だけで成り立っているものではない。


 その線路の上には、いくつもの列車が連なり、文字通り列をなし、順々に動き、止まり、進むことを繰り返している。


 一つの駅を通り過ぎたこの列車と、そのひとつ前を走る電車の間隔が著しく縮まったことを、その列車の中にいるほとんどのものが理解できなかった。


 春に向かい、迷惑な客が出た程度にしか思っていない。そんな、他人に興味を持てないそんな人たちが、この列車が非常に危険な状態にあるということを気づけずにいた。


 周介も、そんな中の一人である。


 少しでも体力を回復させるべく、周介は大きく深呼吸をしながら窓の外に目を向ける。

 目的地まではまだ遠い。


 時折聞こえる甲高い金属音と、それでも先に進み続ける列車。そして、周介の異常に気付くことができている乗客が、この場に全くいないことが、さらにこの状況を加速させていくこととなる。



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