0296
周介以外のチーム全員は最寄りの入り口に連れられ、まずは組織の拠点に戻ってきていた。
その中に玄徳と瞳、そして小島知与の姿もある。
「つまり、能力を持つ人を管理する組織に、所属しなきゃ、いけないわけ……ですか」
「そういうことだ。俺たちは能力者が、普通の人たちを、普通に生きられる人たちを害するのを防ぐ。そして、可能な限り守る。その人たちが、普通に生きられるように」
玄徳はかつて周介から言われた言葉を、彼女に伝えていた。
普通とは何か。それは人によって答えが変わるものだろう。だが少なくとも、玄徳は周介が言わんとしていることは理解していた。
そしてそれが、どれだけ難しく、大変なことかも。
「……で、いつまで発動しているの?疲れない?」
組織の拠点の入り口から奥へ進む中、小島知与は常に能力を発動し続けていた。いや、能力を発動してから、今の今までずっとだ。
発動のコツを覚えたのか、あるいはその状態を常に維持しようとしているのか。それとも、ただ精神的に安定していないだけか。どちらにせよ、彼女の瞳には依然として青い光が宿り続けていた。
「でも、こうして、ないと……わからないから。杖もないし、歩くのも……」
瞳はそのことを思い出し、失言だったと思いながら、同時に自分の考えの至らなさを叱責していた。
小島知与は目が見えていない。今は能力を使っているから周囲の状況を把握できているだろう。空間的、物理的にその状態を把握しているからこそ歩くことができている。
だが能力の発動をやめた瞬間、彼女は暗闇の中に閉じ込められてしまうのだ。触れるもの、鼻に届くにおい、耳に聞こえる情報だけが彼女にとってのすべてになってしまう。
それがどれほど恐ろしいことなのか、瞳には想像することもできない。
一歩足を踏み出すだけでいったいどれほどの恐怖と不安を抱えることだろうか。その苦労を想像し、瞳は視線を鋭くして玄徳を見る。
「玄徳」
「うっす」
「この子が能力の扱いに慣れるまでの間、あんたがこの子の目と足になりなさい。この子に不自由をさせないように」
「わかりました姉御。任せてください」
「え?え?」
状況が読めていないのはこの中で小島知与だけだった。どういうことになるのか、どうすればいいのかがわからず困惑する中、瞳は彼女の頬に触れると優しくなでる。
「大丈夫。うちの玄徳をいくらでも扱き使いなさい。あたしたちが可能な限りサポートするから。ずっと能力を使い続けてるのは疲れるでしょう?少しだけでも、落ち着いて休みなさい」
瞳の手が離れると、近くにいた玄徳がすぐさま彼女を抱きかかえる。
もともと小さな体であることから、玄徳が抱え上げるのには何の苦労もないようだった。
むしろ玄徳は抱え上げた瞬間、彼女の軽さに驚いたほどである。
唐突だったが、人肌に触れ、なおかつ歩かなくてもよいと一瞬でも思ってしまったためか。かつて両親に抱き上げられた時の安心感を思い出したからか、彼女の目に宿る蒼い光は消え、わずかに目を細めて頭をぐらぐらと揺れるように動かしていた。
すぐさま瞳がその額に触れる。かなりの熱があることを確認して、玄徳を急がせるように促した。
「おいラビット隊、俺らは引き上げるけど、その子は任せても大丈夫なのか?」
「大丈夫です。この子はこちらで。うちの隊長からもそう言われてますから」
一緒に来ていたアイヴィー隊やそれ以外の部隊も依頼を終えて解散する流れだった。小島知与のことはすべてラビット隊に任せ、解散してもいいのか迷っていたが、小堤が聞いてくれたからこそ全員が安心して任せることができていた。
「ドクター、話をしていた能力者の子がわずかに発熱……能力発動の初期症状を起こしています。医務室で対応を。あと、副長のお話がある場合、日を改めていただくようにお願いします」
『了解したよ。こっちもすぐに医務室に向かおう。副長へは……僕の方から話しておこう。その子には、どれくらい事情を話しているんだい?』
「うちの組織のことについては大まかには。ですがいろいろと重なって、まだ精神的に落ち着いているとは言い難いです。この子の両親は?」
『大丈夫。近くのショッピングセンターに向かう途中の道で足止めを食らっていたよ。土砂崩壊に巻き込まれなかったのは運がよかった。すでにうちの組織が管理している建物に避難してもらっているよ。家に関して、潰れてしまっているからかなりショックは受けているようだったけど、娘さんが無事とわかって安心しているようだった』
どうやらすでに動いていた別動隊が彼女の両親を助け終えていたようだ。それに関しては素直に良い結果だ。最良といってもいい。これが少しでも彼女の精神を落ち着かせる要因になればいいのだがと瞳は小さくため息をつく。
「それは何よりです。この子は……ノーマン隊に?」
『それは本人次第だね。彼女の能力にもよるし、本人の希望もあるかもしれない。少なくとも今決められる話ではないさ。ただ、やはり目が見えないというのは大きなデメリットだ。障害者なのだから、仕方がないかもしれないけれど』
「ドクター、そういう言い方は」
『すまない。けど、語弊を恐れずに言えば、目が見えないというのは非常に大きなマイナスだ。今までも苦労してきただろう。単体で現場に出られるとは、僕は思えない。誰かがサポートしてあげなければね。目が見えないというのは、そういうことだ』
人間は得られる情報の大半を視覚に依存している。音が聞こえなくても、匂いがわからなくても、触覚がなくとも味覚がなくとも、人間は不自由と感じることはあっても死の恐怖までは感じないだろう。
だが、目が見えないというのは、それだけで死に直結する可能性がある。それほどに大きな意味を持っているのだ。
医学の知識もあるドクにとって、それがどれほど重いのか、その場にいる瞳以上によくわかっている。だからこそ、言葉を誤魔化すことはしないし、できなかった。




