0028
周介の通う学校、中学校は市立のもので、近所の小学校からそのまま通っている人間が多い。当然周介も同じだ。
昔から、小学生の頃から周介のことを知っているものも多い中、周介が受験の時に高校に行かなかったことを知っているものは思っている以上に少なかった。
同じ高校を受験する人間は、何故周介が来なかったのか理由を知っていたうえに、周介が受験することすらできなかったということを知っているため口に出すものが少なかったというのが原因だった。
列車暴走による遅延があったとはいえ、丸々試験を受けられなかったのだ。何かしらの事故に巻き込まれていたのだろうということで気の毒そうにすることはあったが、言いふらす気にはなれなかったのだろう。
学校側では、周介は受験時の事故によって受験できず、受験先の高校も一人のために再受験を行うということもするつもりもなく、周介は滑り止めの私立を受験するということになっていた。
そしてその私立の受験先なのだが、本来申し込みをしていたところから変更になっている。
これは組織の手続きによって粋雲高校を受験するということになっていた。
どういう風に手を回したのかは不明だが、正規の手続きはとっていると思いたい。
だがやはりというか当然というべきか、教師陣は周介が受験できなかったことに関してかなり気を使っていた。
無理もないだろう。頑張って勉強していた生徒がその努力が無駄になったということを知ったら誰だって気を使う。
同級生の生徒でさえからかう気すら起きないのだから、教師陣に関しては慰めるほかない。だがあまりにも予想外過ぎてどう慰めればいいのかわからないという感じだった。
周介としても落ち込んでいることは落ち込んでいる。だが受験できなかったこと以上に途方もない借金ができたことと、自分自身が能力者になってしまったことの方が衝撃過ぎて落ち込んでいる暇がないというのが正直なところだった。
これから能力者として活動する。もはやそれは変えられないのだ。学校に通いながらの活動がどのようなものになるのかがわからないために、具体的にどうなるのかが不安でしょうがないが、周介はその不安を抑え込む。
かつてない不安や焦燥が能力暴発のスイッチになってしまったからこそ、意図的にそれらの感情を抱かないように注意していた。
能力のオンオフができるようになったとはいえ、能力が暴発しないという絶対の自信はなかった。
何より、ドク曰く周介はまだマナの吸収を止められていないのだという。
能力を思い通りに操って、その先にマナの吸収の感覚を覚えられるのだとか。まだ能力の発動のさわりを覚えてきたばかりの周介には先の長い話だった。
「百枝、ちょっといいか?」
教室で友人と話をしていた周介を教師が呼び出す。いったい何の話か分からない友人たちは周介に対して何をやらかしたんだと周介を茶化すが、内容がわかっている周介は軽くいなしながら教室を出ていく。
「どうしましたか先生。受験の話ですか?」
「あぁ、まぁそうなんだ。お前の受験先なんだがな、今週の水曜日に試験を行うって話、聞いてるか?」
「はい、簡単にですが説明されました。そのために勉強もしてます」
「そ、うか。大丈夫だ、今度は実力を発揮できる。頑張れよ!」
「ありがとうございます。次電車が止まったらさすがに笑うしかないですね」
「縁起でもないことを言うな。けど、お前の実力ならきっと大丈夫だ」
しきりに大丈夫と言い聞かせている教師だが、周介ではなく自分に言い聞かせているような気がしてならなかった。
人の子供を預かって受験させるという時点で、教師にもある程度プレッシャーがかかっているのかもしれない。
あんなことを起こして申し訳ないと周介は内心教師に謝りながら、教師がもってきてくれた受験の案内などをもらう。
粋雲高校。現時点であまり良いイメージはない。
五輪正典。この組織についても、まだ全くと言っていいほどに情報がない。ドクも簡単に教えてくれたが、要するに能力を使った犯罪を取り締まるような組織だと思っていいだろう。
だがそれなら、なぜもっと公的に動かないのか。
能力者の存在を隠しているからだろうか。そもそもなぜ能力者の存在を隠すのか。
周介からすればわからないことだらけだ。大人がどういう事情をもって、どういう理由をもってそういうことをするのかは不明だ。
能力者になっても、周介から見える景色はほとんど変わらなかった。
劇的な何かがあったなら、見える世界が劇的に変わると思っていた。
劇的な何かがあったというのに、周介が見ている景色は全く変わらない。少し変わったことがあるとすれば、周介の考え方が少し変わったくらいのものだ。
能力者になっても、周介はほとんど変わらなかった。それが良いことなのかどうかはわからないが、周介からすれば少し残念でもあった。
「先生、とりあえず大丈夫ですから、心配しないでください」
今度は大丈夫。周介は自分にそう言い聞かせながら、もらった資料を片手に教室に戻っていった。
今度は暴走などしない。暴走などさせてたまるものかと、そう決心しながら周介は友人たちの元に戻っていく。