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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
六話「空と大地の嘶きに」

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 重厚な扉をくぐると、その瞬間に周介は何か、肌に刺さる感覚を覚えていた。


 普段拠点の中で感じることのない感覚に周介は戸惑いを隠せなかった。そしてそんな周介を見て鬼怒川は笑う。


「あはは、緊張することないって。皆気のいい奴ばっかりだよ。ちょっと抜けてるやつもいるけどさ」


 そこでは何人かの能力者が訓練をしているようだった。表立って戦っている者はその場にはいない。

 だがその訓練が自分たちとは全く違うものであるというのを周介は肌で感じ取っていた。


 何が違うのかと聞かれると、それを答えることはできない。何かが違うというのはわかるのだが、それが一体何なのか、それを具体的に口にすることはできなかった。


 唯一言えることがあるとすれば、雰囲気だろうか。周介たちがするときの試行錯誤や自分の動きを見直すようなそれと違って、訓練する際に放つ雰囲気が、空気が違う。


 それが一体どういう意味を持つのか、まだ周介は理解できていなかった。


「あ、いたいた。ヨッシーさん!」


 まるで配管工と行動を共にする恐竜のような名前だなと思いながら、鬼怒川が駆け寄る人物を見ようと、周介も小走りで鬼怒川を追う。


 一体どんな人だろうかと、鬼怒川が立ち止まり話しかける人物を見ると、周介は一瞬目を疑ってしまう。


 右の頬から首元にかけて伸びた大きな切り傷、そして彫りの深い顔に、鋭い眼光。短い髪だがよくよく見れば額にも切り傷のようなものがあるのが見受けられる。


 背は高く、すらりとした印象ではあるが、ジャージを着こんだその姿はジャージの上からでもその下に筋肉があることがわかるほどに鍛え上げられていた。


「あぁ、これはどうも鬼怒川さん。その後お変わりないようで」


「へっへっへ、今日は例の子を連れてきたんですよ。ほら、前にお願いしてた」


 そう言って鬼怒川は後ろにいた周介を見せるようにその人物と周介の間から立ち退く。周介はすぐにヘルメットを取ると、その顔をまっすぐと見た。


 身長は百八十センチに届くか届かないかといったところだろう。細身ではあるが筋肉質な体に、強面の顔、そして顔に入った傷が否応なしに恐怖を駆り立てる。


「小太刀部隊ラビット隊隊長の、も、百枝周介です。よろしくお願いします」


「あぁ、あなたが例の。お噂はかねがね。あなたのおかげで、この拠点もだいぶ使いやすくなりました。遅れながらではありますが、お礼申し上げます」


「い、いえいえ、俺なんか大したことは……」


 何と低い声だろうか。以前探していたペットのベッキーに勝るとも劣らない低い声だ。ベッキーが荒々しい口調だったのに対し、目の前の人物はこれ以上ないほどに落ち着いている。穏やかな話口調なのに、何故かそれが恐怖心を煽るのはいったい何故なのだろかと周介は混乱していた。


「えと……あなたが、その……俺に指導をしていただけると」


「えぇ、鬼怒川さんよりお話は伺っております。っと、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は古守義則(こがみよしのり)と申します。以後お見知りおきを」


「よ、よろしくお願いします」


 古守と名乗った人物、三十代ほどの男性であるのはわかるが、非常に落ち着いた人物であると同時に、何か恐ろしい感覚を覚えた。それが周介の勘違いなのか、大太刀部隊の持つ風格とでもいえるものなのかは周介にもわからなかった。


 だが少なくとも、この人を敵に回してはいけないと、周介の中の勘が告げている。


「ヨッシーさんは教えるのすごく上手いから。うちとか比べ物にならないから」


「ご謙遜を。うちの連中を鬼怒川さんに揉んでいただけると非常に助かりますよ。鬼怒川さんほどの方と競い合える経験はなかなか得られませんからね」


「うへへ、ヨッシーさんに褒められると悪い気しないなぁ。百枝君、ヨッシーさんはすごく丁寧に教えてくれるから、しっかり頑張るんだよ」


「え?先輩は?」


「うちはちょっと他の人たちに挨拶ついでに絡んでくる。そんじゃお二人さん、がんばってー」


 せめて慣れるまでもう少しいてほしかったと思う周介だが、お願いするよりも早く鬼怒川は訓練室の中を駆け回り始めた。


 近場にいる大太刀の人間の大半が鬼怒川の知り合いなのだろう。彼女も大太刀部隊なのだから当然かもしれないが、この中で一人強面の人物と一緒にされる自分の身にもなってほしいと周介は白目をむいてしまっていた。


「では百枝さん。時間も惜しいことですから、さっそく始めるとしましょう」


「は、はい!よろしくお願いします!」


「……緊張していては本来の実力を出すことは難しいです。まずは落ち着きましょう。深呼吸をしてください。ゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐いてください。あなたは何も悪いことをしているわけではないのですから」


 古守はゆっくりと話し、なるべく周介を落ち着かせようとしているのだろうが、そのゆっくりとした口調が逆に圧力を加えてしまっていることに本人は気づいていない。


 とはいえ周介も古守に悪意がないということがわかっているため、何とか落ち着こうと心掛けていた。


 とはいえ、目の前に外見的に恐ろしい人物がいてどうやって落ち着けというのだろうかと、周介は自問自答しながら冷や汗を全身からにじませていた。


「さて、百枝さん。訓練を始める前にいくつかご質問させてください。あなたは、どのように強くなりたいのでしょうか?」


「どのように……?」


「はい、訓練をする上での、理想像とでもいえばいいでしょうか。どんな自分になりたいか。それをイメージすることで、訓練はより効率的になっていきます。そのイメージが具体的であればあるほど、訓練は身につくでしょう」


 どのように強くなりたいかと言われても、周介には具体的なイメージは全くと言っていいほどなかった。


 この訓練の紹介も、これから現場に行くにあたって強くなっておいたほうがいいだろうという話から成り立っている。


 言い方は悪いが、周介が望んで申し出たものではないのだ。まったくそういった具体性は周介の頭の中にはなかった。


 だが一つ、一つだけ思い当たることがある。


 これからずっと現場に出なければいけないのであれば、おそらくこれからも自分の命が危険にさらされることになるのだろうということは予想できた。


 だからこそ、周介が思い浮かべるイメージ、周介の戦いのイメージが、その頭の中に構成され始める。


「俺は、自分の身を守れるくらいに強くなりたいです」


 保守的、いや自分本位と言い換えてもいいだろう。誰かのためではなく自分のために強くなるというのは、何もおかしな話ではない。


「自分の身を守る、ですか」


「はい。この間ちょっと戦って思ったんですけど、俺はその……戦いではあまり役に立てません。せいぜい囮になるとか、そのくらいです。ただでさえ役に立ってないのに、怪我とかをすれば、もっと足手まといになる。だから、自分の身だけは絶対に守れる程度の強さが欲しいです」


 味方が負傷をすれば、その負傷者を助けるための人員が必要になってくる。瞳の人形でそれを代替できるかもしれないが、どちらにせよ負傷者を守るという意味で、必ず人員を割かなければいけなくなるだろう。


 ただでさえ一度に行動できる人間に限りがある中で、負傷者にかまっていられるだけの余裕ははっきり言ってないに等しい。


 周介は、役に立ちたいと思うことはあっても、足手まといになりたいなどとは思わない。自分の身を守ることが、まずは味方への損害を減らすことだと周介は考えていた。


「……百枝さんほどの歳の方であれば、誰かを倒したいとか、誰かを守りたいとかを言うものですが……少々意外でした」


「あはは……俺は戦いはあまり好きではないですし、何より俺より強い人が山ほどいる中で、そんな風には考えられないです。自分の身も守れないのに、そんな大それたことは言えないですよ。すいません、小さな目標で」


「いいえ、むしろ感心しました。自分の身を守るというのはその実何よりも重要なことなのです。救助などでも、誰かを助けることができるのは、まず自分自身が無事なものだけです。それを理解せずに、自己犠牲の精神だけが前に出てしまって被害者を増やしてしまう人間も多い中、百枝さんは十分以上に、大切なものを理解しています」


 誰かを助けることができるのは自分自身が無事なものだけ。確かにその通りかもしれないと周介はその言葉を反芻していた。


 自分自身が無事でなければ、助けてほしいと思うものだ。誰かの助けを求める状態で、誰かを助けることなどできるはずがない。


 そういう意味では、古守の言葉は正しい。それが慰めでも、鼓舞でもなく、古守自身が本心からそう思っているのだと、周介は感じ取ることができた。


「百枝さんは現場に出られるのはあまり好きではないのですか?」


「外で活動するのは嫌いではないですけど、戦闘はあまり好きではありません。可能なら危ない目にも遭いたくないですし、誰かを助けるくらいなら自分の身を優先すると思います」


 そう言って周介は笑う。この場に瞳や玄徳がいれば『どの口がそんなことを言うのか』と突っ込みを入れたことだろう。


 そして、古守も周介の言葉を聞いて目を細めていた。それは彼が持つ感覚、そして今まで多くの能力者を指導してきたからこそ分かるものだった。


 周介の本質とでもいえばいいだろうか。口では危ない目に遭いたくない、他人よりも自分といいながら、きっと実際にはそれとは異なる動きをするだろうと、古守は何となく察してしまっていた。


 本人に自覚があるかないかはさておいて、こういうタイプは危うい人種が多いということを、古守は経験から察することができてしまっていた。


 そしてその瞬間、古守が周介に施す訓練の内容も同時に決まることになる。


「ありがとうございます百枝さん。それでは訓練を開始しましょう。百枝さんの身に着けているそれは、普段使われている装備品でしょうか?」


「はい、普段から使ってるものです。ある程度機動力を確保できるものです。生憎と戦闘用のものでは……ないですけれど」


「使い慣れているのであれば構いません。ではそれを使って私と戦いましょう」


 古守の落ち着いた、穏やかな低い声で戦いましょうといわれ、周介は背筋が凍り付く思いだった。


 やはり大太刀部隊の訓練で戦闘は避けられないのだろうかと、愕然としてしまう。仕方がないことだと、もう半ばあきらめてもいたが。


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