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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
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ある程度加速と減速ができるようになった周介は、部屋の隅で休憩をしていた。ドクが差し入れてくれた水を飲みながら、改めて部屋の中を観察する。


先ほどまでは全く意識できていなかったが、部屋の中に散らばっている人々―人間ではない形のものもいるが―をみてあれがどのような能力であるのかを考察していた。


遠すぎて詳細はわからないが、それらは普通に動き回っている。格闘技のような動きをしているようなものもいれば、ダンスを踊っている者もいる。


その動きは多種多様だ。


格闘技で言えば、ボクシングのように拳だけのものもいれば、柔道のような投げ技主体のものや、蹴りなどを含めた総合格闘技のような動きをしているようなものもいる。


ダンスで言えば社交ダンスのような二人一組のものもいれば、個人でできるタップダンスやブレイクダンス、そして複数人で同じ振り付けをするストリート系のダンスなども見受けられる。


バレエに近い動きをしているものもいるほどだ。


そして、人ではない形をしている生き物のようなもの。遠いために詳細はわからないが、パッと見てみるとクマのように見える。四足歩行をして、ゆっくりと歩いたり転がったりしている。動きはまさしくクマのようだ。


そしてよく見てみると魚のような姿のものもいる。別に水の中にいるわけではないために、定期的に尻尾や全身を動かして跳ねるが、まったく意味がない。まさに打ち上げられた魚といった動きだ。


これらが、この場にいる一人の能力者によって生み出されている光景だとは思えなかった。漫画などで見た多重影分身や変化の術でも使っているのではないかと思えるほどだ。


だとすればこの場にいる能力者は忍者の能力をそのまま使えるのではないだろうかと、周介は少しテンションが上がっていた。


話しかけて詳細を知りたいと思うのだが、そもそもこの広い空間の中で人影はたくさんあるというのに、その人物がどこにいるのか見当もつかないのだ。


分身を作ることができる能力だとすれば、まずはそれを見抜くところから始めなければいけないわけだが、周りにいる人々は普通に服を着て普通に踊ったり戦ったりしている。遠いために顔までは見えないが、いったいどこにいるのかと周介は不思議で仕方がなかった。


とりあえずこの休憩の時間を利用して挨拶くらいはしておいたほうがいいだろうかと、周介は立ち上がってゆっくりと移動し始める。


ある程度、単純な移動に関してはコントロールができるようになってきたため、近くでバレエのような動きをしている人影の近くに歩み寄る。


バレエの動きを周介は詳しくはなかったが、つま先の先端で立ちながら移動するその動きは見事というほかなかった。


だが近づいてよくよく観察すると、その異様さに気付くことができた。


この人物、いや、この躍っている人影の正体が理解できてしまったのだ。


髪はある、服も着ている。肌の色もしっかりとあるのだが、その顔はのっぺらぼうの状態だった。


顔がない。それが服屋などにあるマネキン人形に近いものであると気付くのに少々時間がかかってしまった。


よくよく観察すると、周囲で動いている人影のすべてが同じような人形であるようだった。


衣服を着たり専用の衣装を着ているために気づけなかったが、近くでよくよく観察するとそれらがすべて人形であることがわかる。


そして人ではない、クマの姿をした物体に近寄ってみると、これまたよくできているがこれも人形であることがわかる。床を延々と跳ねていた魚のような姿をしたものもすべて人形だ。こちらはぬいぐるみに近い材質であった。


その時点で周介は気づく。ここにいる能力者は人形を操る能力であるということを。


「人形遣いってことか……でもすごいな、これだけの数を一度に操ることができるのか……」


能力の操作をし始めたばかりの周介からすれば、これだけの人形を一度に操作することができるというのは感嘆するほかない技術だった。


オンオフと強弱を変える程度の操作しかできない周介とは雲泥の差だ。熟練した能力者はこういったこともできるのかと、素直にその動きを見て感心してしまう。


何せ人形一つ一つが微妙に違う動きをしているのだ。


同じ動きのように見えて、体格やその役割に応じて微妙に異なる動きをしている。


これだけの操作をするのはかなり大変なのだろうかと想像しながら人形たちを観察していると、組体操をしている人形に目が行く。


運動会などで行う組体操だ。さすがに人形の強度の問題もあるのか、そこまで負担がかかるものは行っていないが、それでも本物の人間と同じように体を動かして組体操を行っているのがわかる。


中にはそれを指示するものの役割を担っている者もいる。そしてそれを観察、というか観客として撮影している人形たちまでいることに気付けた。


よくできた人形劇を見ているようだと周介が感動していると、不意にそれを見つける。


人形の中で唯一顔がある。携帯をいじりながら椅子に座って組体操に時折目を向けているその人物を見て、一瞬この人形だけ性能のいいタイプなのだろうかと周介はまじまじとその顔を見てしまう。


セミロングの栗色の髪にところどころ施されている化粧、そしてサングラスをしている。服装はパンツルックで、すらりと伸びた手足が特徴的な細身の女性のようだった。


どういう役割の人形なのだろうかと、周介はサングラスをつけたその顔をまじまじと見つめてしまう。


「……なんか用?」


「うわ喋った!?」


「そりゃ喋るし。あぁ、人形と勘違いしてた感じ?一応人間だから」


周介がまじまじと見ていたことで、その人物は何か用があると思ったのか、サングラスを外して蒼く光るその瞳を周介に見せてくる。


彼女がこの部屋にいる能力者であるようだった。


「びっくりした。本当に人形かと思った」


「さっきドクターが言ってた新人でしょ?おもっきし転んだりしてたけど、大丈夫だったわけ?」


「えと、一応。あの、初めまして。百枝周介です。中学三年生です」


「……へぇ、タメなんだ。あたし安形瞳(あがたひとみ)。小太刀部隊所属。よろしく」


「よろしく、お願いします」


差し出された手を恐る恐る取って軽く握手をする。細い腕としなやかな手だなと、周介は目を丸くしていた。


能力者というからてっきりもっとがっしりとした体格をしている人間だと思っていたのだが、そういうわけでもないようだった。


「敬語要らないよ。同い年なんでしょ?」


「でも一応、この組織じゃ先輩なんじゃ…」


「別にいいって。タメに敬語使われるとかなんかやばい奴みたいじゃん」


どうやら瞳は思っていた以上に普通の女子であるらしい。思ったことを口に出すさばさばとした性格であるというのは何となくわかった。


そして、こんな普通の女子が、これほどまでの能力の操作を行っているというのが周介には信じられなかった。


「安形さん、だっけ?」


「さん付けもいらない、呼び捨てでいいよ」


「じゃあ、安形、これ全部お前が操作してるのか?」


「そ、多少楽はしてるけどね」


まるでさも当たり前のように、何の感動もなく自分の能力であることを認める瞳に、周介は驚いてしまっていた。


能力者にとってこの程度は当たり前になるのかと、信じられないという気持ちと、自分もいずれそうなるのだろうかという二つの気持ちが今周介の中で渦巻いていた。


「楽ってどこが?みんなばらばらの動きをしてるじゃんか。こんだけの数を一度に操るとか……すごいな」


「あー、んー……そこまで驚くようなことでもないと思うし。例えば、あそこで戦ってる二人いるっしょ?ボクシングの」


瞳が指さす先にいるのは二人でボクシングを行っているマネキンだった。ジャブやフック、ストレートやアッパーなどを移動しながら、そして回避や防御を繰り返しながら戦い続けている。


「うん、あれがどうかしたのか?」


「あれなんかは、一定時間でおんなじ動きを繰り返してるだけだから。よーく観察してみ」


瞳に言われた通り、周介はよくよく人形の動きを観察してみる。ボクサー同士の戦いのようにしか見えないようなあの動きが一定時間で同じ動きを繰り返しているというのは、ネタ晴らしをされていてもよくわからなかった。


だが一分間ほど観察し続けて、周介は確かにその法則に気が付く。

「ほんとだ、次アッパー、回避してストレート、防御しながらジャブして突き放して……」


「ね?あたしの能力は精密に動かすこともできるし、あぁいう風におんなじ動きをリピートすることもできんの。全部精密に動かすと、めっちゃ疲れるからやりたくないんだよね」


「へぇ…でもこれだけの数を動かすの、きついんじゃないのか?」


「そうでもないし。もう慣れたっていうか、まぁ、ドクターが言うところの一歩前に進み続けたって感じ?最初はあたしだって全然格好良く動かせなかったし」


「そういうもんなのかね?俺なんかさっきから失敗しまくってんだけど……うまくなれる気しない」


「でも頑張ってんじゃん。見てたけど、最初より転ばなくなってたし、うまく動けてるって思った。ちょっとずつだけど、一応前には進んでるっしょ」


携帯を操りながらではあるが、瞳の言葉はまっすぐだった。周介は前に進んでいる。間違いなく、第三者の目から見ても。


素直に評価されるというのは、周介からすれば嬉しかった。能力者の同級生。安形瞳。能力などの説明は大まかなものだが、彼女の能力はかなり洗練されているように見える。


「なぁ、良かったら能力の使い方とかアドバイスくれないか?なんかこう、コツみたいなものとかさ」


「コツ?って言われても困るし。あたし、能力の発動とか感覚でやってるところあるから」


「俺も感覚だよ。なんかこうほら、うまくいくためにどんな訓練したとか、どんな練習したとかそういうの」


周介としては早いうちに能力をコントロールできるようになっておきたかった。少なくとも、四月からは本格的に働かなければいけないのだ。しかも高校に通いながらとなると訓練の時間はかなり少なくなるだろう。


今の内に能力を可能な限り扱えるようになっておかなければ今後が危うい。どんな仕事をさせられるのかはわからないが、周介からすれば死活問題だった。


「えっと、あたしの能力とあんたの能力じゃ全く種類が違うから、参考にはなんないかもしんないけど、それでもいいわけ?」


「いい。とりあえず他の能力者の意見が欲しい」


周介が今のところ知っている能力者の絶対数が少なすぎるため、ここで出会えた数少ない能力者の一人に意見を聞けるのは貴重だ。


少なくとも周介は参考程度にとどめるとしても、その意見そのものを聞いてみたいというのが正直なところだった。


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