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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
五話「同年大太刀小太刀」

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 本来牛の乳しぼりというのは現代においてはほとんどが機械で行われている。動物、牛用の搾乳機などを用いて機械的に乳を吸い取るものである。


 唯一人の手で行われるのは今回周介たちが訪れているような観光牧場における乳しぼり体験の牛が主である。


 人の手で絞った後には、搾りたての牛乳を使っての料理などを食べられたり、牛乳を使ってチーズを作ってみたりの体験コーナーなども存在している。


 家畜である牛が生み出す食べ物の多くを体験することを一種の商業としているのが観光牧場の主目的といえるだろう。


 そんな、食べ物に対する尊さや大切さ、どのようにできているかを知るべき観光牧場で、まさか牛の乳と人の胸の柔らかさを比較しようなどと考える者がいるとは経営者も全く予想だにしていなかっただろう。


 職員もまた、妙にテンションの上がった男子高校生が観光牧場の中にやってきていることに少々驚いたことだろう。


 子供ならまだしも、高校生になって牧場でテンションが上がるというのは珍しい。今回の場合、彼らは牧場にテンションを上げたわけではないのだが、そのあたりは職員たちには分らないことなのだ。


「はい、それでは次の方どう、ぞー……」


 家族連れや子供たちの姿が目立つこの場で、周介たち男子高校生の姿は酷く目立ったことだろう。


 そしてその決意に満ちた表情が、一体何をやる気なのかと一瞬警戒もさせてしまったのも仕方のないことなのかもしれない。


 とはいえ、牧場にやってきてくれた客である以上、無碍に扱うことも彼らにはできない。


 となれば引きつってしまいそうな笑顔を必死に隠し、笑顔で対応するほかないのである。


「よろしくお願いします」


「「「「「お願いします!」」」」」


「は、はい、よろしくお願いします。それではやり方をご説明しますね」


 真鍋の一礼と同時に全員が礼儀正しく野太い声であいさつをすると、やはりというか当然というか、職員の人は戸惑ってしまっているようだった。


 だがそこは観光牧場のプロ、しっかりと手順などを説明して、どのようにすれば牛乳を効率よく絞ることができるのかを教えてくれていた。


「さぁ諸君、やるぞ」


「おう」


 真鍋の言葉を発端に、全員が牛の乳に向かう。


 まず触れてみた感想としては、ゴムボールのような感触が特徴的だった。人間の肌とは根本的に違う。


 肌ざわり、そして感触、重量感、何もかもが異なっていた。


 そして職員に教わった通りに手を動かすと、確かに牛乳が乳首の部分から出てくる。だがかなり強い力で上から、根本の部分から順に絞っていかないと出てこなかった。


「これあれだろ?牛の赤ん坊が飲むんだろ?顎の力半端ないよな」


「やっぱ人間とは違うってことか……思ってたよりずっと硬いな」


「それにどっちかって言うと、感触としてはゴムに近いかも。テニスの軟式ボールみたいな感触」


「おいやめろよ、今度から軟式のテニスのボール触りにくくなるだろ」


「でもマジそんな感じだよな。根元の部分も、柔らかいんだけど、でもどれ以上に重い。重量感あるな」


「あのあれだ、子供の時に使ってた、ビニール?ゴム?のでかいボールあるじゃん、あれみたいな感じ。あれに水を入れてる感じ?」


「あー……あー!言われてみればそんな感じだ!あれをちょっと柔らかくして、んでもって重くした感じだ!なるほど、こんな感じだったんだな……待てよ?」


 感触を確かめながらも乳を搾る真鍋が一つ気付く。


 絞りながら出ているこの牛乳を見て近くにいた職員を一人呼び止めた。


「すいません、この出した直後の牛乳って飲んで大丈夫なんですか?」


「あー……そのまま飲むことはお勧めしません。人がそのまま飲むとお腹を壊してしまうかもしれませんので。普段皆さんが飲んでいる牛乳はある程度処理をしている状態なんです。でもその状態でもとても美味しいですよ。お腹を壊してしまうかもしれませんが」


「自己責任ってことですね」


「えっと……言葉は少し悪いですが、そうなってしまいます」


 牛乳はもともと、牛が自分の子供に飲ませるための乳だ。それを人間が採らせてもらっているだけなのだから、人間の体に合わないのはある意味仕方がないことだろう。


 だが、せっかく絞りたてが目の前にあるというのに飲まないというのはもったいない。真鍋が顔を上げると周りにいる男子たちはみな同じ気持ちだったのだろう。大きくうなずいて職員に小さなカップを貸してもらい、その中にしぼりたての牛乳を入れ一口飲む。


「「「「「……うまい!」」」」


 単純なもので、本当に美味いものを食べた時、飲んだ時の感想の一言目はそれに集約されてしまうようだった。


 濃さとでもいえばいいのだろうか、濃厚さに加え甘みさえ含んでいると思えるほどのそれは普段飲んでいる牛乳とはなにかが違う。そう思える美味さがそこにはあった。


 胸の感触もそうだが、搾りたてを飲めたというのは周介たちにとって強く記憶に残ることになる。


「いやぁ満足だ。いい経験したな!」


「あぁ、揉みしだいただけじゃなくてその場でしぼりたてが飲めるとは!我々のレベルも上がったな!」


「腹壊すかもしれないけど悔いはないな!」


 周介達は満足してとりあえずこの後どこに行くかを考えていた。周介たちの一団が終わった後、すでにある程度ローテーションを決めていた男子たちが乳しぼり体験に向かっていくのを見かける。今日だけでいったいどれだけの乳しぼり体験の人間が押し寄せることになるのか予想もできなかったが、周介たちは自分の胸の中にある満足感をただ楽しんでいた。


「ところでさ、この後どうするよ」


「やっべぇ、何も考えてなかった。あとどれくらいある?」


「二時間半はあるな。何するよ」


 それでも三十分近く乳しぼりを満喫していたために、少々時間を使いすぎた感もあるのだが、せっかくこういう場所に来て何もしないというのも少し違うように思えた。


「じゃああれだ、バンジー行こうぜバンジー。せっかく飛び降りができるならやってみたいしよ」


 手越の提案に反対する者はいなかった。


 乳しぼりのインパクトが強すぎたせいでそれ以外のものに意識を向けていなかった周介たちも悪いのだが、こういう場所に来ないと参加できないものは多い。


 それこそ乳しぼりだけではなく、乗馬や動物との触れ合いなども挙げられる。


 だが周介たちのような高校生にはそういった穏やかなふれあいよりもバンジージャンプのような少々刺激の大きなものの方が好まれるのも事実である。


「んじゃとりあえずバンジー行くか。どっち?」


「あっちの方だな。バス使ったほうが早いから行こうぜ」


 周介たちが移動すると、何人もの男子生徒たちとすれ違う。どうやら考えることは同じだったのだろう。乳しぼりまでの時間待ちの間にバンジージャンプを経験してきた生徒たちは多いようだった。


 小高い丘とでもいう場所にそれはあった。周りの平原や草原を見渡すことのできるその場所にそそり立つ牧場とは不釣り合いな建物。いや建物というのも少々違うのではないかと思える鉄塔にも似た形状の構造物。


 周介たちが見上げると、すでに客が何人か上にいて、今まさに飛び降りようとしているところだった。


「おー!やってるやってる。跳んでる跳んでる。落ちてるって言ったほうが正しいんかね」


「あぁいうのはやばいなぁ。絶叫系は怖いけど、あぁいうのって首をやりそう」


「行こうぜ行こうぜ、さっさと行かないと混みそうだし」


 すでに何人もの客が集まっている中、周介たちは足早にバンジージャンプの方へと向かう。


「ていうか百枝、お前こういうの苦手なのか?」


 並んでいる中、手越が小声で話しかけてくる。手越がわざと小声にしたことから、周介はちょっとした組織の事情を話すつもりなのかもしれないと警戒しながら同じく声を小さくしていた。


「そりゃな、こういうの得意な人間っているのか?」


「いや、その、あんだけ動くからよ、こういうのは得意なのかとばかり」


「いや嫌いじゃないぞ?ジェットコースターとかはまぁまぁ好きな部類だし。けど、こういうのはなぁ……自分の装備だったらさ、ある程度状態とかわかるからいいけど、こういうのって向こう任せだから不安」


「ドクに任せるのもどうかと思うけどな」


「あれは結構頑丈だぞ?一応何度か壊して検査してるし。どれくらいまで耐えられるか確かめてるから。安全の担保はとってるから」


「こういうところでもちゃんとやってるだろ」


「それがわからないからな。結局自分の身を守れるのは自分だけだし」


「いやぁ言葉が重いな。まぁお前なら軽く跳べるだろ」


「装備が欲しい……」


 装備さえそろっていれば、正直に言えば周介はどんな高さからでも飛び降りることは可能になるだろう。


 ワイヤーや噴射装置などを用いれば落下の速度をいくらでも緩めることができるのだから。


 さすがに完全な平地に高度三千メートルから落下しろとなると今の装備では無理だが、今後のドクの装備開発によってそれも可能になってくるだろう。


 とはいえ、このように紐一本で落ちるというのはなかなか度胸のいる内容でもある。


「お前もなんか平気そうだな」


「俺の場合も似たようなもんだ。一時期は飛んだり落ちたりしてたしな。そういう意味じゃ慣れっこだ。やっぱ装備は欲しいけどな」


 装備があればある程度の事はできてしまう。それは能力者としては利点だ。だが同時に欠点でもある。


 装備に頼ってしまう能力の性質は、平時においては一般人と変わらないという結果になる。それはこういう状況において緊急事態が起きた時の対応力が低いことも意味していた。


「お待たせしました。ではハーネスの取り付け方法をご説明します」


「お、来た来た。行くぜ百枝、鳥になってくるか」


「ただ落ちてるだけだけどな」


 周介たちはそれぞれハーネスを身に着け、バンジージャンプの準備を整えていた。


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