0229
進むにつれ、先ほどから聞こえていた金属音はさらに大きくなっていた。
木々の隙間から時折見える火花が増えてくるにつれ、玄徳は敵に近づいているということを察していた。
「姉御、そろそろ接触しそうです。人形頼みます」
『了解。離したら合図して』
無線で連絡を取りながら、玄徳がその姿を確認したのはそれから数秒後のことだった。
暗闇のせいで正確な全容は把握しきれていないが、そこにいる物体の形は大まかながら確認できた。
それは巨大な黒い塊のように見えた。少なくとも人の姿はしていない。四足獣のような横に長い形に加え、頭部と思わしき先端部分に巨大な二本の角のようなものが突き出している。そして観察するとわかるのは、その体の周りに板のようなものが飛んでいるということだ。
一瞬翼のようにも見えたそれらが、所謂盾のようなものだと気付いたのは玄徳の視界の外から何かが飛んできた時だった。
木々を縫うように、まさに隙間を通すが如く射出されたその物体を飛翔している金属板が防ぎ、金属音と火花を辺りにまき散らしていた。
おそらく飛翔してきた物体がミーティア隊の攻撃なのだろう。玄徳はその速度のせいか一瞬しか確認できなかった。肉眼で判断できる速度を超えている。それほどの速度で打ち出されたおそらく弾丸を簡単に防ぐ当たり、あの板、もとい盾にはそれなり以上の硬度があるとみていいだろう。
「こちらラビット03、目標を確認。牛みたいな外見してます。移動中みたいですが、狙撃を警戒してか木々に隠れながら移動してるためそこまで速度は出していないように見えます」
『了解。今そっちに向かってるから少し待ってくれるか?突っかけるにしろ安全な距離を保ってくれ』
「了解しました。兄貴が到着するまで時間を稼ぎます。狙撃部隊に誤射しないでくれと伝えてくれますか?」
『わかった。ミーティア隊、こちらラビット隊。これから目標に接敵するため、誤射に注意してほしい』
周介がミーティア隊とやり取りをしているときに、玄徳は両脇に抱えていた人形を手放し、目の前にいる黒い塊と向き合う。
よく観察すれば観察するほど、牛のような外見をしているが、決して牛のそれとは違う。先ほどは四足獣のような外見と表現したものの、実際には足はなく、蛇のようなただ胴長の体の先端に牛の角のような物体がついている状態だ。
なめくじの形が最も近いといえるだろうか。だがそれにしては動きが機敏である。どういう敵なのか、どうやってこちらの姿などを確認しているのか。玄徳はとりあえず相手の意識をこちらに向けることにした。
「姉御、頼みます」
『了解。適当に動かすからあんたの方は好きに動いて。暗すぎてカメラがよく見えないから』
玄徳が手放した人形がそれぞれ動き出す。人形についているカメラで状況は把握しているようだが、周りに照明がなさすぎるために万全な動きをすることはできないのだろう。
人形は即座に木陰に隠れると、玄徳の動きに合わせるかのような合図を送ってくる。
頼りになるなと玄徳は大きく深呼吸をすると近くに落ちている小石をいくつか拾い上げる。
「オラァ!」
玄徳は能力を発動しながら全力で小石を投擲する。あえて大声を出したのは玄徳が相手の意識をこちらに引きつけたかったからである。
玄徳の能力によって加速された小石はそれこそ弾丸のような速度で黒い塊めがけて襲い掛かる。そしてその体に直撃しめり込むと、黒い塊『ウィリーブル』は角を玄徳の方に向けてわずかに震えて見せた。
「おらナメクジ野郎!俺が相手だ!」
木を足場にして空中を跳び回りながら玄徳は小石の投擲を繰り返す。相手の体に何度かぶつかった瞬間、その黒い物体がはじけ飛ぶように地面に落ちるが、黒い物体はすぐに地面から吸いつくように補充されていく。
映像で確認した通り、体の周りに物体を纏わせているのだろう。威力の低い攻撃では少なくともダメージを与えることは難しそうだった。
いくらダメージがなくとも、跳び回りながら投擲をされるというのは煩わしいのか、ウィリーブルは体を震わせながらその体についている黒い物体を玄徳めがけて射出してくる。
それなり以上の速度で射出された物体だが、そもそも玄徳の動く速度に対して射撃精度はそこまで高くはないのか、明後日の方向に飛んで行ってしまっていた。
そして玄徳が動き回るのに合わせるように、再び木々の隙間を縫って狙撃がウィリーブルの方へと射出されていく。
だが適度にその体を守る盾が動き、その狙撃が本体に届くことはなかった。
相手が動くのを阻止すること。そしてあの盾を何とかして破壊すること。自分にできそうなことはそのくらいだと玄徳は判断していた。
ウィリーブルの動きを阻止することはそこまで難しくはない。相手は狙撃と玄徳の投擲の攻撃をそれなりに警戒しているようだった。
そして玄徳の速度自体にも追いつけていない。いや、正確には玄徳の速度に対応できていないというべきだろう。
高速で移動をすれば追いつくことはできるのだろうが、一直線に体を動かすのと、縦横無尽に走り回るのとは違うのだ。
玄徳はまず、周囲に展開している黒い物体を引きはがすことを考えていた。
周囲が暗く、その黒い物体がいったい何でできているのか判別できなかったが、先ほどまでの投擲から、少なくとも攻撃を当てれば僅かながら、そして一時的ではあるがその物体が引きはがされるということもわかっていた。
遠くから飛んできている狙撃の攻撃のために、その体の周りを飛翔している盾を使ってる上に、玄徳の動きに反応できていない。投擲の攻撃は間違いなく当たる。相手には回避できるだけの反応速度がないことを確認した玄徳は、自分の足の装備に触れる。
この脚部装備を使えば、接近戦を挑めばもっと効率よく相手の外装とでもいうべき部分を引きはがせるだろう。だが玄徳は周介に言われたことを忠実に守ろうとしていた。
一人で行動している以上、まずは相手の足止め、そしてそれができているのであれば次の目的、さらに言えばその大前提として、自分自身がやられない、安全な状態で戦闘を行うこと。それは絶対条件だった。
接近戦を挑むにはまだ早い。小石に加え、トリモチ弾などをいくつか手に取ると、玄徳は再び跳躍する。
そして今度は瞳の操る人形も動き出していた。その場で跳躍するような、かなり大きくしゃがんだところで玄徳は人形の動きに合わせるように能力を発動した。
人形が跳躍すると同時に、玄徳の能力である加速の能力の線に人形が乗り、空中高く人形が飛び上がる。
周辺に存在する木に激突するその直前に人形はその身を翻し、枝の一本を掴むと回転しながら速度をやわらげまた別方向へと跳躍していく
まるでサーカスなどで見る曲芸のような動きだ。実際瞳がやっているのはそれと同じことなのだろう。
玄徳は人形の速度が一定以下に落ちないように定期的に能力を発動していた。
訓練の時に何度かやったが、この人形にも機動力を与える方法は肉体の疲労以上に精神が疲労する。慣れていないというのもあるのだろう。この地形が初めてというのもあるのだろう。
周介がきついといっていた意味を玄徳はこの時初めて認識していた。
その際たる理由は、眼下にいる目標だ。いつ攻撃してくるかもわからない敵を前に、自分と敵だけではなく味方にまで気を配るというのは精神を摩耗させていく。
だがその分効果は絶大だった。
一人だったはずの追手が、いつの間にか三人になっていることに、目の前にいるウィリーブルは動揺しているようにも見えた。
時折放ってくる射撃も、先ほど以上に精密さに欠ける。適当にばらまいているとしか思えないほどの攻撃だ。
そして玄徳だけではなく、人形もそのあたりの小石を拾い、投擲している。玄徳の手が回るときには加速するが、それも毎回行えるわけではない。何より玄徳が投げる時よりも威力は落ちる。
相手がどのようにこちらを認識しているのか。それを確認するのも必要だと、玄徳はトリモチ弾の一つを小石に混ぜる形で相手の顔と思わしき、角のある部分に投擲した。
角の間、ちょうど顔と思われる部分に着弾したトリモチ弾はその部分を覆い隠し、完全に張り付いた。
粘着質なそれをとるには、ある程度水で洗い流すか、火で焙るなどしてトリモチそのものを硬質化させるしかない。
だが、顔と思わしき部分に着弾したというのに、相手は気にする様子は一切なかった。
いや、そもそも顔に何かがついてるということに気付いている節もなかった。動きに全く変化がないのだ。
「こちらラビット03、相手の顔っぽいところにトリモチ弾を投げてみたんですが、効果なしっぽいですね。こいつがどうやってこっちを把握してんのか今のところ不明っす」
『了解、情報を共有する。メイト隊に伝達』
『こちらメイト11、ラビット03、事前の情報を得ていると思いますが、その目標に対して接近するのは非推奨です。特に一定距離以内に入ると特定の物体、具体的には鉱物系の物体は操られる可能性があります。注意してください』
「了解、距離を保ちながら足止めする」
近づかないのはやはり正解だったかと玄徳は小石を掴んで再び投げようとする。だがメイト隊の人間が言った鉱石系の物体が操られるという言葉にふと違和感を覚える。
石もまた鉱石のようなものだ。先ほどから石自体は当てられている。外装も多少なりとも引きはがせている。
だがそれだけだ。もしかしたら操ることで威力を減衰させているのだろうかと、周囲にほかに何があるのかを見渡す。
そして木の枝を一本拾うと、それを槍の投擲のように投げつける。
当然玄徳はそう言ったことをやったことがなかったために、ただ木の枝を投げつけただけになってしまうが、玄徳の加速の能力によって高速で叩きつけられた木の枝は偶然にも目標に突き刺さった。
外装部分で止まった木の枝が、相手にどの程度のダメージを与えたかは不明だ。だが次の瞬間、ウィリーブルの黒いからだが大きく震えだす。
「姉御!退避頼みます!」
映像で見た攻撃が来ると、玄徳は即座に回避行動をとった。
玄徳と人形たちが後方へと跳躍した瞬間、その体から放射状に大量の塊が放たれる。




