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「玄徳、左右の幅しっかり見ておいてくれ。カーブに差し掛かるときは気を付けて動くから、特に注意な」
「了解です!どうぞ!」
周介たちがまず動かすのは重量物を釣り上げるためのクレーン車だ。通常工事現場で使われるものよりもかなり重量と大きさがあり、単純な車体の重量だけでも十トンを軽く超える。
本来の重機であれば、それらを動かすならばそれなり以上のエンジンが必要で、動くだけでもかなりの騒音がするのだが、周介が動かす重機はエンジンなどの音がないため非常に静かなものである。所謂通常の電気自動車のようなものだ。エンジンで動いていないためにただゆっくりとタイヤが動く程度の音しかしない。
だがそういったエンジンによる伝導がないため、操縦者が周介以外であった場合、速度の変化がつけにくいのが欠点といえる。
単純な機構のブレーキはついているとはいえ、それも周介が車軸を回し続けていれば止まるはずもない。これだけの重量のある物体を動かすとなるとちょっとした接触でも大事故になりかねないために、特に慎重に動かす必要があった。
そのため周介は運転席に座っている玄徳でも十分に反応できるように徐行の等速移動でゆっくりと進んでいた。
そしてその後ろに運搬のためのダンプ車を移動していく。こちらは周介でなくとも動かすことができるようにエンジンが取り付けられているが、周介は声による伝達がしやすいようにあえて能力で動かしていた。
「兄貴!これからカーブに入ります!」
「了解!ゆっくり行くぞ!俺が外回り見てるから、お前は内輪見ててくれ!」
「了解です。ゆっくりお願いします!」
周介が速度を落とし、玄徳がハンドルを切って曲がり角を慎重に曲がっていく。車体が大きければ大きいほどに内輪差が大きくなるうえに、クレーン車ということもあって壁などにぶつけないかひやひやしながら曲がっていた。
少なくとも通常の搬送路よりは広い通路であるものの、物が大きいだけに通るだけでも一苦労という印象だった。
「どうだ!?行けそうか!」
「行けます!そのままゆっくりお願いします!外側大丈夫ですか!」
「こっちはもう躱してる!あとそっちだけだ!オーライ!オーライ!」
周介たちが声を張り上げながら車を動かしているのを見て、ドクは面白そうに笑っていた。
「いやぁ、二人ともそうしてやってると現場の人みたいだね。なかなか似合ってるよ」
「ドクも笑ってないで手伝ってください。次こいつなんですから」
周介は先行した玄徳の乗るクレーン車の誘導を終えると、大型のダンプ車に乗り込んで同じようにゆっくりと進んでいく。
このダンプ車の場合、クレーン車のように長い突起物がない代わりに車体の荷台そのものがかなり長い。そのため曲がるのにはそれなりに気を使う必要がある。
「安形!後ろ大丈夫か!?」
周介は荷台に人形と一緒に乗っている瞳に対して声をかける。問題なく曲がり切れるかどうかはハンドルを切るタイミングと周りの建物との距離で変わる。車体が大きい分、特にそのあたりを気をつけなければいけなかった。
「大丈夫、そのまま行って」
「兄貴!そのままどうぞ!外側大丈夫です!」
今度は玄徳が曲がりの外側を見てくれている中、周介は前方と内輪部分に注視して慎重にハンドルを切っていく。
この組織に入ってそれなりに大きな車両を何度も動かした。免許を持っているわけでも、実際の車道を走ったわけでもないために技術的にはまだまだ未熟だが、こうやって曲がり角を普通に曲がることができる程度にはなっている。
大きい車というのはそれだけ動かすのに労力と技術が必要だ。そのあたりを周介は嫌というほど実感していた。
「オーケーです!それじゃあ行きましょう!」
曲がり角で監視してくれていた玄徳がクレーン車に乗り込むと同時に、周介は車を走らせる。
すると周介の乗るダンプ車にドクが駆け寄って助手席の扉を開けると勢い良く入り込んでくる。
「ドク、危ないですから一声かけてから入ってくださいよ」
「ごめんごめん、いやでも、なかなかこういう車両の扱いがうまくなってきたね」
「そりゃどうも。嫌って言うほどにスクラップを運びましたからね。またあぁいうの来るんでしょう?」
「定期的に来るね。材料が足りなくなったらまた頼むよ」
「もっとちゃんとした材料買ったほうがいいんじゃないですか?その方が安上がりだと思いますけど」
「いいや、廃品を買ったほうが圧倒的に安上がりさ。実際問題、僕らの行動のおかげで助かっている人間って言うのもたくさんいるからね」
それが一体誰なのか、聞くまでもないだろう。産業廃棄物を出す事業者などは、本来であれば廃品として金を出して引き取ってもらうところを、金をもらって売っている形になるのだ。少量であればそこまで大差はないかもしれないが、それが何十トンにもなれば話は変わってくる。
組織は安く廃品を買える。事業者は金をもらったうえで廃棄物を片づけられる。どちらも損をしないという意味では両者両得の関係といえるだろう。それが法律的に問題ないかどうかはさておいて。
「それで、今回の運び先ってどこなんですか?運搬ルートでいちいち曲がってたら時間がいくらあっても足りないですよ?」
「そのあたりは問題ないよ。運びやすい場所に設定してあるから」
ドクの言葉を周介は若干疑いながらそのまま車を走らせる。簡単に運ぶことができる場所ならいいのだがと、ハンドルを握る手は少し汗がにじんでいた。
「ここが搬入口ですか。でかいですね」
「そりゃそうさ。拠点の中でも指折りの搬入路だ。いろんな器具をここから入れてるからね。こういうところが何カ所もあるから、覚えておいて損はないよ」
周介たちがたどり着いた場所は今まで入ってきたどの入り口よりも大きな門がある場所だった。
空間の穴を見ることはできていないが、目の前にある巨大な門だけでもその大きさを容易に実感できる。
今まで入ってきた、乗用車や人が入るための入り口とは比較にもならない。門のある高さも、その幅も、そして門の重厚さや厳重さも他の門とは桁が違う。
「これって、一体どこに繋がってるんですか?」
「ふふふ、聞きたいかい?だけどそれは今後のお楽しみにして置こうじゃないか。少なくとも周介君たちは間違いなく、今後この門を使って活動することもあるだろう。その時にびっくりしてくれると嬉しいね」
「びっくり云々よりも先に知りたいですけど……安形は?ここがどこに繋がってるか知ってるか?」
周介と玄徳が重機車両を駐車している間、人形を各所に配置している瞳は興味なさそうに巨大な門の方に目を向けて小さくため息をつく。
「知らない。っていうか、こういうところは普通あたし達みたいなのは近づかないはずだから。関係者以外立ち入り禁止って感じ」
「まぁそうだね。ぶっちゃけ僕らみたいな製作に携わる人間じゃないとこの搬送路は使わないかなぁ……。僕自身ここを使ったのは発電系統の開発をして以来だし」
どうやらこの出入り口は基本的にあまり多用されない場所であるらしい。人の出入りをするにはこの門は厳重すぎるのかもしれない。
あるいはこの先に繋がっている場所に原因があるのか、そのあたりは周介たちにもわからなかった。
「で、先生、今回運ぶブツはどこに運ぶんです?さすがに搬送先くらいは知っておきたいんですが」
「おっとそうだったそうだった。君たちには先に案内しておかないとね。今回の場所は今後新しく蓄電設備を置く場所なんだ。今後重要な場所になるのは間違いないから、あまり他言はしないでほしいんだよね」
一応この組織の中においても情報の取り扱いというのは気を付けているのだろうか。勝手に近づいて問題を起こされては困るということだろうか、その辺りにはかなり気を使っているようだった。
もっともドクの場合、壊れたら壊れたで喜んで直すのだろうが。
「この場所で今回のパーツを積み替えて、そこからこの道をまっすぐ行く。それなりに進むともう一つ大きな扉が見えてくるんだ。今回はそこに運んでもらう予定だよ」
そもそもここが拠点のどの位置にあるのかもわかっていないために、周介たちはどのあたりなのかさっぱりわかっていなかったが、重機などが置いてある格納庫からこの場所に至るまで、広めではあるもののそれなりに移動してきたため、それがどの程度時間がかかるのかもわからなかった。
「とりあえずもう一台クレーン車持ってくるから、その場所に運んじゃいますか。搬送先にもうクレーンも置いておいていいんですよね?」
「問題ないよ。ただ配置には気を付けてね。一応余裕をもって設計してるけど、クレーン車が十分に動き回れるスペースがあるかって言われると微妙だからさ」
「そんなに狭いんですか?」
「いやいや、かなり広く場所は確保してるんだよ?ただ今回のパーツとかが届くと結局狭くなりかねないからね。初期配置は大事って話さ」
結局今回運搬するパーツの総重量も、総体積も知らないためにどの程度のスペースがあるのかも判断できなかった。
だが確かにクレーン車を動かすときはアウトリガーなどを張り出して作業しなければいけないために細かな移動が面倒になる。作業効率などを考えればある程度配置などを考えて車を置いておいたほうがよさそうだと周介は考えていた。
「んじゃ玄徳、もう一回行くぞ。ダンプ車もう一台使えるかな?」
「この道幅ならすれ違うことくらいはできそうですね。一応もう一台もってきますか」
「よし、じゃあドク、俺らもう一台ずつ車もってくるんで、どの場所においてほしいとか、なんかマークつけておいてくれるとありがたいです」
「わかったよ。それなりに見やすいほうがいいだろうから、安形君、人形を貸してくれるかな?」
「わかりました。どうぞ」
ドクが搬送先に行くのを確認して安形の人形が何体かドクに付き従うような形で移動を始める。
瞳はというともうやることは終えたからか、携帯に視線を落として車のすぐそばに座り込んでいた。
「おーい安形、行くぞ」
「……なに、あたしも行くの?」
「そうだよ、手伝ってくれ」
「……なんで。あたし別にいらないじゃん」
「何言ってんすか。姉御がいてくれなきゃ」
「そうそう、一人で楽はさせないぞ」
「……めんどくさ」
そう言いながらも瞳は携帯から目を離して立ち上がり、周介たちの方へ歩き出す。
口は悪いが、瞳がちゃんと手伝ってくれる人間だと、周介と玄徳はしっかりと理解していた。




