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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
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「……いくつか質問をいいかな?君は、寝返りを打つことができるかい?」


「え?そりゃ、できますけど」


 唐突な質問に周介は戸惑いながらも答える。寝返りの打てない人間というのはなかなかいないだろうという考えが浮かぶ。もちろん怪我をした人ならば寝返りを打つこともできないということもあるかもしれないが、周介は幸いにして怪我などは一切していない。


「では、君は座ることはできるかい?」


「そりゃ……できますよ」


 周介はドクが何を言いたいのかが理解できなかった。いったいこの質問に何の意味があるのかと疑問がわく。


「では、立ち上がることはできるかい?」


「……できますよ」


「では、歩くことは?」


「できますよ、できてるでしょう?」


「では走ることは?ジャンプすることは?逆立ちは?泳ぐことは?自転車に乗ることは?逆上がりは?」


 繰り返し続けられるドクの質問に、周介はすべてできると答えた。いつまで続くかもわからない、意味の分からない問いかけに周介はわずかに苛立ちを覚えていた。


「全部できますよ!なんですか、ひょっとしてバカにしてますか?」


「何を言うんだい。馬鹿になどするものか。僕は真剣に君に聞いているんだよ。では次の質問だ。君は今までの問いのすべてを、最初からできていたのかい?」


「それは……」


 その問いこそがドクの問いの本質だった。


 最初からできていたのか。そう聞かれればその答えは否だ。


 生まれた時のことを覚えていたわけではないが、周介は最初、生まれたばかりの頃は寝返りもうてない赤ん坊だった。


 座ることもできなかったし、立つことだってできなかった。当然歩くことも走ることもできなかった。ジャンプなんてもってのほかだ。


 妹や弟がいる周介は、そのことを知っていた。赤ん坊のころは本当に何もできないのだということを知っていた。


 寝返りさえも打てず、親がいなければ何もできないただの子供の頃が周介にも確かにあったのだ。


 だが成長するにつれ、それらはできるようになっていった。物心がつくころに父と一緒に自転車に乗る練習をしたのを覚えている。家族と一緒にプールに行き、泳ぐ練習をしたのを覚えている。風太や麻耶の泳ぐ練習を手伝ったのも覚えている。


「そう、つまりはそういうことなのさ。最初からすべてができる人間なんていない。そんな生き物はいない。どんな生き物だって、最初は何もできないところからスタートするんだ。遺伝子に刻まれた記憶が、するべきことを教え、産んだ親が、育てる親が、環境が、できることを少しずつ増やしていくんだ。人間だろうと動物だろうと、その摂理は変わらない。それは不変の、絶対の法則だ」


 生き物は幼いころは何もできない。生まれたばかりの頃はゼロの状態だ。


 だがそれぞれの遺伝子に刻まれた記憶が、何をするべきか、何を行うべきかを教えてくれる。


 そして親の姿を見て、親に教えられて、周りの多くの環境や状況に触発されて、できることを少しずつ増やしていくのだ。


 赤ん坊だった頃できなかったことを、少しずつ。


 座り、立ち上がり、歩き、走り、跳び、やがて赤ん坊では逆立ちしたってできないようなことをできるようになっていく。


 それは技術であり、成長である。


「その法則の中になくてはならないもの、それは努力だ。ありとあらゆる生き物は、僕ら人間は努力によってできることを増やしていった。君は覚えているかい?自転車に乗るためにいくつも擦り傷を作ったことを。泳ぐために何度も水の中に沈んだことを。それと同じだ、何も変わらない。君は自らできることを増やすために努力する。そしてその努力の先に、僕が先ほど言った、ありとあらゆる機械を操るという、一つの到達点があるだけだ」


「一つの、到達点」


「そうだ。君はすでに、能力を意識して発動するという一つの到達点にたどり着いた。任意のものに対して能力を発動するという到達点を超えた。一つずつ、少しずつ超えていけばいいだけの話なのさ。いきなり万全の力なんて手に入るわけがないだろう?君が目覚めた力は君の力なんだ。君が努力して、君が鍛えていかなければ強くなりはしないのさ。もう一度言おう。君がもつその力は、君自身の力なんだ」


 自分自身の力。その言葉を反芻しながら、周介は自分の能力がいったいどういうものであるのかを思い返していた。


 そして、自分が今までできなかったことを少しずつできるようになっていったことを思い出す。


 それはドクの言うとおりだった。最初は何もできなかった。何もできないところからここまでできるようになったのだ。


 今まで積み重ねることによってできることが増えていくというのなら、当然これからも同じことだ。


「君がこれからどのような能力者になるかは僕にもわからない。けど、自分でここまでだと、自分で決めてしまえば当然君はそこまでだ。どんなものでも、もっと上へ、もっと先へ、そう考えていかないと自分の殻というのは破れないものだよ」


「……なんか、ドクは先生みたいですね」


「はっはっは、それはうれしいね。まぁある意味先生でもあるか。僕はドクターだからね」


 ドクは満足そうに笑いながら、周介の顔の前に指を一本立てて見せる。


「さぁ、それじゃあ努力を続けようか。また一つ、また少し先に進もうじゃないか」


 その顔は、その声は本当に楽しそうだった。自分のことではないのに自分のことのように、周介の成長を楽しんでいるように見えた。


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