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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
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 まどろみの中、音が聞こえる。アラームの音だろうか。いや、そのようなものではない。誰かがあわただしく動いている音であるということに気付き、周介はゆっくりと瞼を開けようとした。


 その瞬間、勢いよく扉が開かれる。


「周介!いつまで寝てるの!もう六時半!」


 部屋に突撃してきたのは周介の母、美沙だった。この時間になっても周介の靴などがあったことから、慌ててやってきたのだろう。


「……はぁ……?……はぁ!?」


 一瞬何が起きたのかわからず、周介は硬直してしまっていた。そしてベッドの横にある自分のお気に入りのアナログ時計を見る。そこにある時計は二時五十分を示していた。


 だが窓の外の景色は太陽が昇っていることもあって明るくなってきている。二時五十分などはありえない。


 慌てて携帯を見ると、確かに時間は六時半を示していた。


「やば!なんでこんな時間に!アラームは!?鳴ってなかったよな!?ってか止まってんの!?」


 六時半だというのに、アナログの時計は二時五十分を示しているということはつまり、どこかで時間が止まった可能性が否定しきれない。周介は混乱しながらも布団から飛び起きて急いで着替えを始めていた。


「今から出て間に合うの?連絡したほうがいいんじゃない?」


「余裕は見てるからまだ間に合う!四十分の電車に乗れれば……たぶんギリギリ……間に合う!」


 時間的に、四十分の電車に乗ったとしてもかなり厳しいことは言うまでもない。集合時間、そして試験開始時間などを見積もると、試験開始時間にぎりぎり間に合うかどうかというところだった。


 腹の奥がちりちりと、焦げるような感覚に満たされながら、周介はまとめておいたカバンなどを掴んで駆け出す。


 二階から一気に駆け下りてリビングへ、そして玄関へと駆けていく。一秒たりとも無駄にはできない、一秒たりとも止まっていられない。


「行ってきます!」


「ご飯は?」


「食べてる暇ない!コンビニとかで買うよ!」


「車で送ろうか?」


「この距離ならチャリのが早い!」


 周介は愛用の自転車に飛び乗ると、自宅の門を出て思い切りペダルをこぎ始める。


 早く、早くいかなければと気がせくたびにペダルをこぐ足に力がこもり、そしてその力を正確に伝導できているのか、いつも以上に自転車は前へと進んだ。


 人間、緊急時になれば何でもできるということを、普段の周介であれば実感できたことだろう。だがそんな悠長なことを考えている余裕は今の周介にはなかった。


 ペダルをこぐたびに風景が後方へと移動していく。漕ぐたびにペダルが軽くなる。漕ぐたびに速度が上がっていく。


 きっと中学時代での最高速度を出していることだろう。それほどまでに、周介の自転車は速度を出していた。


 自転車置き場にたどり着き、自転車に鍵をかけるとちょうど駅のホームに四十分発の電車が到着しているところだった。


「間に合う、間に合う!間に合う!間に合え!」


 自転車置き場から駆け、改札機を越え、今にも出発しそうな電車に飛び乗る。駆け込み乗車はご遠慮くださいというお決まりの文句を聞きながら、周介は内心謝罪しながら電車に乗ることに成功すると、荒く息をつきながらこの後に乗る電車を確認していく。


 この電車でターミナル駅に移動してから、また別の路線に乗り換えて快速に乗る。これで携帯などが表示する電車よりも一本早い電車に乗ることができれば、なおのこと楽に移動が可能になる。駅の乗り換えでも決して休むことはできない。こうして休んでいられるのはこの電車の中だけだ。


 急げ、急げという気持ちと、今は休めという二つの気持ちが同居する中、周介はとにかく自らがこれから乗れそうな電車、そしてこれから最も早く目的地の、受験する高校の最寄り駅に到着する電車を調べていた。


「このままいけば……少しは……余裕、あるかな……?」


 調べていくが、やはり余裕はない。集合時間を十五分過ぎ、試験開始の十分前に駅に到着するような形だ。


 そこから、駅から件の高校まで歩いて十五分ほど。走ればその半分程度の時間でたどり着けるかもしれないが、そこまで体力を温存しなければならない。


 周介は自分の体に言い聞かせる。ゆっくり息を吐き、ゆっくり息を吸う。深呼吸し、上がったままの心拍数を少しでも落ち着かせようと、消耗した体力を少しでも回復させようと努めていた。


 のんびりしていられるのは電車の中だけだ。


 とはいえ、気が急く。もっと急いでくれと、もっと早く動いてくれと、そういう気持ちが消えなかった。


 目をつむり、深呼吸を繰り返す周介の変化に、周りにいた人々は気づいていない。本人も気づいていない変化だ、周りの人間に気付けるはずもなかった。


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