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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
五話「同年大太刀小太刀」
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 周介が自分の通う学校にもようやく慣れてきたころ、間もなくある行事が行われようとしていた。

 それは所謂小旅行のようなものだった。


 ゴールデンウィークを目前にしたこの時期に、入学したばかりの一年生たちを対象に小旅行を行うのが毎年のことなのだという。


 もちろん周介たちも例にもれず、その旅行に行くことになる。


 行先は千葉の房総半島にある、この学校の宿泊施設。オリエンテーションを含めた集団行動を行うのが目的であるらしいのだが、周介たちも具体的な内容は知らなかった。


 寮内の一学年が集まる雑談スペースではその話題が何度か出ていた。


「千葉って言ったらあれだろ?ランドとシーがあるところだろ?」


「場所的に全然違うじゃん。こっちの方だとなんもねえぞ。牧場があるか?」


「牧場って……あれか、牛乳絞ったりするやつだろ?」


「バターとかも作れるんじゃね?思い切り振って作る感じの」


 周介たち一年生の男子寮生は先日の性癖談義からそれなりに仲が良くなったためか、こうして談話室でテレビを見ながら雑談をすることが増えていた。


 部屋に戻っても勉強道具と自分の携帯ゲーム程度しか持っていないものがほとんどであるため、テレビくらいしか娯楽がないのというのもあるだろう。同世代で集まって雑談をするというのも数少ない娯楽の一つだ。


 そんな一年生だけで集まるグループの中でも、当然今回の旅行に関しては話題になっていた。


「バス移動だろ?こっからだとどれくらいかかるんだ?」


「えっと、首都高通って、その後なんだっけ、あの海の上にあるサービスエリアみたいなの」


「海ほたるか」


「そうそれ、それ寄ってから房総半島の方に行くから……三時間くらいか?」


「結構かかるな。バスの中暇じゃね?ゲームとか持ってくだろ?」


「カラオケとかもあるって話だぞ?歌うか?ラップならいけるぜ」


 バスの中でいったい何をしようかという話をする中に、当然周介と手越も混ざっている。同世代の男子と話すことができるというのは非常に気が楽だ。


 どのようなことを言ってもたいていは笑って流せる。まだ付き合いが長いわけではないために探り探りの状態ではあるが、先日の性癖談義によって多少の壁とでもいうべきものは取り払われてるように思えた。


 人間、そう言った部分をさらけ出すともうあとはどうでもよくなっていくのだろう。特に男の場合はそういった傾向が強い。


 それが良いことであるかどうかは、また別の話ではあるが。


 テレビで流れるバラエティを眺めながらの雑談、完全にだらけ切った様子に、見る者が見れば注意するかもしれないような光景だ。


 だがここにはそういった注意をするものがいないという安心感がある。周介たちがかなりぶっちゃけた話をしているのがその証拠だろう。


「牧場か……牧場といえばだ、やっぱ乳首を絞るわけだろ?」


「そうだな、牛の乳だしな。実際は機械とかでやってるみたいだけど」


「まぁそうだな。昔は機械とかもなかっただろうし、手絞りだろ?」


「牛の乳と人間の乳、どっちが柔らかいのかな」


 その発言をしたのは真鍋だった。そう、あの性癖談義にて、タイツ好きであることを暴露し、周介率いるスパッツ派、手越率いるブルマ派に対抗するべくタイツ派を結束した人物である。


 真鍋の言葉に、その場にいた男子全員がハッとなって考えだす。実際、乳しぼりと言われても職業体験程度にしか思っていなかったが、思春期男子の彼らにとって、胸であることに変わりはないのだ。


 同種族の胸と比較する、比較できるかどうかもわからないが、それを考えてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。


「あれだ、動物だし、人間の方が柔らかいんじゃないのか?」


「いや待て、動物って人間より体柔らかいじゃんか。毛とかがある分そのあたり微妙かもしれないけど」


「しかも牛とかの家畜って、しっかり食わせて太らせてるわけだろ?その分肉がついて柔らかいんじゃないのか?」


「この中で牧場出身の奴は……さすがにいないか。実際に乳しぼりやったことある奴は?」


 この男子の中で何人か手を挙げるものの、そのほとんどが当時子供だったということもあって、動物の乳を搾るという行為に何の疑念も抱いていなかった。


 思春期特有の思考に至っていなかったというべきなのだろう。


「今回のルートの中で、一応その牧場にもいくんだよな?」


「一応そうなってる。けどほとんど集団行動だぞ?」


「わかってる。だから何人かで壁を作るなり、視線を逸らすなりするしかない。チームで行動するのが最適だ」


「そこまでするのかよ、いや、でも……」


「確かめるしかないだろ、この重要課題、確かめないでこの旅行終われねえぞ?」


「マジか、なんだか大変なことになって来たじゃねえか」


 男子たちはその場の勢いで妙な結束を見出していた。


 この中で誰も、実際の女性の胸の柔らかさを知らないという時点で、比較そのものができないという事実に誰も気づいていない。


 一時のテンションというものは、時として妙な方向に思考を勧めてしまうものなのである。











「というわけで、俺ら一年は旅行に行くからさ、玄徳はその間留守番だな」


「マジっすか……さすがに学校行事にまでついていくわけには……」


「仕事あるでしょ。我慢しなさい」


 周介は拠点にあるラビット隊の部屋で今度行われる小旅行のことについて話していた。


 当然学校の行事であるために、一応部外者の玄徳を連れていくことはできない。そもそも玄徳にも仕事があるのだ。その仕事を放って旅行に行くのも難しいだろう。


「ですが兄貴、その旅行先で何があるか……万が一のために俺がいたほうが」


「あのね、今回の旅行のプラン見せようか?千葉の方に行って牧場行ってアウトレット見に行って帰るだけだぞ?一泊するけどさ」


 学校から配布されているスケジュール表を玄徳に見せる。その内容は特に変わったことは一切ない。

 移動、休憩、イベント、宿泊、オリエンテーション、移動、イベント、買い物といったように時間によってどこで何をするのかが記載されている。


 同様のものが保護者にも届けられているらしい。子供がどのようなことをするのか気がかりな親もいるだろう。


 今の時代、少し過保護すぎな気もしなくもないが、そのあたりは仕方がないのかもわからない。


 目の前にいる大男は保護者でも何でもないのだが、周介のことが気がかりなのか、スケジュール表を食い入るように睨みつけている。


 はっきり言ってその顔は怖い。もともと強面であるため、少し凄んでしまうともはや脅しているような表情になってしまうのだ。


 周介と瞳はもう慣れてしまったが、初見の人間には非常に恐ろしく感じられることだろう。


「暴れ牛がいる可能性も……」


「ねえよ。牧場で暴れ牛いねえよ。観光用の牧場だぞ。そんなんあったら大騒ぎだっての」


「寂しいからついていきたいんでしょ?今回は留守番しておきなさい。大体、あたしらの同年代の連中も全員行くんだから。なんかあっても対応できるから」


「それは、そうかもしれませんが……」


 今回旅行に行くのは一学年全員だ。つまり周介たちだけではなく手越、白部、福島、十文字なども今回の旅行に参加することになる。


 小太刀部隊だけではなく大太刀部隊の人間も一緒に行動するのだ。何かあったところでどうとでもなる。


「なんかあったら呼んでください。すぐに駆け付けますんで」


「だからなんもないっての。っていうか、なんでそんなに心配すんの」


「百枝が割と無茶する人間だってわかったからじゃないの?普段はビビったりしてるくせに、なんかあった時に限って無茶なことやるし」


「そうか?」


「そうよ」


 周介は自分の意識としては何も無茶なことをしている認識はなかった。慎重に事を運びたいと考えているし、そのように行動してきたつもりだった。


 だが、近くでそれを見ている瞳たちからすれば、時折目を見張るような行動をとるときがある。


 それは、玄徳と出会った首都高での活動でも、この間のペットの捜索においても出ていた。


 とっさの行動、とっさの考え、有事の際の思考の変化。それは見ている側からすれば危険だと思える何かがあると察するに余りある。


 玄徳が周介のことを心配しているのもそのあたりが原因なのだろう。


「大丈夫だって。今回は俺よりずっと先輩の能力者ばっかりだしさ。何より一学年そろっての行動だから、変なことは逆にできないって」


 周介の言葉を、瞳も、玄徳もあまり信用していないようだった。信用されていないというあたり隊長としてどうなのだろうかと思ってしまうが、その信用はあくまで信頼の上に成り立っているものだ。


 周介ならばそういうことくらいするだろうという、一種の信頼だ。だからこそチームメイトである二人はそのことを気にしている。


「玄徳、あたしが見ておくから大丈夫。まずいなって思ったら、その時はあんたを呼ぶ。だからそれまでは大人しくしてなさい」


「姉御……姉御が、そこまで言うのなら……」


「おかしいな、俺この隊の隊長のはずなんだけど……信用ゼロじゃん」


「自分の行動をもうちょっと顧みてからそういうことを言いなさいな。付き合わされるのあたしたちだってこと忘れないでよ?」


 隊長の言うことには従う。そのこと自体は瞳も玄徳も異論はない。周介の言うことであれば、瞳も玄徳も従うだけの気持ちはあるのだ。


 だが周介の考えや行動は、一歩間違えれば危ういものが多い。特に、周りへの被害ではなく、周介自身への被害を考えていない節がある。


 特に訓練を見ている瞳はその癖とでもいうべきか、それを感じ取っていた。


 常に見ていないと不安になるというか、常に監視していないと何をやらかすか分かったものではないという危うさを秘めている。


 新装備を与えられた時、訓練をしているとき、試行錯誤を重ねる段階でもそれは現れている。そして現場に出て、実際の依頼を受けて行動しているときも、その危うさは時折垣間見ることができていた。


 まだ二回程度しか外での活動はしていない。だがそれでも、その危険性を感じ取るには十分すぎた。

 瞳は今までの周介の行動から、玄徳はチームを率いていた時から培った一種の勘から、そのあたりを感じ取っている。


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