0197
「おかえり。どうだった?」
以前のように車で待っていた瞳は、携帯をいじりながら周介たちが車の中に入ってくるのを迎え入れていた。
「報告自体は終わった。あとは、うちの新入りがどこまで訓練できるかってところだ」
乾と玄徳が座席に座り、周介が運転席に座ったところで、瞳はその視線を携帯から周介の方に向ける。
「テールとベッキーは、なんか言ってた?」
「ノーンを頼むってさ。めっちゃ低い声で頼まれた」
「そ。それじゃ戻って指導でもしてあげる?」
「動物相手に指導ってできるのかね?少なくとも俺らと同じって感じはしないと思うけど……」
周介は車を動かしながら外の景色を見て小さくため息をついていた。
それを見ながら、瞳は満足そうに携帯に視線を戻す。
「今回は、わがままを言った割りには落ち込んでないんだ」
「……まぁ、今回は一人で突っ走ったわけじゃないからな。あらかじめ相談したりして、どういうことなのか理解したうえでやったからかな……それに、今回は一人だけで動いたわけじゃないし」
周介はそう言いながらミラー越しに乾の方を見る。今回、周介だけではなく乾も周介の考えに同調してくれた。いや、正確に言えば単に協力してくれたというべきだろう。
周介の言うことに賛同してくれるチームメイトだけではなく、別のチームの人間も協力してくれたというのは大きかった。
「それに、単に、そう思ったから我儘言うだけじゃなくて、なんていうか、代案って言えばいいのかな……その見返りって言えばいいのかな、そういうのを提示できたのが大きいと思う。少しは、少しはましになってんのかなって、そう思う」
「感情論で物事を考えるところは変わらないけどね」
「それは、まぁ、うん。反省してる。理屈で考えれば正しいのはドクたちだ。理由もなくそういうことする人じゃないっていうのは俺にもわかるよ。けど、やっぱり、嫌なものは、嫌だからな」
それは理屈ではおさまらない考え方だ。心に従うとでもいえばいいのか、自らの感情に従って生きるということは、周介が思っている以上に生きづらいものだ。
そうやって、少しずつ成長していく間に、自分の思い通りにいかないことを学んでいくことで、人は妥協点を見つけたりして、学び、大人になっていくのだ。
周介はまだ子供だ。完全に大人としての考え方をすることは難しい。ただ、感情だけに従っていいわけではないということも知っている。
周介はこれから大人になっていく。今はまだ、大人になる途上にいるというだけ。感情で物事を考えることも多いが、そこから理屈で考えなおすこともできる。
「兄貴が、落ち込んだりするんですか?」
「する、こいつやった後でへこむタイプだから。あんたと競争した後も結構へこんでたりしたんだから」
「安形さん安形さん、恥ずかしいからそういうことは言わないでくれるかな……」
周介は比較的、自分の考え方や行動を客観的に見たうえで考え直すことができるタイプの人間だった。
だからこそ落ち込むし、後悔もする。
だが、後悔したままで終わらせたくないという気持ちが強い。だからこそ、少しずつ改善して、少しずつ変わっていく。
今回の依頼の解決までの方法も、ほんの少しだけ周介の成長を見ることができたのだろう。瞳からすれば、その変化は些細ではあるが、それでも確実に一歩ずつ成長しているように思えた。
「百枝、今回のこれは一つ貸しにしとくぞ。協力するならまだしも、ペットまで押し付けたんだ。いつか返せ」
「了解です。先輩には感謝してますよ。ノーンの世話は俺もやりますんで」
「そうしてくれると助かる。俺は動物が近くに居るとちょっとな……」
「先輩動物嫌いなんですか?」
「いや、単純に嫌になる。あいつら滅茶苦茶話しかけてくるからよ……黙っててくれないからうざい」
普段喋ることができない動物からすれば、意思疎通を明確に行うことができる乾という存在は非常に希少なのだろう。
そういう人物と近くに居て話をしたいという気持ちはわからなくもないために、周介たちは苦笑してしまう。
「まぁ、ノーンはノーンで口が悪いですからね……世話は大変そうです」
「大丈夫ですよ兄貴、俺も手伝いますから」
「お前が世話するとノーンと喧嘩しそうなんだけど、大丈夫か?」
「任せてくださいよ。鳥如き捻ってやりますから」
「捻るな捻るな。鳥相手にムキになるなって言ってんだろ。煽り耐性なさすぎだ」
「鳥相手に喧嘩してたら頭のおかしい奴って思われて面白いかもしれねえぞ?遠巻きに見てる分には面白い」
「うちのチームメイトを頭がおかしいやつみたいにするのはやめてください。百枝、あんたも必要以上にノーンに構わないほうがいい。周りからすれば動物と話してる痛い奴って思われるんだから」
「それもそうか……少し自重するわ」
乾の能力で話すことができるとはいえ、乾の能力がかけられていないものからすれば動物と話をしていると思われても仕方がないのだ。
拠点の人間はある程度事情は知っているとはいえ限度があるだろう。多少は気を付けるべきかもしれないと、周介は考えていた。