0193
「お前、あれでよかったのかよ……言われた通り黙ってみてたけどさ」
ドクの後についてきた周介たちは、医務室にやってきてノーンの体の状態を確認していた。
周介はノーンの体調を調べている間に手を洗い、ノーンのもとに歩み寄っていた。
ノーンの体の様子を見てくれているのはエイド隊の人間だが、今まで会ったことがない人物だった。おそらく動物専門とでもいうべきなのか、動物に対して秀でた能力を持っているタイプの隊員なのだろう。
一つ一つ体の状態を確認しながら書類に何か書き記している。
「いいんだ、俺が一人でここに残るなんて言い出したら、兄さんたちは止めるだろうし、心配するだろうよ。だったら、俺が嫌気がさして出てったっていったほうが、そのほうが、兄さんたちが気にしなくてもよくなる……あれでいいんだ」
ノーンは、自分がいなくなった後のペット二匹が気にしなくてもいいように、あのような暴言を吐いた。
愛想をつかされることも覚悟で、あれだけのことを言った。
自分はもう家族の輪の中に戻ることができないかもしれない。それを何となく察しているからこそ、あのようなことを言った。
もっとも、それも何となくではあるがあの二匹には察されていたようではあるが。
「あんたらには感謝してんだ。本当だったら、俺は殺されてるかもしれなかったんだろ?それじゃ、あんなことを言うこともできなかったからな」
「それに関してはまだ確定とは言えないぞ?ドク、ちょうどいいから話をしましょう。先輩、ドクにも言葉が通じるようにしてやってくれますか?」
「おうよ。まぁそういうわけなんですドク、こいつをうちのチームに入れようと思いましてね」
「予想はしてたけど、随分と思い切ったね?インコを隊員にするとは」
ドクもノーンと喋ることができるようにしてから、ノーンはドクの方を向く。
「あんたが俺の命を握ってるやつなのかい?頼むぜ。俺は死にたくない。ついでに言えば、まだ兄さんやおやっさんたちにも会いたい。だから、頼むよ。訓練だろうとなんだろうとやってやる。だから……頼む」
「おっと、随分と男前なインコだね。思っていた口調と全然違うや」
「それだと、ベッキーと話すと驚きますよ?あいつめっちゃ声低いんで」
「えぇ……イメージ変わるなぁ……まぁそれはさておきだ。ノーン君、君はどこまでこの組織のことについて知っているかな?」
「……この兄さんたちに聞いたのは、能力って力を監視……管理?してる組織で、能力が表に出ないようにするってものって聞いた。だから俺みたいな、いつ能力を発動するかわからねえ奴は処分するって話なんだろ?」
「話が早くて何よりだ。ともあれ、まずは意思を確認しておこう。君は、そこの乾君のチームに入るという話を聞いたけども……それでいいのかい?」
乾のチーム。つまりはクエスト隊に入るということは情報収集を主に行うということになるだろう。
となれば、頻繁に外に出ることも多くなるかもしれない。そのためには能力の訓練は必要不可欠だ。
それがどういうことなのかは、すでに説明してある。何か月も外に出ることができなくなるかもしれないということも、彼は承知済みだろう。
「構わねえ。先輩にゃ、せいぜい俺を役立ててもらうぜ」
「随分というじゃねえか。扱き使ってやるから覚悟しろ」
「へへ、上等。やってやるっての」
インコの姿で胸を張るその光景はなかなかに面白いが、ドクとしてはいろいろと複雑なのか、困ったような顔をしている。
「さて、どうしたものかなぁ……これをどう説明すればいいのか」
「ドク、大隊長への説明が難しいのであれば、俺のわがままってことでもいいですよ?もともとは俺がやりたいって言いだしたことですし」
「そうは言うけどね。隊員一人のわがままでどうこうできるようじゃ組織としては困るんだよね。一応さ、僕らはこういう無茶苦茶やる組織ではあるけども」
「だからこそですよ。ドク、これはドクにとっても悪くない話のはずです。俺が発電を止めますよと脅しをかけてきた。だから今回は、致し方なく従った」
発電を止める。それがどのような意味を持つのかドクだってわかっている。周介が発電を止めれば拠点内での工房の稼働率は一気に下がることになる。それはドクとしても望むところではない。
「確かに、それを言われたら、僕は従うかもしれないね……でもさっきも言ったように、組織では一人の隊員のわがままで通ることは」
「いいえ、今回のわがままに関しては通したほうがいい。ドク、今俺のわがままを通すことで、俺一人に発電を任せないようにしたいという形に、大隊長を説得できると思いませんか?ひいては、発電機構の新たな開発、改良も視野に入れられる」
「……あぁ、なるほど、そうか、そういうことか」
現在この拠点の発電は周介の能力に七割ほど依存している。残りの三割で最低限の供給ができても万全ではない。
いつまでもこのような状態でいるわけにはいかないというのはドクも考えていたことだ。だが、発電機構がそろった状態から、さらに新しい発電機やその機構の開発に踏み込むほど、この組織の上層部は足早ではなかった。
だがここで、発電を担っている人間の性格が、組織に多少なりとも影響を及ぼすとなれば話は別だ。発電をやめるという交渉材料をもってして、今後も交渉をしてくるようなことがあれば組織の不利益にもつながる。そうなればその人間に依存しない発電形式を考える必要性が出てくる。
これは、今回の交渉を有利に進めるだけではなく、ドクが心の底では行いたかった拠点における更なる改良を進めるための手助けにもなる一手だった。
「君はなかなかに、うん、うん!いいね。よし、いいぞ、それなら……いや、けど一つだけ気になることがあってね。今後、君が『我儘』を使いたくなった時、すでに発電系統が確立してしまえば、もうこの手は使えなくなる。それでも、それでもいいのかい?」
周介の手は、言ってしまえば期間限定の一回限りの手だ。今後周介が何かしら組織の方針を曲げたいと思った時に別の発電システムが構築されてしまえば、もう二度とこの手は使えなくなる可能性は高い。
切札、といういい方は少々語弊があるかもしれないが、このような状況でそれをしてもよいのだろうかという風にドクは思えた。
少なくとも、能力の訓練ができる環境はすでに整いつつある。無論、組織内においても能力を有した動物に対しては処分するという方針が強くある。いくらかの条件が付与されたからといって、その条件が簡単に覆るとは思えない。
だが、それを覆せるだけの条件がそろいつつあるのも事実だ。スポンサーの飼っているペットということで、一種の特別扱いをし、恩を売ることだってできるだろう。転移という、比較的珍しい能力を持っていることに加え、本人、もといノーン自身も協力的な考えを有している。今後のクエスト隊にとっての有用な手駒になることは間違いない。
そして何より、今までやりたくてもできなかった、所謂動物実験などにも手を出すことができるようになるかもしれない。
無論、そこまで大々的なことはできないだろうが、少しずつ、投与、ないし能力の解析といった事柄を勧めることが可能であることは間違いない。
なし崩し的に達成したこととはいえ、これは一つ前進したことに変わりはない。乾の能力によって能力を有した動物にも問題なく、いや、乾の様子から多少の問題はあるのだろうが、一匹二匹であれば同時に能力をかける程度の事は可能であることは立証されている。
これらの背景や功績を考えれば、多少の我儘は無条件でも通る可能性は非常に高い。
それにもかかわらず、その一回限りの一手をここで使ってしまってもいいのか。ドクとしてはもう少しどうしようもない状況になってからでもよいのではないか、そんな風にも思えてしまうのだ。
「構いませんよ。命がかかってるなら確実な手を取りたいですし……そもそもこれは俺の我儘から始まってることですから。ついでに言うと、俺もさっさと自分だけの発電ってのをやめたいんですよね。俺がいなくなったらどうしようもないんじゃなくて、俺とそれ以外の発電を半分程度にはしておきたいんですよ」
周介としては、一回しか使えない我儘使用可能権利を手放すデメリットよりも、新しい発電系統の開発へ着手させるきっかけを作るメリットの方が大きかった。何せ発電のせいもあって周介は拠点にいる時の大半をラビット隊の隊室で過ごすことになっている。
勉強やゲーム、そしてそこまで激しい運動をしない能力の訓練などができるために時間を持て余すことはないが、それでも不便であることには変わりないのだ。
可能であれば、拠点内での活動範囲をもう少し広げたい、あるいは拠点で大きく運動する訓練の時間を増やしたいと考えていた。
そういう意味では、この一手はデメリットよりもメリットの方が大きいのだ。
「なるほど……それは、その、申し訳なかったね。君に重荷を背負わせるつもりはなかったのだけれど」
「もとより借金背負ってるんだから同じですけど、訓練の時間をもっと増やしたかったってのは本音ですよ。あそこにいると、アームとかの操作とか、そういう細々とした訓練しかできませんから」
周介がこの短時間でアームの操作を覚えることができたのも、そう言った背景が大きかった。バイクに乗っていた時に動かし方をしっかりと覚えたのもそうなのだが、部屋に居る時はアームを動かしての訓練が主になっていたために、かなり早い段階でアームの操作方法には慣れてしまったのだ。
特に体を動かしながらではなく、単純にアームだけを動かせばいいというのがその覚え方を早めた原因の一つでもある。
今までのように体を動かしながら同時に能力を使うということではなく、ただじっとしているときにアームを操作できる環境が、周介のアーム操作の練度を飛躍的に高めたといっていいだろう。
その反面、地上での動き方などは、アームを使った動き以外あまり変化がないのが欠点でもあったが。
「そういうことならわかったよ。僕はその話に乗ろう。ノーン君の命は僕が保証しよう。何かあるようであれば僕を通してくれというように言っておく」
「大隊長への説明はどうしますか?俺も一緒に行きますか?」
「我儘を言っている人が直接行くのはあまり良くないね。僕の方から説明しておくよ。大丈夫、彼女もそこまで頑なではないさ。いろいろと面倒ではあるけれど、彼女は結構優しい人物なんだよ?」
大隊長である柏木のことを周介はそこまで知らないためにどうしてもそこまでの安心はできないが、ドクがここまで堂々と約束してくれているのだ。この言葉を信じる以外に今の周介にできることはなかった。
「というわけだノーン、これから乾先輩と一緒に、訓練に励んでくれよ?俺の我儘を無駄にしないでくれよ?」
「任せておいてくれ。この恩はいつか返す。きっと役に立って見せるぜ」
インコのノーンは翼を大きく広げながら胸を張る。その姿に周介は苦笑しながら頼んだぞとその羽を優しくなでる。
周介の仕事が、また一つ終わる。今回は、少々乱暴な、我儘という、子供らしいが、同時に大人との交渉という形で。




