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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
四話「小動物が生き残るために」
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「なんだ、そっちのが俺と一緒に居なきゃいけねえのか?」


「そうしないと、お前とこうして話すこともできないからな。先輩、お願いします」


乾は周介とノーンを見比べながら困った顔をしていたが、最後には観念したようでため息をつきながら頭を掻いていた。


「飼うのは拠点で頼むぞ。所属は……自然にうちらの隊に入るのか?」


「クエスト隊ですね。頼めますか?」


「そのあたりの決定権は俺にはねえな。隊長に話をして、ついでに大隊長にも話をしておかなきゃいけないから、俺の一存じゃ決められねえよ」


「なんだよ、甲斐性のねえ野郎だな。そこはこいつみたいに任せろくらい言えねえのかよ」


「この鳥……お前のためにやってやってんのになんだその態度、焼き鳥にしてやろうか」


「まぁまぁ、鳥相手にムキにならないでくださいよ。でもノーン、俺らの都合があるのも間違いないけど、お前のためにもなってるんだ。そのあたりは理解しとけよ」


「……わかってんよ、ちょっと調子に乗った。悪かったよ」


ノーンも自分の立場がどのような状態にあるのかを忘れているわけではないようだった。少し申し訳なさそうにするが、周介の手の中に納まっているために謝罪のために頭を下げることもできない。


早いところこのトリモチを洗い流したいところだが、拠点に戻らない限りは難しいだろうことはよくわかっている。


「ところでよ、どっちにしろ俺が家に帰るのに時間がかかるのは確定なんだろ?」


「そうだな。お前の訓練がどの程度時間がかかるかわからないけど、結構かかるのは間違いないと思う」


能力の訓練にかかる時間は個人差がある。ある程度平均値はわかるだろうが、それはあくまで人間の場合に限られる。


今回は人間ではなく動物なのだ。いくら乾の能力によって知性を得ているとはいえ人間とは感覚も体の大きさも何もかも違うのだ。


そんな生き物への訓練が人間と同じように通じるとは思えなかった。


「だったらよ、ちょっとだけ頼んでいいか?一応、けじめっつーかよ、やっとかなきゃいけないことがあんだよ」


「けじめって……それはあれか、謝るとか……そういうのか?」


「ちょっと違うな。まぁあれだ、お前らは黙ってみててくれりゃいい。あとは、やばそうだったら助けてくれりゃいい。どう反応するのかはぶっちゃけわかんねえんだわ」


ノーンの困ったような声に、周介たちは首をかしげてしまっていた。この鳥がいったい何をするつもりなのかわからないというのもそうなのだが、いったい何のけじめなのかもわからないのだ。


「そうだ、けじめといえばだ。お前らの名前、聞いてなかったな。教えてくれるか?俺の名前は、もう知ってんだろ?」


今更ながら名を聞いてきたノーンに周介たちは一瞬顔を見合わせて、年功序列で自己紹介をしていくことにした。


「俺は乾だ。拠点ではクエスト02って呼ばれてる。お前も似たようなサインができると思うから覚えとけ」


「あたしは安形瞳、あんまり関わり合いにはならないと思うけどね」


「俺は加賀玄徳、よろしくしなくていいぞ鳥」


「俺は百枝周介、そっちの安形と玄徳のチームの隊長やってる。なんかあったら力にはなるぞ」


自己紹介して言った中で、ノーンは玄徳と周介の顔を特に覚えようとしているようで、顔を必死に動かしてその姿を確認しようとしていた。


「わかった、覚えた。お前らの面と名前は忘れねえ。特に、百枝、お前の名前はしっかり覚えとく。なんかあったら頼らせてくれ」


「あぁ。でも一番頼るべきは俺じゃなくて乾先輩だけどな」


「それもそうだ。頼むぜ『先輩』」


「いやな後輩ができたな……いやほんとに」


乾は心底いやそうな顔をしながら周介とノーンの方を見ていた。ただのお人よしであればよかったのだろうが、周介は少しずつ強かに成長している。


すぐ近くに居る瞳はそれを感じていた。ただ何もできない、ただ人が好いだけでは何も変えられないということを知った周介は、少しずつ、どうにかしようと足掻き始めている。


自分にできることを理解し、自分が使える交渉材料を知り、それらを活用して行動しつつある。


「先輩、俺に何かできることがあったら言ってください。特に今回のことは俺のわがままで始まったことですから、可能な限りお手伝いします」


「兄貴、兄貴だけじゃないっすよ。俺だって姉御だって、兄貴についていったんですから、俺らもしっかり手伝います」


「そういうことらしいから、まぁ、ちょっとくらいは」


玄徳が暑苦しく、瞳は運転しながら気だるげにそういう。周介は感謝しながら笑みをこぼす。


「いいねぇそういうの。うちのチームに比べて仲良さそうで何よりだよ」


「クエスト隊はこういう感じじゃないんですか?」


「それぞれが役割っていうか、できることが全く違うからな。それぞれ勝手に調べて集まって報告会する程度で、チームそのもので一緒に動くってことはねえんだわ。そのほうが気楽ではあるんだけどな」


チームによってできることが違うように、チームによって特色があり、そのチームの人間関係があるのだろう。


周介たちのように高い可能性で一緒に行動するチームもいれば個別で動く方が多いチームもある。

その辺りは良くも悪くもチームによって異なるらしかった。











周介たちが拠点に戻ってくると、拠点の駐車場には手越とドク、そして先に保護していたテールとベッキーが待っていた。


テールとベッキーは周介の手の中にノーンがいることを確認すると、その方向に視線を集中させている。


テールは飛び跳ねて喜びをあらわにしている。ベッキーは飛び跳ねこそしないものの、安心したように小さくため息をついていた。


「ノーン!ノーン!無事でよかったよ!良かったよ!良かったねベッキー!みんな無事だったよ!」


「騒ぐな。けど、無事で何よりだ……これで帰れる」


家族の無事を確認したからか、ノーンも安心したように小さく安堵の息をついているが、その表情は何か覚悟のようなものが感じられる。


相変わらずトリモチに絡みつかれているために、全身を見せることはできないが、それでも、顔を動かすことくらいはできた。


ノーンは顔を動かすとテールとベッキーの方に顔を向けて舌打ちをして見せた。


「なんだよ、生きてたのか」


「……ノーン?」


その呟きは、駆け寄ってきていたテールには聞こえていた。歩み寄るベッキーには聞こえていないのか、唐突にテールが動きを止めたことに訝しげな表情をしている。


「あんたらが生きてなきゃ、俺が見つかることもなかったってのによ……囮にした意味がねえ」


「ノーン?何を言って……」


「おいノーン、どういうことだ」


テールは何を言っているのかわからず、ベッキーは低い声でノーンに向けて問いかける。その低い声にはわずかにだが怒気が含まれていることを感じ取れるだろう。


「せっかく逃げられたと思ったのに……あんたらがいたせいで遠くまで逃げられなかった……どうせなら囮として役に立ってくれりゃよかったものをよ」


「おいノーン、てめぇ、そりゃどういうことだ?答えろ」


ベッキーから放たれる怒気に、テールは尻尾を丸めて怯えてしまっている。この声だけを聴くと確かに怖い。だが目の前にいるかわいらしい猫の姿を見るとこの落差に困惑してしまうのも事実だった。

だがノーンはそう思っていないらしい。ただ単に、ベッキーが恐ろしく感じているのか、わずかにその体が震えているのが周介には手を通じて感じ取れた。


「逃げられる力を手に入れて、逃げようと思ったらあんたらまでついてきて……どうせだから囮にしようって思ったら、結局すぐつかまって……散々だ!俺はもうあんな籠の中はごめんなんだよ!」


「……つまりあれか……今回のこれは……てめぇがやったってことか?」


間違ってはいないのだ。今回の脱走騒動はノーンの能力が原因だ。だがこんな言い方をしなくてもよいのではないかと、落ち込んだノーンの姿を見ていた周介たちは考えていた。


だが、ノーンは黙ってみていてくれと、そう頼んだのだ。黙ってみているほかにない。周介たちはノーンが何を言うのかをただ見守っていた。


「そうだよ、ただ昼寝と飯さえ食えればそれでいいあんたらとは違うんだ!俺は飛びてえんだよ!あんな籠じゃ!俺は生きていられなかった!だから俺は出ていったんだ!」


そこに本心があるのかどうかはわからない。だがノーンは今回の脱走を、すべて自分のせいであるとこの二匹に強調したいようだった。


「てめぇノーン!オジキへを恩を忘れたか!この落とし前どうつけるつもりだ!」


「知るか!俺はもうあそこにゃあ戻らねえよ!戻ったって何度でも逃げ出してやる!俺には!俺には力があるんだ!」


「力ぁ?なんだそりゃ。てめぇみたいな羽根付きに何ができるってんだ!?あぁ!?」


それは侮辱しているのだろうかと疑問を持っていると、周介の手の中にいるノーンの体が大きく震えているのに気づく。怖いのだろうか、それとも不安なのだろうか。おそらくどちらもなのだろう。


テールとベッキーの関係からも明らかだったが、この三匹の中でベッキーが所謂一番格上だったのは間違いない。


そんなベッキー相手に啖呵を切っているのだ。ノーンとしては怖いだろう。そしてそんな不安が最大に達したからか、恐怖が原因か、ノーンの目が光り始める。


「おいノーン!」


周介がノーンを落ち着かせようとした瞬間にはもう遅かった。ノーンの姿が周介の手の中から消える。


一体どこに行ったのか、それを理解するよりも早く、ノーンは羽ばたきながら周介の肩の上に乗っていた。


ノーン自身もかなり驚いていたようで、辺りを見渡しながら自分の体に一切トリモチがついていない状態であるのを確認し、笑う。


「ど、どうだ?これが俺の力だ!もうおやっさんなんかに俺は捕まえられない!閉じ込めておけない!俺は力を手にしたんだ!」


突然に瞬間移動をする。そんな事態を目にしたテールとベッキーは驚き目を見開いているが、その光景を見ていったいなぜ今回のようなことが起きたのかを理解したのだろう。


ノーンの能力によって瞬間移動し、家から見たこともない場所に転移してしまったのだと。


「俺はもう家には戻らねえよ!こいつらについていく!ただのペット生活とはおさらばだ!」


「てめぇノーン!」


「ノーン!待ってよ!そんなの!」


もう話すことはないということか、ノーンはそれ以上口を利かなかった。テールは困惑し、ベッキーは怒りをあらわにしているが、その状況に何も言えない周介たちを見て、ドクはとりあえず困ったように頬をかく。


「えーっと、盛り上がっていたようだけど、こちらは何を言っていたのか全く分からなかったんだけどもね。とりあえず、そっちのインコ君もきちんと健康診断するよ。さぁ周介君、乾君、彼を連れてきてくれるかな?一緒に今回のことを報告してもらうよ」


「はい……いいのか?」


「……あぁ、いいんだ」


周介は自分の肩に乗っているノーンに小声で話しかけるが、ノーンはそれ以上何も言わず、目を伏せてしまっていた。


それ以上、何かを言うことも聞くことも、周介にはできなかった。


「わかった。手越、その二匹を頼む。瞳は車と装備を片づけてくれるか?玄徳も手伝ってやってくれ」


「はいはい。行ってらっしゃい」


「片づけは任せてください」


「あんたはその前に手を洗ってきなさいよ。その状態じゃ手伝いもできないし」


玄徳の手にはまだトリモチが付いたままだ。周介もこの状態では全く同じ状態である。


周介たちがドクについていったあと、そこに残された二匹に対して、瞳や玄徳は少しいたたまれなくなってしまっていた。


「あー……お前ら、大丈夫か?」


玄徳が気を使って話しかけるも、テールとベッキーは少し視線を伏せた状態で首を横に振る。


「申し訳ない、お見苦しいところをお見せしました……」


「ノーン……なんであんなことを……」


テールとベッキーはそれなりにショックを受けているのか、ため息をつき、落ち込んでいるように見える。


事情があるから、ということを瞳たちはわかっていても、それはテールたちは知らないことなのだ。


能力者の事情というものを彼らに説明したところで、彼らは納得はできないだろう。瞳たちもまた、何故ノーンがあそこまで突っぱねたのか、少し気になるところではあるのだ。


ある程度、予測することはできるが、それが事実とは限らない。


「あのな、ノーンは……その……いろいろと事情があってな」


「……わかっています。今回のこれが、ノーンが原因だというのは、間違いないんでしょう。あいつもそれを知って、俺らから離れていった……そういうことなんでしょう?」


ベッキーの言葉に、瞳たちは少しだけ驚いていた。


先ほどの会話からはノーンが自分の意思で能力を発動したような意味が読み取れたはずだ。だがベッキーはそうは感じていなかったようである。


「なんで、そう言えるんだ?あいつは……」


「あれだけビビって、あれだけ必死に喚いているような奴が、俺らを死んでもいいように考えていたとは思えません。嘘をついているかどうかくらいはわかります。たぶんですが、兄さんたち側の事情が、何かあるんでしょう?」


こいつ本当に猫なのかと思ってしまうほどに話を察する能力が高いベッキーに、玄徳は素直に驚いてしまっていた。


家族のことだからわかるのかもしれない。今まで一緒に過ごしたからこそわかるのかもしれない。だが、それにしたってよくあの会話の中からそこまでわかるものだと思えてしまうところだ。


「お願いです、教えてください。ノーンは、ノーンはなんであんなことを言ったんでしょう?あっしらが何か悪いことをしてしまったんでしょうか?」


テールがすがるように瞳たちの足元に歩み寄ってくる中、瞳たちはどうしたものかと顔を見合わせてしまう。


いったい何故、それは瞳たちだって聞きたいことではあった。それをテールたちに話すことは難しかった。


確証がない状態で、何かの確信を得ている彼らに適切な説明ができるとは思えなかったのだ。


「やめねえかテール、兄さんたちの都合も考えねえで」


「でもベッキー、ノーンが何か隠してるのはわかるだろう?なら……」


「だからこそだ。俺らに隠す何かがあるってことだ。隠しておきたいことなのか、隠さなきゃいけないことなのかはわからねえ。けどよ……あいつがそれを選んだんだ……今更どうこう言ったところで、何も変わらねえ」


渋く、低い声でそう唸るベッキーは、不満もあるし納得もしていないのだろう。だが弟分とでもいうべきノーンが何かを決め、それがなおかつ自分たちのためであるということを理解しているからこそ、それ以上何かを言うことはできなくなっているようだった。


テールはまだノーンに聞きたいこともあったようだし、言いたいこともあったのだろう。瞳たちからも事情を聞いて納得したいという気持ちがあっても、ベッキーにここまで言われてしまってはもうこれ以上口出しするのが難しいと理解しているのか、口を開いては閉じて、もどかしそうにその場をうろついているだけだった。


「ごめんね、あたしらがちゃんと説明してあげられれば良かったんだけど」


「姉さんが気にすることはありません。これは、俺らとノーンの問題です。姉さんたちには感謝してます。あのままだったら、俺らはどこか知らねえ場所で野垂れ死んでた……だから、だから気にしないでください」


気にするな、と言ってもそれが本心かどうかはわからない。気を使っての言葉だというのは瞳にも十分に理解できた。


申し訳なさそうに頭をなでる瞳の手を、ベッキーは拒むこともなく撫でられるままになっていた。


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