0019
日曜日。世の中の人間の多くが休むその日に、周介はその場所にやってきていた。
やってきたというのは正確ではない。より正確に言うのであればまた連れてこられたというべきだろう。
案内のもとやってきた場所には、寝ていないのだろうか、目が充血しているドクが待っていた。
「やぁやぁ周介君待ってたよ!さぁ今日の訓練を始めようか!今日は君の能力をさらに細かく調査そして君自身の操作性を向上させるのが目的さ!これのレベルによっては君はこの世のどんなものだって操ることができるようになるかもしれないんだ!気合を入れていこうじゃないか!」
「は、はい……」
彼我のテンションの違いを理解できていないからか、それともただ単にそういったことを気にしない性格なのか、ドクは周介の手を引っ張ってどんどんと訓練の場所へと向かおうとする。
そこには昨日あったはずの張りぼての電車はなく、見たことがないような道具、というか突起がいくつも出ていた。
数がどれくらいあるのかはわからない。壁に取り付けられていたり、道具などに無理矢理取り付けられているものもある。
何かのローラーのように見えなくもないそれを見て、周介は何かの作品なのではないかと考えてしまったほどである。
「まずは君の能力の有効範囲射程距離やその性質などを確認していこうと思う。操作性などは今後上昇していくだろうからその訓練も並行して行っていくぞ!準備はいいかい?僕の方の準備はいつでもどうぞだ!」
徹夜の謎のテンションが続く中、周介は目の前にあるローラーのような突起を見て目を細める。
それらの距離や場所、大きさや形状などもすべて違う。これらすべてがおそらく周介の能力のために作られたのであろうということを理解して頭が下がる思いだった。
「ドク、具体的に何をすればいいんですか?」
「よしやる気満々で何よりだ!まずはそうだね。ここにあるこの物体は光るんだ。その光ったものを対象に能力を発動してくれるかい?たぶん今までの例から考えて昨日よりずっと楽に能力を発動できるはずだ。君の脳は一度酷使されなおかつ睡眠を挟んだことでより能力を発動するのに適応した形に変化しているはずなんだ!体調は万全?気分は上々?さぁ一ついってみようじゃないか!」
どうしてドクがこのようなテンションになってしまっているのかはわからないが、とりあえず周介は目の前の物体が光ったのを見てそれに意識を集中して能力を発動しようと試みる。
するとドクの言った通り、昨日よりもずっと楽に能力を発動することができていた。
昨日はかなり集中して意識を研ぎ澄まさなければいけなかったのに対し、今は非常に楽に、少し意識を向けるだけで能力を発動できている。
人間は睡眠を行うことで脳の中で情報を整理する。昨日能力を使うために酷使した脳は、睡眠を挟んだことによりその情報を整理し、より効率的に能力を使うことができるように変化したのだろう。
ありがたい反面複雑だった。周介の能力によって物体が回転しだすと、今度は別の物体が光りだす。
「さぁどんどん行くよ。可能なら複数同時に回すこともやってみようか。光っているものはすべて回してみてくれるかい?」
「わかりました」
周介は少し遠くで光る物体にも意識を向ける。複数同時に能力を発動するのは少々難しかったが、周介は何となくその二つの場所を理解できていた。
「よし、では次はあれを回してみてくれるかい?」
「はい。……あれ?」
周介はドクに言われた通り能力を発動しようとするが、光っている物体を一向に回すことができなかった。
一度今回している物体に能力をかけるのをやめ、一つに集中しても一向に回ることはなかった。
そして周介は同時に、何となくこれを回すことができる気がしなかった。
「あの、あれ回らないんですけど」
「なるほど、予想は当たったってことかな?では次、あれはどうだい?回転の向きなんかも変えてみてくれるかな?」
周介は言われた通りに光る物体を回そうと試みた。だが時計回りに回すことはできても。その逆、反時計回りに回すことはできなかった。
「ふむふむ、では次は少し目を閉じてみてくれるかな?目の前にあるものでいいから手あたり次第回してみてくれ。なるべく広範囲に、なるべく早く」
「はい」
周介は目を閉じ、先ほどまで近くにあった物体の位置を思い出しながら、いや、その表現は正確ではない。
目の前にあるはずの物体の位置を感じ取りながら、能力を発動していた。まるでそれをできることが当たり前であるかのように。
それを見て、ドクは満足そうに笑みを浮かべる。
「よしよしいいぞ。では次だ。今度はあれを回してみよう。一番大きな奴だ!これを回せたら僕としてはすごく嬉しいなぁ!」
「やってみます」
周介は次々にドクの指示のもと、謎の物体を回し続ける。この行為にいったいどれだけの意味があるのか、周介は正確には把握していなかった。
「いやいいね!限定的能力ではあるがその分の出力と効率はかなりいい!今までの能力の中でも最高効率といってもいいくらいだ!君の能力は一点突破だがだからこそその分かなりの性能と成長が見込めるだろう!汎用性?そんなものはポイだ!いや僕らがいればその汎用性はいくらでもどうにでもなる!なる!なるんだ!してみせる!あぁ君にあと数年早く出会いたかったよ!そうすれば今頃には」
約一時間ほど検査、というか調査を続けた結果、ドクはその結果を確認しながら何度もうなずいて上がったテンションを抑えきれないようだった。
「あのドク、そろそろ教えてくれませんか?俺の能力の詳細」
「っと、すまないすまない。少々興奮が押さえられなかった。えっと、では、君の能力『始まりの智徳』の性能について説明していこうか」
話しかけただけで人が変わったようにテンションが変わるものの、やはり興奮を抑えきれていないのか若干早口になっている。
情緒不安定な人だなと周介は内心困ってしまうが、悪気がないだけになんとも言い難かった。
「君の能力と限定条件についてまず説明しておこう。予想はできていたが君の能力は言ってしまえば『物体を回転させる能力』だ」
回転。それが周介の能力の根幹であるらしい。
ありとあらゆるものを回すことができるといえば聞こえはいいが、先ほどいくつかの物体が回すことができなかったことを考えると、回すことができないものもあるのだと考えたほうがいいだろう。
「限定条件だが君の能力は完全に固定されてしまっている物体に関しては回すことができないようだ。先ほど回すことができなかった物体はそこに設置したところに完全に固定してしまっているもので一定方向の回転にしか回せなかったものは逆回転できないように固定してあった。まぁ後者に関しては、きっと君の能力の向上に応じて無理矢理に回すことができるようになるんだろうけどこの場合は認識によっても異なるだろうからあえて完全に固定しているものと限定させてもらおう。君は完全に固定されているものに関しては回せない」
一気に説明されても周介は一瞬どういうことなのか理解が追い付かないが、つまり何らかの形でその方向に回せないように固定されているものに関しては回すことができなくなるようだった。
物理的に回すことができるかどうか。それが周介が能力を発動できるかどうかの判断基準になるようである。
「そして、君はどうやら自分が回すことができるものを空間的、あるいは第六感的に感知しているようだね」
「感知?」
「そう。それが見ているのかそれとも聞こえているのか嗅ぎ分けているのか肌で感じるのかはわからない。何度か目を瞑って能力を発動してもらった時君は問題なく能力を発現していた。まだ見せていなかった隠してあった物体もね」
周介が見たものだけではなく、周介が見ていなかったものも能力の対象として回転していた。
これは周介も知らない事実だった。
確かに周介は何となく、そこにあるのだろうということがわかっていた。まさかそれが隠されていたものだとは思わなかったが。
「どの程度まで感知できているかは今後の更なる調査をしなければならないがそれは置いておこう。そして今回の君の最大能力とでもいうべきか。数大きさなどに際限はないのではないかと僕は考えた。あの大きさを回せて、これだけの数を同時に回すことができる。これに関してはもっとたくさんの数を用意しなかった僕に非があるね。まさかここまでとは思っていなかったなぁ」
「……でも、回すことしかできないんですよね?たった、それだけ……ですよね?」
周介は自分の能力があまりにも地味なものであるということを知って少し、いやかなりがっかりしていた。
もっと炎を操ったりだとか、空中に浮いたりだとか、瞬間移動したりだとかを想像していた。念動力によってものを宙に浮かせたりだとか、そういうことを妄想していた。
だが実際には、物を回転させるだけ。物体を回転させるだけ。それが大きさや数に際限がなかったとしても、そんな能力がいったい何の役に立つのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。
だが目の前のドクはそんな周介を見て呆けていた。
「回すだけ?それがいったいどれだけ素晴らしいことだか君はわかっていないのか!何と嘆かわしい!この世の中の科学は!文明は!その始まりはただ一対の車輪から始まっているんだ!車輪から歯車へ変化しそしてその歯車が数を成し!多くの!数多くの機械を構成しているのだ!君はそれを操ることができるようになったんだぞ!つまり君は!この世界のすべての機械を自由自在に操ることができる能力を手に入れたことに等しいんだぞ!」
全ての機械を操る。回転を基にする、動力を伝達する歯車を持つその機械を自由自在に操ることができる。そんなことを言われても周介は実感がわかなかった。
少なくとも、現時点でできる気はしなかった。
「いやそんなの無理ですって」
「どうして?どうしてそう思うんだい?それに適した能力を持っているというのに!」
「だって、今俺は普通に回すことしかできないんですよ?それなのに、機械ってこれよりもっと細かい部品とか歯車あるじゃないですか。そんなの一つ一つを選別して回すなんて……」
機械が大きな歯車の集合体であるのであればできたかもしれない。だが周介の知る限り、大きな歯車などは部分的にあるばかりでそれ以外は細かく小さな歯車や部品ばかりだ。周介からすればそんなものを一つ一つ選別して操るようになれるとは思えなかったのだ。