0189
背中から落下してくる周介を、下にいた乾は眺めていた。鳥が逃げる方角を正確に把握して先回りししっかりと両手で掴み取ったその姿を見て安堵すると同時に、このまま落ちても平気なのだろうかと疑問にも思う。
だがその疑問は、いや、その心配はすぐに解消する。
落下してきた周介は自身の腰の噴出器を使って減速し、背中についている四本のアームで着地しようとする。だがその下に、大きな何かの塊があることを察してアームでの着地を中断する。
地面に叩きつけられる前に、周介は柔らかい物体に着地していた。それが瞳の用意した熊であるということは、その感触からわかっていた。
「サンキュー02、命拾いした」
『それは何より。早く先輩に鳥を渡して』
「了解、先輩、頼みます」
「あいよ、こっちに渡せ……ってそれじゃ無理か」
玄徳と同じように、周介の手はトリモチでべたべたになってしまっている。その手に包まれているインコのノーンも同様だ。
「いざって時の方は、平気か?」
「大丈夫です。こっちでやりますから」
そう言って周介はアームを操ってスタンガンの準備をする。能力を発動したことがわかっているのだ。乾が危険な状態になったら即座にこのインコを殺せるように、周介は準備をしている。
乾は周介の状態を確認してその手に包まれているノーンに手を伸ばし、その額に触れ能力を発動する。
瞬間、乾が顔をしかめる。能力を有した動物に対して能力を使う危険性、それに関してはドクから伝えられていた。
乾は何のためらいもなく能力を使ったが、やはり副作用があったのだろうかと周介は心配になり乾の顔を覗き込む。
「先輩、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だ。ドクの言ってた通り、多少負担はあったな。何匹もやるのはきつそうだ」
「平気なんですね?」
「心配いらねえよ、ほれ、お前も何とか言ってやれ」
乾の能力によって知性を与えられたと思われるノーンは、周囲を見渡してべたべたの体が嫌なのか、必死に体を動かしている。
「おぅこら!いつまでも掴んでんじゃねえよガキンチョ!べたつくんだよきたねえんだよ!とっとと体洗わせろや!」
インコにしては低い声に周介はまたこういう感じなのかと少し慣れを感じながらも肩を落とす。
「……こいつもこいつで口が悪いなぁ……ペット三匹ともなんでこんな変な口調なんだか」
「そのあたりは本人の性格だろ。にしても元気な鳥だな」
周介たちがノーンの悪態に耳を傾けていると、建物の上の方から玄徳が飛び降りてくる。能力によって減速して難なく着地した玄徳は、周介と乾がその場にいて、そしてインコが喋っている現場を見て安堵していた。
「よかった、捕まえられたんすね」
「綺麗に追い込んでくれて助かったよ。何とか反応できた」
「いいえ、お見事です!で、そこの鳥、随分手間かけさせてくれたじゃねえか」
「なんだてめぇ!誰に向かって口きいてんだボケ!」
「あぁん!?鳥風情がやんのかコラ!?」
「やってやろうじゃねえか!啄むぞ!」
「やめろっての。玄徳も鳥の挑発に乗るな。ノーンも、自分よりでかい相手に喧嘩売ろうとすんな」
「うっせぇ!てめえの手べたつくんだよ!さっさと離しやがれもやし野郎!」
「てめぇ兄貴になんて口きいてんだ!?その嘴叩き割ってやろうか!?」
「やめろ玄徳。頼むから喧嘩すんな」
なぜこうも喧嘩っ早いのか。というかなぜこの鳥はこうも挑発し続けるのか、争いが嫌いな周介は不思議でならなかった。
自分が捕まっているという自覚があるのかないのか、ここまで強気に出ることができる根拠がわからなかった。
「インコってこんなに好戦的だったのか……知らなかったな」
「こいつを普通のインコといっていいのかわかりませんけどね……落ち着けノーン、とりあえずあとで体は洗ってやるから」
「当たり前だ!っつーかなんでてめぇ俺の名前知ってんだよ!どこのもんだ!あぁ!?」
ガラが悪いなぁと周介と乾は呆れながらノーンめがけて突っかかろうとしている玄徳を必死になだめる。
どうやらこの鳥がノーンで間違いないようなのだが、どう事情を説明したものかと少し悩んでしまう。
「俺らはお前のご主人に、お前らがいなくなったっていうんで探すのを頼まれたんだよ」
「お、おやっさんが……?それ嘘じゃねえだろうな?嘘だったらただじゃ置かねえぞ!」
飼い主のことをおやっさんと呼ぶ当たり、ベッキーに通じるところがある。この辺りはペットの中で共通だったのだろうかと少し迷いながらも周介は嘘じゃないと断言する。
「待て、それなら俺以外にも家族がいる。テール兄さんとベッキー兄さんだ。おやっさんに頼まれたなら知ってんだろ!?」
「お前口悪いのにあの二人は兄さん呼ばわりしてんのか……あの二人ならもう見つけて保護したよ。お前が最後だったんだ」
「……そうか……そいつは良かった……!その話、嘘じゃねえなら、俺も兄さんたちのところに連れてけ」
「おい鳥、お前さっきから立場ってもんがわかってねえんじゃねえのか?あぁ?お願いしますの一言もねえのか?兄貴に対して失礼だろうが」
こっちもこっちで無駄に極道ムーブしてるなと、動けない鳥に向かって思い切りにらみを利かせている玄徳に周介は大きくため息をついてしまう。
「玄徳、鳥相手にいちいち突っかかるなっての。ちゃんとお前の家族のところに連れていくよ。その間に、話しておかなきゃいけないこともあるしな」
「話ぃ?」
ノーンはいったい何の話なのかといぶかしんでいたが、車に戻りながら大まかな説明をしていると、徐々に大人しくなっていき、車につくころにはすっかり意気消沈してしまっていた。