0182
「お待たせ。随分と暴れてやがんな」
「お疲れ様です先輩。とりあえずこの猫、お願いしていいですか?」
「あいよ。んじゃ行くぞ。暴れんなよ?押さえといてくれるか?そっちはいつでもやれるように待機だ」
「おら動くな!この!」
「了解です」
玄徳が頭をがっしりと掴み、周介がスタンガンを用意すると、乾は猫の額に触れて能力を発動する。
どうやら今回も問題なく発動されたようで、乾は「平気だ」小さくつぶやいてから安心したような息を吐く。
能力を発動された猫は途端におとなしくなり、玄徳の腕の中から足元にいるテールの方に視線を向けていた。
そして自分の周りの状況を観察するようにあたりを見渡し、周介や玄徳、そして乾の方を見ると大きくため息をつくように深く鳴き声をあげた。
「おぅ兄さん、爪立てて悪かったな。逃げんから降ろしてくれや」
ベッキーという名前とは似つかわしくないほどに低い声に、周介たちはつい「声低っ!」と驚いてしまっていた。
明らかにベッキーという名前が間違っているのではないかという声に驚きながらも、玄徳はひとまずその猫に言われた通り地面に降ろすと、テールが嬉しそうにその猫のもとに駆け寄る。
「ベッキー、よかった無事で。あっしは……あっしは……!」
感無量となっているのか、テールはその場で小さく飛び跳ねながら喜びを表している。だがその場にいる猫、ベッキーは不動の状態でテールを見上げていた。
「おぅテール、お前どういうつもりだ。あぁ?」
「え?ど、どういう……って……」
明らかに怒気の含まれた声に、テールは怯えてしまう。その怒りがいったい何が原因なのかわかっていないようだった。
もちろん本人たちにわからないことが周介たちにわかるはずもない。もっとも彼らは人ではないのだが。
「お前、その首、何勝手に新しいもんつけてんだぁ……あぁ!?オジキからもらったもんはどうした!?」
「そ、そんなこと言ったらベッキーだってつけてないじゃないか!あっしはこの人らにつけてもらったんです!つけてないままだと、あれだって……」
「状況一つでお前は首の輪付け替えるんか!?オジキへの恩を忘れたか!それでもお前犬畜生か!あぁ!?」
「ご、ごめんなさい!そ、そんなつもりはなかったんです!」
「ならどういうつもりか言ってもらおうか。お前つまらん理由なら爪の一本や二本で済む思うなよ!?」
声だけではなくその顔も、思い切り牙をむき出しにして怒りをあらわにするベッキーに、周介達は開いた口がふさがらなかった。
テールはもはや完全にビビってしまっているのか、腰が引け、尻尾も完全に股の下に隠れてしまっている。
「なんで爪なんですかね?」
「犬とかって爪切るのすっげぇ嫌がるんだよ。前に飼ってた犬もそうだった。そういうやつなんじゃねえかな?俺らで言うところの指と同義語かはわからんけど」
上下関係のはっきりしたペットたちだなと思いながら、なんでこの猫はこんなに低い声で無駄に任侠チックなのだろうかと、そんなことを考える中でネコはテールの方から周介の方に視線を向ける。
「兄さん方、どうにもうちの馬鹿犬が世話になったようで。そっちのお話を伺っても?」
「あ、あぁ。俺はあんたらの飼い主からあんたらを探すように頼まれたんだ。それで最初にテールを見つけて、手伝ってもらってたんだよ」
「ほぅ……オジキが……そりゃぁご迷惑を……」
「一応確認だけど、あんたの名前は、ベッキー……でいいんだよな?」
「こいつは失礼を。俺の名前はベッキー言います。この度は兄さん方には大変ご迷惑をおかけしました。特にそっちの大きい兄さん、重ね重ね、爪を立てたことお詫びいたします」
こいつ本当に猫なのかと疑問に思ってしまうが、普段からこんな会話しているのだろうかと周介たちは疑問に思ってしまう。
というかこういう喋り方をするその理由は何なのだろうかと不思議がっていた。
「あの先輩、先輩の能力って知性を与えて動物から情報を引き出す能力なんですよね?」
「口調とか性格とかは本人の性格が反映されるけどな。大体ひねくれた性格になるけど」
「この口調でベッキーとか……っていうかこいつはオス……なのか?」
「兄さん方、助けてもらったのは礼を言います。ですがオジキからもらった名を侮辱するとなれば容赦はできません、撤回していただきます」
「あ、わ、悪い、そういうつもりはなかった。すまん」
ドスの聞いた声で明らかに殺意さえも放っているその様子に、玄徳は素直に謝っていた。人の、もとい猫の名前をバカにするつもりはなかったのだが、本人からすれば不快に思われてしまっても仕方のない言い方になってしまった。
反省するべきだろうと、玄徳は頭を下げる。
「とにかく、事情を聞くか。ベッキー、とりあえず一度俺らの車まで来てくれるか?猫のお前をそのままにしておくのはちょっとな」
「いいでしょう。おぅテール、お前も来んかい、いつまで腰抜かしてんだ」
「す、すいやせん、ベッキー」
完全に上下がついているような関係であるというのに名前は呼び捨てなんだなと周介たちは考えながらも、とりあえず猫の首に首輪をつけようとするのだが、ベッキーはそれを頑として拒否した。
「申し訳ないですが、俺に首の輪を着けられるのはオジキだけです。そいつは勘弁してくれませんかね」
こいつの方が犬よりも忠誠心高いのではないだろうかと、猫にあるまじき言動に全員渋い顔をしていた。もっとも、猫が喋るほうがおかしいのだが、そのあたりは能力のせいと割り切るしかなさそうだった。