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周介は乾に教わった場所にやってきていた。中華料理屋があるあたりという情報だったのだが、駅の裏側に中華料理屋は何件か見受けられる。とりあえず全部の店の周りを見ていくために、周介は移動を始める。
路地裏をよくよく観察するとゴミを漁っている猫や犬の姿も見受けられる。だがそのどれもが写真に写されているペットのそれとは異なっている。
もっとも、外で活動するようになっては清潔な体を保っていられるはずもない。ある程度汚れた姿をイメージする必要があるのかもわからない。
だが白部が同じような姿を見つけることができた点から、ある程度の原形はとどめていると思っていいだろう。
特に犬の方は大型犬だ。野良犬で大型犬というのは割と目立つ可能性が高い。保健所などに連れていかれていなければ良いのだがと思いながら探していると、後方から全力疾走してきている誰かの存在を感じ取る。
「兄貴!遅くなりました!」
「いや、十分早かったと思うぞ。人形は配り終えたんだな」
「はい、こっからはお手伝いできますよ」
「オーケー、んじゃとりあえず路地を一つ一つ確認していこう。俺はこのラインから見ていくから、玄徳はこの隣の道から路地を見てくれ。見つけたら即連絡、場合によっては挟み撃ちにするぞ」
「了解です!行ってきます!」
もう日が暮れてきているというのだからもう少し声のトーンは落としたほうがよいのではないだろうかと思ってしまうが、あれも玄徳の良いところだと周介は心のうちにしまっておくことにした。
路地の裏にはごみが置いてあったり、それを目的とした動物たちもいる。こういった動物は店主たちが追い払うのだが、食べ物が多くある場所には当然動物も集まってきてしまうというものだ。
こればかりは仕方がないなと思いながら路地を散策していると、尻尾をたらした犬が一匹いるのがわかる。大型犬のゴールデンレトリバーだ。首輪も付けておらず、明らかに汚れているが、写真のそれに似ているように見えた。
「03、聞こえるな?見つけた。それっぽい奴。中華料理屋の横の道、そっちから見えるか?」
『大丈夫です兄貴、こっちからも見えてます。一気に捕まえますか?』
「いや、あの様子、たぶん怯えてるか、落ち込んでるかの二択だな。においのついてるものを持ってるから、ちょっと接触してみる。逃げようとしたらフォロー頼む」
『了解です、任せてください』
犬を飼っていたことがある周介は、あの犬のしっぽの形からあまり良い精神状態ではないということは察知していた。
あまり刺激して興奮させるのもよくないと判断した周介は、ひとまず近づくことにした。
路地裏に入ると犬も周介の存在に気付いたのだろう、周介の方に顔を向け、じっと見つめている。
周介はゆっくりと近づき、三メートルほどのところまで歩み寄ると身をかがめて持ってきていた犬の玩具を用意する。
これが本人、もといこの犬の玩具であるのであれば匂いがしっかりとついているはずだ。何かしらの判断材料になるかもしれない。
そして周介のその予想は的中したようで、犬は尻尾を振り始め、ゆっくりと、恐る恐るではあるが周介のもとに近寄ってきた。
自分が普段使っている玩具のにおいをしきりに嗅いで、尻尾を大きく振り回している。
今まで全く知らない場所にやってきてから、ようやく自分の知る匂いを感じ取れたことで安心しているのか、体が大きく震えてしまっている。
周介は犬の頭をなで落ち着かせるようにゆっくりと、そして優しく汚れてしまっている毛並みをなでる。
「よしよし、怖かったろ。家に連れて帰ってやるからな」
周介は念のため持ってきていた犬用の首輪とリードをその犬に取り付けると、散歩をするように移動することにした。
「クエスト02、目標の一匹と思われる大型犬を確保しました。念のため確認をお願いします」
『了解。そいつは能力を発動するそぶりはあるか?』
「今のところはありません。ですが可能性はあります」
『オーケーだ。そいつが本人かどうかも確認する必要がある。念のため、そう、念のため確認しよう。車で待ってる』
念のためという言葉を繰り返すことで、それが必要なことであるというように意識させているようだった。
「03、俺は一度クエスト02と合流する。お前は引き続き周辺の確認を頼む。こいつがこの辺りにいたってことは他の奴も一緒にいる可能性がある」
『了解です、任せてください!』
「頼むぞ。それじゃ行ってくる」
周介は散歩気分で犬を連れて乾と合流するべく一度瞳のいる車に戻ることにした。
犬を散歩するのは何年ぶりだろうかとそんなことを考えながら、自分の移動するペースにしっかりとついてくる犬を見て小さく目を細める。
しっかりと躾のされている犬だなとその様子を見て誰かに飼われていた犬だということを確信しながら、昔飼っていた犬を思い出していた。
「ただいま、捕まえてきたぞ」
「おかえり。その子が?」
「たぶんな。誰かに飼われてたのは間違いない。ちゃんと躾けられてるよ」
周介が車の近くにやってきて話をしていると、犬は座ってその様子をじっと観察していた。
周介が敵ではないということを理解しているが、決して家族ではないということをわかっているのだろう。近くまでは寄ってこない。だが逃げるようなこともしない。周介が身近な誰かとつながっているということをあの玩具から察したのかもしれない。あるいはただ単にあの玩具が恋しくてついてきているのかもしれない。
どちらにせよ、誰にも飼われていなかった動物のとる行動ではないのは間違いない。
「来たな、そいつか」
「はい、飼い犬だったのは間違いないです」
「写真と比べるとだいぶ汚れてんな……けどまぁ、同じって言われりゃ同じか……」
乾は写真と犬を見比べながら、とりあえずその頭に触れようとする。
「万が一の時は頼むぞ」
乾の言葉の意味を周介は理解していた。あらかじめ用意してもらっていた武器を、小型のスタンガンを用意する。
それは出力をかなり上げてあるものだ。通常人に使うような類の、出力を下げて無力化するためのものではない。
流れる電流を上げ、電圧も上げ、殺すために作られた道具だ。
可能な限りこれは使いたくない。そう思いながら、周介は犬の近くに、乾の隣に座り込む。
乾が犬に手を触れ、ほんの数秒、乾は安堵したような顔をして「問題なしだ」と告げてから周介と瞳にも同じように触れると、近くに座っている犬に話しかける。
「よし、お前はどうしてこんなところにいたんだ?この辺りの奴か?」
「違うんです、あっしはこの辺りのもんじゃあありやせん。気づいたら、いつの間にかこの辺りにいたんです」
まさかこんな声と喋り方とは思っていなかったため、周介は少し驚いていたが今までの口が悪い動物たちに比べればましな方なのだろう。
「あらら、当たりっぽいな。お前の名前は?どうしてこいつについてきた」
「あっしはテールといいます。そっちの旦那が、あっしのお気に入りの玩具を持っていたので……」
「当たりだな。俺らはお前らのご主人からお前を、正確には、お前と他のペット、ベッキーとノーンを探してくれって頼まれたんだ」
「本当ですか!?うぅ……!帰れる……!帰れるんですね……!」
テールと名乗った犬は嬉しそうにその場で跳び上がる。乾の能力を使うと動物が人間臭い動作をするのが特徴だ。この辺りは見ていて面白いと周介と瞳ははしゃいでいるテールを見ながら安堵していた。
「テール、教えてくれ。お前はいつの間にかこの辺りにいるって言ってたな。それは他の奴らも一緒か?」
「はい、あっしら三人、ベッキーとノーンも一緒にこの辺りに。気づいたらいきなり外にいたんで、びっくりしてしまいまして……そのあと車とか自転車にビビっちまって、逃げていたらいつの間にかバラバラに……」
「一緒にいたその二匹の目が光ったりはしていなかったか?」
「目?すいやせん、気が動転しててそこまでは……」
いきなり別の場所に送り出されていては驚くのも無理はない。その状態で二人、もとい二匹の目を観察できていないのもまた仕方のないことなのかもしれない。
「よし、テール、俺らはまだ残りの二匹を探しに行く。お前はここで待ってろ」
「ま、待ってください。あっしにも手伝わせてください。あっしは二人のにおいを覚えてます。お役に立てるはずです」
まさかの提案に、周介は乾の方を見る。乾の能力は知性を与えて情報を引き出すだけの能力と聞いていたが、細かな操作まではできないというあたり正確な情報ではないのだろう。
「どうしますか先輩?俺はいいと思いますけど?」
「んー……まぁいいけど、俺が近くに居たほうがいいな……テール、お前は俺と動くぞ。ラビット01、お前は俺の近くを動き回ってくれ。なんかあったら即連絡する。そしたら援護してくれ。二匹ともネコと鳥だからな。素早いぞ」
「了解しました。それじゃテール、頼むぞ」
「任されました。必ず二人を見つけて見せます」
テールは尻尾を振ってやる気に満ち溢れていることをアピールするかのように小さくジャンプして見せる。
こういう動物との意思疎通ができるというのはこういう利点もあるのだなと周介は感心していた。
「先輩、こういう自分たちの情報収集の協力者で犬とかを飼うっていうのもいいんじゃないですか?匂いとか追えるし」
「まぁな。けど正直そのあたりはちょっとなぁ……飼うってなると、単純に大変だし」
乾も動物とかかわってきただけあって生き物を飼うということの大変さを理解しているのだろう。
生き物を飼うというのはただ飼えばいいというだけではないのだ。生き物である以上、しっかりと責任を取らなければならない。
それは生き物を飼うという行為に対する絶対の義務だ。それを果たすことができない、その保証がないのであれば飼うことは憚られる。そのあたりを乾はわかっているのだ。
「でも考えてはみる。こういう風に手伝ってくれる奴がいるってのはありがたいからな。動物調査隊的な」
「ブレーメンの音楽隊みたいになりそうですね。それはそれで面白いけど」
動物の能力を使った探索というのは決して馬鹿にできない。警察が警察犬を採用しているようなものだ。
人間にはない調査能力を、人間の知性を持った状態で行えるというのは貴重だ。