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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
一話「蒼い光を宿すもの」
18/1751

0018

 周介が車で家まで送られる中、ドクはとある人物を訪れていた。


「来たか。どうだい彼は」


 聞こえてくる女性の声に、ドクはやや興奮気味に反応する。


「えぇ、貴女が言っていた通り、素晴らしい能力を持っているようでしたよ。まだ詳細までは確認できていませんが、少々興奮が収まりませんね!やりたいことがどんどんと頭の中で浮かんできているんですよ!」


 周介の能力を知った時から、ドクは自らの奥から湧き上がる興奮を抑えることができずにいた。


 どんなことをしてみようかと、どれだけのことができるのだろうかと想像せずにはいられなかった。


 それはドクにとっての夢でもあり、多くにとっての目標にもなっていることだった。


「お手柔らかにしてくれるとありがたいな。少なくとも、まず彼にはやってもらわなければいけないこともあるだろう?」


「そうですね、その通りです。だからこそ急がなければなりません!準備の時間はいくらあっても足りませんよ!いやぁうちのチームを総動員しなければ!今まであれほど私の目的に適した能力はなかった!それらしい能力はありましたがそれはあくまでそれに近いだけ!近いだけでは意味がない!彼の能力はそれを可能にするだけの力と可能性に満ちているのですよ!」


 一度上がってしまったテンションはなかなか抑えることができないのか、ドクは興奮したままで目の前にいる女性と話をしている。


 困ったような、それでいて嬉しそうな表情をする彼女を前に、さすがのドクも自分がみっともないことをしているということを理解したのか、一つ咳払いしてから身なりを整える。


「いや失礼しました。ですがよくわかりましたね、彼があのような能力を持っていると」


 ドクと向かい合っている女性は薄く笑みを浮かべながら手元にある資料に目を映す。そこにあるのは今回周介が原因となった電車暴走事故の調査報告書だった。その内容は特に電車の破損状況や変化の部分に焦点を当てられている。


「報告書から察するに、そういう能力ではないかとあたりをつけただけのことさ。推察が当たってくれて嬉しい限りだよ。これで私たちが抱える問題のいくつかを解決できる。そうだろうドクター?」


「えぇえぇもちろん!報告のためにこうして足を運びましたが、実は今すぐにでも工房にこもって作業を開始したいくらいなんですよ!あれもこれも作りたい!あれもこれも試したい!彼の能力をすぐにでも万全なものにしてすぐにでも!すぐにでも!」


「ドクター」


 窘めるような声に、ドクはつい上がってしまったテンションを何とか落ち着かせようと深呼吸をしていた。


 長年願った能力を見つけたのだ、無理のないということは理解しているが、それでも少々大人げないように見えてしまったのである。


「能力はさておいて、彼自身はどうだい?君から見てどのような印象受けたかな?」


「彼自身ですか。とても素直な少年という印象を受けましたよ。上がってきた情報を見る限り、彼は誠実だ。そして家族のために自分を犠牲にできる献身的な人物だ。正義感が強いかはさておき、少なくとも好感が持てる人物であることは間違いないでしょうね」


「へぇ、君が絶賛するとは。能力のことがかなりプラス方面の補正に繋がっているような気がするよ?」


「いえいえ、能力という前提なしに、彼はなかなか見どころがあるように見受けられます。頭の回転が早い。勉強は平均的なようですが、彼は頭がいいと思いますよ。視野が広く、思考の幅も広いように思います。試行錯誤の上でいろいろと自分ながらの法則を作り出すのが上手い、それが能力の習得にも活かされているように感じられました」


 たった数時間一緒にいただけで、ドクはほぼ正確に周介の性格を把握していた。簡単な問診と一緒に能力に関してトライアンドエラーを重ねたことで、ドクは周介がどのような性格であり、どのような考えを持つ人間なのかを掴んでいたのだ。


 何せドクは今まで何人もの能力者を観察してきた。特に自らが能力者であるということを知ってからやってきたものが多かった。


 精神的に不安定になりながらもなんとか能力を習得していくその姿を見て、どのような性格であるのかを把握するのはそこまで難しくはなかった。


 その中でも、周介の性格は良くも悪くもわかりやすかった。


 中学生なのだから無理もない。子供であるがゆえに不安定で、子供であるが故にわかりやすい。そういったことをドクは察していたのである。


「君から見て、彼はどちらの部隊に入れるのが正しいと思う?」


「間違いなく小太刀部隊でしょう。まだ彼の運動神経などは見ていませんが、少なくとも能力から判断して大太刀部隊は難しいかと」


「ふむ、では私の部下になるということだね。喜ばしいことだ。チームメイトなどの考えは何かあるのかい?」


「今のところ一人、まだ本人への了承などはとっていませんがね。二人が組めばかなり良いチームになると思いますよ。役に立つこと間違いなしです」


「それはいいことだ。っと、そろそろ報告を終わりにしたいって顔をしているね」


「察していただいてありがとうございます!今すぐにでも工房に戻りたいのですがよろしいですかね!」


「構わないよ。わざわざ報告に来てもらってすまなかったね。ありがとうドクター」


「いいえそれではこれで失礼しますイッヤッホォォゥ!」


 ドアを思いきり開けて廊下をかけていくその姿は少年のそれに等しかった。あれさえなければ良い人物なのだがなぁと、その場に残された女性は苦笑してしまっていた。











 周介が再び車で送られて家に帰るころには日は完全に沈んでいた。


 それほど長く訓練をしていたのだろうかと思いながら、周介は自宅の鍵を開けて中に入る。


「ただいま」


「あ!兄ちゃん!おかえり!」


 奥から真っ先にやってきたのは弟の風太だった。周介の姿を確認するや否や、全力疾走で周介のもとにやってくる。


「ただいま風太。起きていられたみたいだな」


「うん!ゲームやろ!ゲーム!」


 疲労困憊の周介にとって、あとどれくらいの体力が残っているかは正直微妙なところだった。だが少なくとも弟との約束を破る気にはなれなかった。


「よしいいぞ。でもその前にご飯食べたいな、腹減ってしょうがない」


「そっか、もうできてるよ。兄ちゃんを待ってたんだ」


「兄ちゃん、おかえり」


 風太に引っ張られながら玄関から廊下に出ると、奥の方から小走りで麻耶もやってきた。心配そうにしていたが、とりあえず周介が無事に戻ってきたことを知って安堵しているようだった。


「ただいま。二人とも今日は何してたんだ?」


「風太はお昼は遊びに行ってたよ。私も友達と遊びに行ってた」


「そりゃ何より。父さんと母さんはどうしてる?」


「二人ともテーブルで話し合ってる。たぶん、兄ちゃんの話」


「……そっか。じゃあ行かないとな」


 周介は困ったように笑いながらダイニングの方に向かう。そこには麻耶の言ったように書類を眺めながら何やら話し合っている父の英二と母の美沙がいた。


「父さん、母さん、ただいま」


「周介!無事か?怪我はないか?その頭はどうした?」


 周介の額にはいまだ冷えピタが張られたままだった。怪我でもしたのではないかと心配している両親を前に、周介は苦笑しながら額から冷えピタをはがして何でもないと告げる。


「怪我はしてないよ。ちょっと集中しすぎたから頭を冷やしてるだけ。それより二人とも、どうしたの?なんか話してたみたいだけど」


 両親は周介が無事に戻ってきたことを喜び安堵しながらも、決心したようにうなずくと周介の近くに歩み寄った。


「周介、母さんと話し合ったんだ。やはり、あいつらのもとにお前が行く必要はない。今からでも契約を破棄しよう」


 それは、心の底から周介を心配しているからこそ出る言葉だった。もうどうしようもないとわかりながらも、それを理解しながらも英二は今日一日、悩み続けたのだ。


 そして自らの妻であり、周介の母である美沙とも話し合った。そして、彼女も同じ結論に至ったのだろう。


「お金のことなら気にしなくていいのよ周介。引っ越すことになるかもしれないけど、少なくとも危ない目に遭う必要なんてないのよ」


「そうだ。お前は何も心配しなくていい。金のことも、これからのこともだ。今からでも私立の別の高校を受けて、普通の生活を送ればそれで」


 何をいまさらと、周介は思ってしまう。


 今日周介が唐突に連れていかれたことで、二人は思っていた以上に強く動揺したのだろう。


 どこか遠くへ行く息子の姿を見て、いたたまれなくなったのだろう。


 親として、子供を守るその姿は、見るものが見れば素晴らしいものであると見えただろう。もちろんそれは、子供である周介からも、とても、とても嬉しく感じられた。


 だが、そんな良い父であるからこそ、良き母であるからこそ、周介はこれ以上この二人に負担をかけたくはなかった。


 そしてそれは、周介を慕う妹や弟のためでもある。


 自分のためにそれだけ無理をすれば、その分幼い妹や弟までも苦労することになってしまうだろう。


 それはダメだ。


 周介はまだ子供だ。高校にも上がっていない。身長も伸び切っていないし、声だってまだ少し高い。体だけではなく心も未成熟なままだ。


 だがそれでも、それだけはダメだということは理解できた。


「父さん、母さん、俺はもう決めたんだ。今度の三月で、中学を卒業したら、俺は家を出ていくよ」


「周介!何を言うんだ!まだ子供のお前が!」


「そうよ!何言ってるの!あなたはまだ中学生なのよ?」


 周介を掴み、必死に説得しようとしてくれる両親のその優しさが、嬉しく、そして悲しかった。


 理不尽な権力に押し潰されてしまう自分の弱さと、優しさだけでは何もできないという現実が、目の前の両親の悲痛な表情に拍車をかける。


 だからこそ、周介は目を開けた。


「確かに中学生だよ。まだ子供だよ」


 その目は、蒼く光っている。自らが能力者であるという証明が、その目には宿っていた。


「けど、俺は能力者なんだ。もう、それは変えられない」


 近くにあるアナログ時計の針が勢いよく回転を始める。正しく時を刻むことを忘れ、まるでプロペラのように、加速した時を告げている。


 目を閉じ、能力を解除すると、周介は小さくごめんとだけ呟いて、近くに居た風太のもとに歩み寄る。


「よし風太!御飯ができるまでゲームだ!母さん、今日は米大盛りにして。腹減っちゃったよ。麻耶お前もゲームやろうぜ!」


 先ほどの雰囲気を一変させて、必死にいつも通りを演じる周介に、両親は何も言うことができなかった。


 兄として、家族を守る。どうしようもない理不尽な者達から。


 それが、周介が能力者として生きる理由となっていた。











 食事も終え、風呂にも入り、風太が遊び疲れて寝てしまうまで、そう時間はかからなかった。


 夜の二十三時。周介は自分の部屋のベッドに倒れるように横になっていた。


 窓から蒼い月明りが入り込む中、周介の目は光に照らされている時計の方に移っていた。


 先ほど、周介は意識して能力を発動した。その結果、リビングにあった時計の針は高速回転を始めていた。


 その時のことを思い出して、三日前のあの時のことを思い出してしまったのだ。


 あの日に限って時計が狂った、その理由を。


 時間はめちゃくちゃになっていた。時計の針も、本来のそれとは違う時間を指し示していた。その原因を考えた時に、一つの可能性が思い浮かぶ。


 それは、夜中周介が寝ているときに能力を発動していたのではないかということだった。


 あくまで可能性の話だ。ただ単に時計の不具合で時計が大きくずれた可能性だってある。偶然あの日に限ってそうなってしまった可能性もある。


 だが、その日の周介の行動を一つ一つ思い出していったとき、一つ一つがそうなのではないかと思えるようなことがあった。


 時計が明らかにおかしい時間になっていたのもそうだし、自転車で駆ける時、妙にペダルが軽く感じたのもそうだ。そしてあの時、周介が乗った電車が暴走したのも。


 思えばあの時、能力が暴走していたのはある意味必然だったのかもしれないと、そんなことを考えてしまう。


 不安と緊張のまま眠りについた周介が、寝ているときに能力を発動しなかった保証はどこにもない。


 結果から見て、そうなのではないかという考えが浮かぶばかりだ。


 周介はあの時ずれていたお気に入りの目覚まし時計めがけて能力を発動する。


 秒針だけではない、ありとあらゆる針が高速回転し、あっという間に時間を滅茶苦茶にしていってしまった。これでは正しい時間を刻むことはできないだろう。そんな状態を見て周介は目を閉じてため息をつく。


 自分の目からしっかりと放たれていた蒼い光。暗い部屋だからこそその光がよくわかってしまう。


 能力者になった。それはもう変えられない。


 あの時、周介は両親を突き放すためにそう言ったが、未だに実感などできていなかった。


 能力を使えるものになったところで、いったい何が変わるのだろうかと思ってもいた。


 あの時のような事故を起こすこともできるという意味では、周介は非常に危険な存在になったといえるだろう。


 だが、周介はそんなことをするつもりは微塵もなかった。そんな妙な気分にはなれなかった。


 蒼い月。その原因を知ったところで、周介からすればそれがどうしたといわざるを得ない。


 能力を身に着けて、それを使って何か活動をしようとも思えなかった。


 三千万という多額の借金。それを返すまでいったいどれくらいの時間がかかるのだろうと考えながら、周介は自分の携帯を見る。


 アナログの時計は、もう使えない。万が一また寝ているときに能力を発動してしまったらと考えると、もう使うことはできなかった。


 慣れない携帯のアラームをセットし、周介は仰向けになる。


 これからどうなるのか、はっきり言って全くイメージできなかった。能力者になって一体何をするのか。


 五輪正典。周介が所属することになった組織。それがどの程度の規模を持っているのか、どの程度の行動を行うのが基本なのか何もわかっていない。


 周介が今日習ったのは、あくまで自分の能力の扱い方だ。今後は、自分の能力を調べ、鍛えていくのが目的になるだろう。


「能力って言われてもなぁ……」


『始まりの智徳』という名を与えられ、自分である程度扱えるようになっても、周介は自分が能力者であるという自覚を持てていない。


 これがバトル漫画などであれば、自分の能力名を叫びながら攻撃したりするのだろうが、周介は今はそんなことをする気にはなれなかった。


 いつかはそんなことをしてみるのもいいかもしれないなと思うかもしれないが、グロッキーになっている今、そんなことをする気にはとてもなれなかった。


 頭の奥が熱い。ドクの言っていた通り、熱が出てきたのかもしれないなと、周介はあらかじめ用意してあった水で濡らしたタオルを自分の額に当てる。


 冷たいタオルが、周介の肌から熱を奪っていく。同時にゆっくりとではあるが、周介の意識が沈んでいく。


 初めて能力を使って、なおかつ初めて自分で操ることができるようにしたのだ。普段使わないどこかに多大な負荷がかかっているのだろうと、まどろみの中で周介は考えていた。


 このまま死んでしまったりしないだろうかなどと考えて、周介は窓の外にある蒼い月を見つめる。


 冬ということもあって、澄んだ空に蒼い月が良く映える。その光を見て、周介は自分も同じような光を出していたのだろうかと、ぼんやりと考えていた。


 明日もまた訓練だ。能力を正しく扱えるように、能力をより精密に扱えるように。


 この土日の間に何としても能力をうまく扱えるようにならなければならない。最低限、暴走しないようにしなければならない。


 周介はそんなことを考えながら、ゆっくりと意識を手放していた。


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