0178
翌日、学校に登校すると教室には当たり前のように白部が座っていた。
能力を使っての情報収集を行っていたはずだが、その外見は全く変わった様子がない。どちらかというとむしろ調子が良いようにすら見える。
と言っても普段の様子からして視線を伏せて本を読んでいるような状態であるために、その状態の変化は本当に微々たるものだ。
長い前髪から覗くその目に光が強く宿っているように見える程度の変化である。よくよく観察しなければその変化には気づくことができないだろう。
周介は教室に入り自分の席に着く際に、さりげなく白部の前を通る。
「大丈夫か?」
「徹夜しただけだから問題ない。後で時間ちょうだい、調査結果報告するから」
「了解。放課後にでも頼む」
その声からして特に問題はないのだろう。目に光が宿っているのは徹夜明けで少しテンションが高いのが原因なのかもしれない。
授業中に眠らなければ良いのだがと思いながら、周介はとりあえず自分の席に向かう。
そして瞳や玄徳に、放課後に白部からの情報収集の結果報告会をするという旨のメッセージを送る。
玄徳からは数秒で『了解しました!』との返事が返ってくる。瞳は数分経ってから『わかった』と一言だけ返事が返ってくる。
こういったやり取りだけでも性格が出るものだなと周介は苦笑してしまう。
「おーい百枝、今日の昼飯どうするよ」
「まだ一限も始まってないだろ、考えんの早すぎだ。俺は弁当持ってきてるから」
「え、マジで?誰に作ってもらってんだ?お前寮だろ?」
「自作だよ。ぶっちゃけほぼほぼ冷凍食品ばっかりだけどさ、それでも自作したほうが多少は安上がりなんだよ」
この高校の学食はそれなりに値段がする。金持ちかあるいは頭の良い人間が多いこの学校ではある程度金銭的に余裕があるものが多いのだ。
そんな中で周介のこれは比較的珍しい部類に入るだろう。
寮の食堂の一部を間借りさせてもらい、週末の間に買っておいた冷凍食品や食材を詰めさせてもらっているだけだ。
しかも寮監の厚意で米に関しては朝食分のあまりをタダで弁当箱に詰めさせてもらっている。これほどありがたいことはなかった。
「へー、百枝って料理できるんだ」
周介が自作の弁当を持ってきているという話を聞いたからか、近くに居た女子が反応する。と言っても周介個人としてはこれが料理ができるとは口が裂けても言えなかった。
「ピーマンとキャベツ炒めて冷凍食品突っ込んだだけで料理ができるって言わなくね?さすがにこれを料理とは言えんわ」
「そう?うちの兄貴なんてカップラーメンにお湯を注ぐのを料理とか言い張るんだよ?百枝の方がずっと料理してんじゃん」
「料理しないと昼めしがな……俺小遣いあんまりないし……ぶっちゃけバイトしたい」
「うちってバイトオッケーだっけ?」
「ダメじゃない?あ、だからお弁当作ってるんだ」
「そういうこと。ここの学食地味に高いしな。さすがに菓子パン一つじゃもたないし」
健全な男子高校生である周介の胃袋は普通より少し大きい程度だ。そんな育ち盛りの男子生徒が菓子パン一つ二つで腹が満たされるということはありえない。
周介としてはどんぶり飯におかずで肉、野菜、汁物をつけてようやく腹八分目程度なのだ。それを考えればこの弁当という選択肢は仕方がない選択といえるだろう。
「でも大変じゃない?毎朝作るの?」
「前日に作ってる。米だけ朝詰めてくるけど」
「どんなのどんなの?見せて見せて」
周介が弁当を持ってきているという事実に、近くに居た女子がいつの間にか集まってくる。弁当を作った程度でなぜここまで集まってくるのだろうかと周介は不思議だった。が、悪い気はしなかった。
「おい百枝!お前弁当作った程度で何調子乗ってんだ!」
「俺だって明日は弁当作ってくるし?それなりにいいもん作ってくるし?」
近くに居た友人たちがブーイングするが、周介はそれを聞き流しながら自分が作ってきた弁当を開く。
大きな箱には大量の米と沢庵、そして少し小さな箱にはピーマンとキャベツの炒め物に冷凍食品のミートボール、コロッケ、ハンバーグ、そして付け合わせの野菜としてミニトマトが入っている。
複雑な調理をせずに用意できる最低限の弁当といったところだった。緑や赤といった彩色があるものの、全体的に茶色い印象を受けてしまうのは男子高校生の特有の弁当の構成というべきだろう。
「うわ普通に弁当じゃん!百枝やるね」
「へぇ、撮らせて撮らせて」
周介の周りに群がる女子と、それに対してブーイングする周介の友人に困惑しながら周介は弁当の蓋を閉じる。
妹や弟がいる周介にとっては弁当を作る手伝いというのは割と身近なものだったため、詰める形や構成などは慣れたものだった。
とはいえこれを毎日続けるとなるとレパートリーに困るのも事実だったが。
そんな様子を白部は横目で見ながらわずかに目を細めていた。
「お疲れ、待った?」
「いいや、それほどでも。あとは玄徳だけか」
周介は放課後に白部からの情報収集の結果を聞くために集まっていた。
今周介たちがいるのは拠点の会議室だった。すでに乾、白部、そして周介と瞳が集まっている。
周介たち高校生は割とすぐに集まることができていたが、一応社会人である玄徳は少々時間がかかっているようだった。
「すいません、遅れました!」
瞳がやってきてから数分して、扉を勢いよく開いて玄徳がやってきた。
「まだ時間には早いから大丈夫だぞ。それじゃあ始めましょうか。白部、頼めるか?」
「ん、ちょっと待って」
白部はその場の全員に見えるようにプロジェクターを起動してパソコンの画面を表示する。画面に映し出されているのは監視カメラの映像と、いくつかのSNSへの書き込みだった。
「監視カメラにそれらしい動物の影が映ってる。しかも街中。野良にしては妙に小奇麗で、柄も写真と一致してる。あと、この書き込みが気になった」
監視カメラに映っている犬や猫、そしてインコの柄は確かにあらかじめ依頼主から受け取っていた写真と一致する。
別々の監視カメラの荒い画像であるために確証を得ることはできないが、それでも可能性は高そうだった。
そして白部は同じく映っていたSNSへの書き込みの内容を拡大する。
その内容は以下の通りだ。
『横断歩道で待ってたらいつの間にか犬と猫となんか鳥みたいなのが足元にいてビビった。思い切りビビられて逃げられたけど』
という内容だ。
内容としては本当のことなのか嘘なのか判別しがたいが、少なくともこの三匹のことに関しては該当しているように思える。
「場所は?両方同じ場所か?」
「SNSの書き込みは位置情報までは確実なことは言えないけど、それぞれの監視カメラは依頼主の家から約十キロ程度離れた場所」
「確かでなくていいから情報くれ、どこだ?」
「……このSNSの書き込みをしている人はこのルート、この近辺での書き込みを多く行ってる。今の携帯の位置情報はここ」
画面に映し出された地図上に、それぞれのSNSへの書き込みの頻度とその場所、また携帯を持った状態での移動ルートまで記されていく。
そんなことまでわかってしまうのかと周介は戦慄するが、それでもかなりの手がかりが得られたのは間違いない。
「随分と離れたな。一度に十キロも転移したってのか?」
「現段階で判別はできないでしょ。単発なのか連発なのかもわからないんだし。で、監視カメラの位置はどこなの?」
「各監視カメラはこの辺り。一緒に映ってるところは確認できてないけど、それぞれバラバラに移動してるのは確認済み。どれくらいの位置にいるのかもリアルタイムで探せればいいけど、それも少し難しい」
「連絡が取り合えなくなるからな……いっそのことファラリス隊に協力頼むか?」
「ダメ、頭の中覗かれるのは嫌」
白部が能力を発動しているときは外界の情報をすべて遮断する必要があるのだろう。そうすると何らかの情報を誰かに伝えることも難しくなる。
即効性のない情報収集というのは速度と正確性を求める現場には向かない能力だ。だからこそこうした事前の情報収集で活躍しているのだろうと周介は察していた。
「んじゃ、とりあえずこの近辺を調べることで確定か……先輩、この辺りに情報源はいますか?」
「そこそこだな。問題なく探せるとは思う。あとはお前らの移動で足を使って探すぞ。場所が割れたんだ、あとは夜通しだと思え」
「了解です。安形と玄徳もそれで大丈夫か?」
「夜は寝たいんだけど……そうも言ってられないか」
「俺はいつでもいくらでも大丈夫っすよ」
対照的な二人に周介は苦笑しながらそういうわけでと白部がもってきてくれた情報を再び目に入れる。
三匹がそれぞれバラバラに移動しているということもあって捕まえにくいかもしれないが、相手の行動範囲はある程度限られているはずだ。
生き物である以上休息は不可欠。であれば休んでいるときに捕まえることもできなくはない。
ペット自身のにおいのついている物品もすでに持ち合わせているために、場合によっては活用できるかもしれない。
「白部は時々情報収集して、なんか起きたら俺らに連絡してくれるか。それまでは休んでていいからさ」
「了解、頑張って」
全員にやる気なくエールを送る白部に全員苦笑しながらとりあえず問題の場所に向かうことにした。
街中であるために見つけられる可能性は非常に高い。
あとの問題は、その発見後の話になってくる。捕まえられるか、そして、その後に控える能力を持つペットへの干渉。うまくいくかはやってみなければわからない。