1749
周介達が地上に戻ってくる頃には、分離していたビーハイブ隊を含めた全部隊の戦闘は終了していた。
現地部隊に加え、アイヴィー隊、ビーハイブ隊、ミーティア隊の戦闘が可能な三つの部隊に対応されたのではさすがに少数では対応しきれなかったのだろう。
それに加えて、別動隊として動いていた人間には一人しか魔石が埋め込まれていなかった。
他の面々を早々に片づけて、魔石持ちを対応することは鬼怒川との戦闘経験もある日本の面々からすれば何の問題もなかった。
「そっちも終わったんだな?」
合流した手越が疲れた様子で話しかけてくる。どうやらこちらの方もだいぶ苦戦したようで、声から疲労感がにじみ出ていた。
「あぁ。たぶんだけど俺らの方が本命だったんだと思う。主犯含めて四人いて、全員魔石持ちだった」
「こっちが囮だったか……それじゃもう少しそっちに戦力を割り当てるべきだったかな……?あれだけの連中を囮にするとか……なにを考えてるんだか」
「そっちの連中は、結構強かったのか?」
「あぁ。戦い慣れてる感じだった。個人情報は照会中だけど、どっかのレッドネームだってのは間違いなさそうだ。あの研究者共に賛同した奴らだってことだろ」
どうやら囮の方に研究者たちの協力者、レッドネームの戦闘要員が混じっていたのだろう。
研究所などを襲撃するという時点で防衛している能力者を攻略するのであれば協力者は必要不可欠だ。
今回の首謀者全てが捕まったかどうかは不明だが、これが良い方向に進んだかどうかはわからない。
「そっちの方に向かおうとしてたのも頷けるよ。逃げようとしてたんじゃなくて、そっちの援護に行こうとしてたんだな。そっちででかい音が聞こえてたから、戦闘したんだろ?」
「あぁ。新型を使った。かなり暴れ散らかしたから、あのあたりはちょっと片付けしないとだな……足止めしてくれたんだろ?」
「当たり前だ。俺らがフルメンバー揃ってて止められないわけないだろ。ビーハイブの連中もうまく連動してくれたしな」
周介達のいる方角に向かおうとする素振りもあったそうだが、その方角に逃げることはアイヴィー隊が許さなかった。
その場所に押しとどめるという点において、彼らより勝る部隊はそうそういない。
「そんで、そっちは……どうだったんだ?」
「地下に引きこもってたから、潜っていって倒した。変換系能力者を連れてくればよかったよ。さすがにちょっときつかった。機体にもだいぶ負荷かけちゃったし」
「……これで一連の事件は終わりか?」
「……だと良いんだけどな……正直終わったっていう実感は少ないな。なんていうのか……まだ終わってないのか……また別の火種が生まれたっていうのか……」
周介の中で嫌な予感は止まっていなかった。
幸いにして今この場においては、既にありとあらゆる脅威は取り除かれたようにも感じられる。
少なくともこの場では何かが起きるということはないだろう。
ただ、魔石の件や、研究者の大陸プレートの操作の影響、そして特殊個体の増殖に関しては何一つとして解決していない。
今後どのように動かなければいけないのか、いや、これからどのような事件が起きるのかを常に意識しなければいけないだろう。
「そうだ手越、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「なんだ?」
「これ、回収したんだ。お前の装備と一緒に回収してもらえるか?」
そう言って渡したのは小さな箱だ。その中には魔石が入っている。手越も何となくそれを察したのかいやそうな顔をした。
「お前な……こういうのは現地部隊に渡すべきだろ……」
「ドクからの頼みだ。現地で回収できる魔石は全部回収する。一部、もう回収しちゃったしな」
「回収……?」
「俺の体と同化させた。いや、同化しちゃったって言ったほうが正しいか?」
「……お前……それ……!大丈夫なのか?」
手越は周介の肩を掴んで本気で心配そうな声を出す。十年前に魔石と同化した経験があるとはいえ、周介の肉体が無事であるという保証はないのだ。それをやったという事実に、気が気ではなかっただろう。
「俺も何が何だかわからなかったんだ。体……っていうか髪の毛が勝手に動いた。だからそれ以上は言わないでくれ」
「…………嫁さんにはその事言ったのか?」
「……言ってない。内緒で頼む」
「……なんで嫁さんに言ってねえのに俺に言うかな……!」
「こいつを安全に持って帰るためだ。魔石だから、キャット隊に頼むわけにもいかない。頼む」
手越の装備に紛れ込ませることで、魔石を安全に回収するという手段をとるのがこの場では最も可能性が高い。
周介はこの後、いろいろな装備の回収の為に残らなければならないだろう。早々に引き揚げさせる他部隊の面々の誰かに預けるのが最も適している。
手越もそれを理解しているからか、断ることはしなかったが、ものすごく嫌そうな顔をしていた。
「こっちにいたやつらの一人が、魔石持ちだった。こんくらいの……小さい石だったけどな。それも回収するか?」
手越が指で示したのは一センチにも満たない。本当にかなりの小粒のものだが、それでもかなりの出力が得られることに違いはないだろう。
「そっちの戦闘部隊には現地部隊もいただろ?そいつらは魔石を見てるか?」
「あぁ。確認してる」
「じゃあそっちの魔石の回収はしないほうがいいな。こっちは地形ごと無茶苦茶だから、戦闘中に紛失したって言い訳ができるけど、さすがに見られてるうえで回収は角が立つからやめたほうがいい」
「わかった。俺の装備の中に紛れ込ませる。ばれたら……まぁ、俺の手癖が悪いってことにしておけ。お前がやらかすってなると面倒だろ?」
「悪い。帰ったらなんか奢るよ」
「安い店はごめんだぜ?酒も料理も一級品のところで頼む」
「オーケー。店は押さえておくよ。んじゃ、頼む」
「おう、任せろ」
こういう時手越は本当に頼りになる。状況を理解して自分にできることをやろうとしてくれるからこそ、周介もつい頼ってしまう。
迷惑をかけるのはそこそこにしなければいけないというのは周介自身わかっているために、あまり多くのことを頼み過ぎるのもよくないと思いつつ、何かあると手越を頼ってしまうのは周介の悪い癖だった。
「兄貴、ドクから報告の要請が入っています。現地状況の確認と、今後の動きを相談したいと」
「了解。そうだった、ドクとの無線切ったままだった……」
先程の魔石の一件で無線を切りっぱなしだったことを思い出して周介は即座に無線を回復させ報告をする。
「こちらラビット隊。ドク、聞こえますか?」
『聞こえてるよ。君が無線を一方的に切るのは珍しいね。僕らに内緒でなにかお話でもしてたのかい?』
「悪かったですよ。さっきの件、すいませんでした。俺が軽率でした」
『…………わかってくれるならいいんだ。周介君、何度でもいうけどね、君の身の安全が第一なんだ。君が責任を感じるのもわかる。けど、その責任を感じるならばこそ、安全な行動をとってくれ。取り返しがつかなくなるような行動をとるのが、一番無責任な行動だ』
「…………肝に銘じます」
周介が無茶をするのは、周介自身がそうするべきだと思ったからに他ならない。だが周介にも立場がある。その立場を放棄して自分の好きなような行動をとって取り返しのつかない行動をとれば、そのほうが周りに迷惑をかける。
周介も大人になってその辺りを理解しつつある。ただ、まだ心の内では納得できていない部分もあるのだが。
『オーケー。この話はここまでにしよう……じゃあ、報告を頼むよ。隊長』
「はい。敵の制圧を完了した。現地部隊にこの場を引き継いでから……えー……俺たちはあれですかね?不時着したっていう体ですから、現地部隊の事情聴取とかを受けなきゃいけないですかね?」
『そうだね。他所からの援軍が来る前に、こちら側で回収できるものは回収するけれど、現地での事情聴取は必要になるかな。ジャックは……どうやって回収しようかなぁ……その辺りも要相談だね』
「今回の不時着は俺の不手際ですから、俺ら以外の部隊は、早めに日本に返したほうがいいと思います。特にアイヴィー隊は、小太刀部隊にもかかわらずかなり頑張ってくれたようです。可能なら即時撤退をしたほうが良いかと」
周介が敢えてアイヴィー隊を名指ししたことで、ドクも何かがあるということを察したのだろう。
それに加えて、フシグロから内密でメッセージがドクの元に届いていた。それは周介が回収した魔石を手越に預けているという内容だった。
『……了解したよ。大太刀部隊でもマーカー部隊でもないのにあっちへこっちへ引きずり回しちゃったからね。彼らは可能な限り早く帰国できるように手筈を整える。あとは任せてほしい』
「お願いします。それと、連中ですが……現地部隊に引き渡してしまっていいんですか?日本に一緒に連れていくことも不可能ではありませんが……」
『いいや、現地部隊に引き渡す。あくまで君らは不幸にもその場に居合わせてしまっただけなんだ。だから余計な干渉はしすぎちゃダメだよ?』
「了解しました。現地部隊に任せます」
まだ仲間がいるのか否か。せめて情報を集めておきたいところだったが、犯人のほとんどが気絶してしまっているために碌に話も聞けない状態だ。
こんな状態では情報収集などできるはずもない。
『もう少しで、各国から部隊が到着するはずだ。君達も活動はそこそこに、引き上げの準備をして欲しい。もちろん、事情聴取も頼むよ?うまくやっておいてくれ』
「フォローは頼みたいんですけどね……まぁ、上の方で話を繋いでおいてください」
『そこは大丈夫だよ。こっちで上手く話しをしておくさ。少なくとも、感謝されこそすれ、文句を言われるようなことはないよ』
周介達がいたことによって早期に事件の解決ができたことには違いはない。
ただ、グアム島のすぐ近くに航空機を不時着させたこともまた事実なのだ。その辺りの事情聴取は必須である。
もっとも、それらは形式上必要なだけの、形だけのものかもしれないが。




