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ラビット隊の前衛として配属された段階で、雄太の装備もまた製作班に作り出されたものが多い。
特に雄太の場合、かつて猛が使っていた装備を改良したものが多く、猛と一緒に開発したものもある。
雄太の発火能力。推進力も得られるその能力を活かすために、猛は雄太と同じかそれ以上に頭をひねって考えた。
周介と行動を共にする以上、必ず鬼怒川のような敵と遭遇することになるだろうと予想した猛は、格上の変貌型能力者との戦闘において有効な手段がなんであるかを考えていた。
その時に、頭の中にすぐに思いついたのが、爆発による衝撃だった。
打撃は変貌型の肉体がクッションになっておおよそ吸収、分散されてしまう。斬撃は強固な肉体が防ぎきってしまう。だが、爆発による衝撃波はその肉体を突き抜ける。
雄太の装備、爆裂手甲は、文字通り腕に装備した状態で、手甲の部分に取り付けた爆薬を起動するというものだ。
今回雄太が求めたのは二つ。
爆破による衝撃を使って、相手を空中に吹き飛ばす事。周介のオーダー通り、相手をΛの眼前に吹き飛ばした。
そしてもう一つ。爆破の閃光と轟音によって相手の目と耳を一時的に麻痺させる。
相手は反応速度や反射神経はそこまで強化されていない。だが強化された体で一撃を受けてからその体を足場に使える程度の反応速度は持ち合わせている。
恐らく、Λの攻撃を前にしても同様の反応を取れるだろう。だからこそ、どこから攻撃が来ても反応できないようにする必要がある。
不意の一撃であれば、見えないし聞こえない攻撃であれば、反応はできないだろうと雄太は考えたのだ。
『よくやった。百点満点だ』
周介の声が聞こえてくると、空中に打ち上げられた能力者めがけてΛが襲い掛かる。空中で身動きがとれていない変貌能力者の体を掴み、各パーツに取り付けられているアームがその四肢を拘束していく。
拘束されたということを理解して、全力で力を籠め脱出しようとするが、もう遅い。
周介の第三の能力によって強化されたアームは、鬼怒川でさえ破壊することはできないのだ。僅かに蒸気が漏れ出ているものの、噴き上がるほどではない。
全力で破壊しようとするも、それができるほど力を籠めることはできていなかった。
『壊れるはずないだろうが。こちとらお前より強い変貌能力者相手に何度試験したと思ってんだ』
Δを開発するうえで、鬼怒川に多大な協力をしてもらった。その見返りとして何度も殺されかけたことを周介は忘れていない。
その怒りを今ここでぶつけてやると周介は八つ当たりをするつもり満々だった。
全力で押さえ込むΛに対して、当然全力で抗うのだが、相手が手足四本しか抗う術がないのに対し、押さえ込むΛの手は、通常の両腕に加え、元々人型だった時に取り付けられているアームなども存在している。
その一本に巨大なドリルを取り付け、高速回転させた状態でその肉体を削り取りにかかっていた。
目標は右腕だ。胴体を攻撃する必要はない。右腕に取り付けられている魔石さえ取り外してしまえば何も問題はないのだ。
高速回転するドリルが変貌能力者の肉体を削り落としていく。とっさに肉体を膨張させて防御しようとするが、完全に肉体を形成することができていないためか防御能力は低い。
必死に逃れようと試行錯誤するが、それらすべてをΛは押さえ込み、完全に押さえ込んでいた。
肉体が膨張しても逃げられないように本体部分を押さえるように力を加え続けている。
巨大な鉄の塊、普通の変貌能力者なら問題なく破砕できる。相手は魔石持ちだ。通常の機体であればあっさり破壊されているところだろう。
だが周介もまた魔石持ちだ。そうやすやすと壊されるような機体強度ではないのは既に実証済みである。
「兄さん、そいつ、殺すんですか?」
『殺すわけないだろ。こいつからも情報は搾り取る。ただ右腕だけは落とす』
ドリルに加えて逆側から丸鋸が展開し、その右腕の切除にかかる。
金属と変貌によって作り出された肉体がぶつかり合い、辺りに強烈な異音が響き渡るが、周介はそれを一切止めるつもりはなかった。
それは掴んでいる能力者の悲鳴が聞こえ始めても同様だ。
魔石を使って何をしでかすのかは重要ではない。別にそこまで気にすることではない。ただ、周介の怒りをぶつけるためだけに能力が発動し続けていた。
これほどまでに強い怒りを覚えたのは本当に久しぶりだった。だからこそ周介は止まるつもりはなかった。
雄太も、周介がこれほどの怒りを抱いているところを見るのは初めてであるためか、いやな予感が止まらない。
このまま相手を殺してしまうのではないか。そんな風にも思えてしまった。殺すつもりはないと言いながらも、それをしてしまうのではないかと不安が残る。
『05、腕を切除したら炎で焼いて塞いでくれ。失血死されても面倒だ』
「は、はい!わかりました!ただ……焼けますかね……?強化されてる体だと、焼くには相当強く炎を出さないとですが……」
『それは仕方ない。それに、魔石がなくなった瞬間、たぶん通常通りの能力の発動は難しくなるはずだ。その隙を狙え』
魔石がなくなることで一時的に能力の発動が難しくなるのは先の二人の能力者の挙動で確認され、既に報告が上がっている。おそらくこの変貌能力者も同様だ。
魔石がある状態から魔石がない状態へと変わることで、マナの制御が一時的にできなくなってしまうのだろう。
「ぉ……ぉぉおおお!」
拘束された状態で必死に抗う変貌能力者は四肢を拘束された状態で何とか攻撃を仕掛けようと肉体の生成に全力を注ぎ込む。
腕を動かせなくとも、足が使えなくとも、肉体を作り出して攻撃も防御も可能なのが変貌能力の強みだ。
作り出された肉体は未だ不安定ではあるものの、攻撃の意思を強く主張している。
自らの腕に襲い掛かるドリルや丸鋸を止めるべく襲い掛かるが、その攻撃は届くことはなかった。
「させるか!」
「いい加減大人しくしろ!」
作り出された肉体を取り押さえにかかったのは雄太と響、そして萌子の召喚獣だった。肉体は不安定であるとはいえ彼らが全力で取り押さえても動きを完全に封じることはできない。
しかし、時間稼ぎには十分すぎた。
『ナイス援護。いい仕事だ』
周介はその間に準備していたもう一つの兵器を発動する。
ドリルも丸鋸も、言ってしまえば囮だ。肉体をある程度削り取るのが仕事であり、肉体にダメージを与えるためのものではない。
一つのアームが腕の近くにやってくると同時に、それが放たれる。
轟音とともに打ち出された巨大な杭は、変貌能力者の右腕に直撃し、その腕を吹き飛ばした。
パイルバンカー。
今までのラビットシリーズにも標準装備されていた装備の一つだ。それがラビットΛにも当然のように搭載されている。
右腕に込められていた魔石を失った瞬間、自らの力を正常に扱うことができずに能力が強制的に解除される。
生身の状態になった瞬間、Λの手による拘束は能力者の残った手足を握りつぶしていた。変貌能力によって強化されていたその肉体だからこそ耐えられていたものが、唐突になくなればそうなるのは当然のことだ。
「07!召喚獣で拘束!あと止血!死なせるな!」
『わかってんよ!』
萌子の召喚獣が生身の能力者を取り込んで拘束していく。失った右腕から血を必要以上に出させないために一気に締め上げて止血していく。
「こちらラビット隊。三名の捕縛を完了!あとは……あとは……!?」
『落ち着け05。まだ状況は終わってない』
無線でそう告げた後、周介はΛの搭乗口から出てくる。そして何かを探しているかのように辺りを見渡していく。
「兄さん、相手はもう……いないってことで……いいんですかね?他の場所へ救援に行く必要が……?」
「……………………キャット01、ラビットシリーズを全部出してくれ」
『了解。出撃可能な機体全てを配置します。少々時間貰いますね』
『周介君?なにするつもりだい?救援に行くならわざわざ全部出さなくても……』
「いいえ。救援じゃありません。最後の仕上げをします」
次々とラビットシリーズの機体が現場に現れてくる。
練習機であるαを除いた、βからΛまでのすべての機体がこの場にそろう。
壮観。その言葉に尽きる。それ以外に何を言うこともできないほどに巨大な機体が並ぶその光景に、雄太たちは何も言うことができなくなってしまっていた。
『撮影会したい気分だね。今度イベントでやろうか。ラビットシリーズの歴史を振り返る意味も含めた鑑賞会。どっかの格納庫でさ、ずらっと並べて』
「そう言う話はまた今度にしましょうか。まだまだやるべきことがありますから」
いったい何をするのか。敵は今まさに対応している最中で、援護に行くのであればここでラビットシリーズを出すのは悪手である。援護に行くのであればすぐにでも動くべきだがそうではないという。
もう自分たちにできることはないのではないか。そう考えた時、雄太は猛の言葉を思い出していた。
この十年で猛に指導された中で、記憶に、印象に残っている言葉だった。
『いいか雄太。現場に出た時に絶対にやらなきゃいけない事はなんだ?』
『兄さんを守る事』
それは何度も何度も教えられたことだ。周介を守る事。それが雄太の役割であり、仕事だ。そして雄太自身がしたいことでもある。
『そうだ。その時お前は何に注意しなきゃいけないと思う?』
『……敵の動き?』
『違う。お前はずっと、大将の動きに気を付けなきゃいけない。大将はな、頭のネジが二、三本ぶっ飛んでんだ。お前が現場に出てるとき、何よりも警戒するべきは大将だ』
『敵じゃなくて?』
『そうだ。そういう意味じゃお前の敵は大将だ。何をしてもおかしくないからこそ、何をされてもすぐに対応できるようにしろ。俺たちが絶対にやらないようなことを、絶対にやる。そう思え』
自分の師匠であり、周介が最も暴れた時期に出向者として活動した猛の言葉は重い。どの出向者も、一度は彼の言葉を聞いて現場に出たのだ。
そしてすべての出向者が、その言葉が誇張などではなくすべて真実だったと悟るのだ。
出向者にとって、ラビット隊の前衛にとって最大の敵は守るべき周介である。
その言葉を雄太は思い出していた。
周介は何かをやろうとしている。それが何なのかはわからないが、ラビットシリーズをすべて出した。それが危険な信号だと、雄太は感じ取っていた。




