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雄太は焦っていた。
目の前にいる変貌能力者が放つ強烈な圧力。それは鬼怒川や周介が放つそれと同質のものだ。
放たれる攻撃一発一発が、雄太の能力では致命傷になるということを確信させる。
炎による推進力を駆使して襲い掛かるその脅威に対して、速度を重視して立ち回るからこそ何とかやられずに済んでいるだけだ。
そして萌子の召喚獣が時折盾としてその身を挺して守ってくれるからこそ、雄太は未だに無事でいられた。
召喚獣は破壊されたとしても復活できる。この場でどちらが身を挺するかということを、萌子の召喚獣は理解してくれていた。
相手も能力を完全にコントロールできていない。変貌能力における能力の掌握はそう簡単には行えない。それが慣れ親しんだ能力ならば問題ないだろうが、魔石による強化が施された状態で簡単に操れるほど変貌型能力は簡単ではないことを雄太は自分自身の経験から確信していた。
不完全、それでいて不格好。だが、それでも全身がその脅威に対して警鐘を鳴らし続けている。
一撃でもまともに直撃されたら終わると思えと自分に言い聞かせ、雄太はすべての神経を回避と相手の動きを読むことに傾けていた。
倒すなどという考えは対峙した瞬間に消え失せた。目の前にいるのは鬼怒川と同じだ。しかも鬼怒川のように手加減などしてはくれない。
自分の力を全力で向けてくることしか考えていない。
ただ、一度鬼怒川のその技量を見ているからか、動きは単純で、ただの力任せの攻撃に過ぎなかった。
力をただぶつけるだけで、相手を圧倒できる。
それを強く実感するが故に、雄太はそのすごさを実感していた。
ただ殴るだけで、地面が大きく抉れ、木々は粉砕され、周りにいるすべての生物に死を想起させる。
怖い。だが同時に思う。すごい。
目の前にあるのは力の権化だ。破壊の権化だ。雄太ではどんなに手を伸ばしても届くことがない遥か高みにいるそんな存在だ。
だが、そんな化け物よりもさらに先にいる存在を、雄太は知っている。
楽しそうに笑い、堂々と仁王立ちし、ただ力を振るうだけではない。研鑽を続けさらに遥かな高みに突き進む。
自らの力だけでは得られないものを知っていると言わんばかりのその技量を求めるその渇望の果てに至ったその姿を、雄太は知っている。
目の前にいる存在は脅威だ。確かに間違いなく雄太よりも圧倒的な格上だ。怖いし、この場から逃げたいとも思う。
だが、負けるつもりはなかった。
攻撃を回避し、下から突き上げるように蹴りを放つと同時に炎を噴出してその体を上空へと吹き飛ばす。
変貌型の弱点はよく知っている。空中に投げ出されていると何もできなくなるということだ。雄太のような特殊な能力を同時に持っていない限り、空中では落下まで何かをできることはない。
猛であれば体毛などを伸ばして即座に戦線復帰するのだが、自らの肉体形成もまともにできていないあの変貌能力者にはそのようなことは不可能だろうということはわかっていた。
「はぁ……はぁ……ふぅ……よし……よし……!集中……集中……!」
雄太は自分自身で生み出したほんのわずかな休憩時間に大きく深呼吸して集中を維持しようと努めていた。
圧倒的な威力を持つ攻撃を確実に避けるには高く集中を維持しなければならない。
速度も攻撃力も耐久力も劣る雄太ができることと言えば、炎と体毛による変化を駆使して相手の攻撃を回避し続けることくらいだ。
『05、大丈夫か?』
「まだ行けます。召喚獣は大丈夫ですか?」
『いくらでも盾に使え。あの野郎を他の場所に近づけないだけでも十分すぎる。ありゃ俺らの手に負えねえよ』
「えぇ……そう思います。けど……大丈夫です」
『大丈夫?何が?』
「俺らがあいつを引き付けておけば、他を、兄さんたちが片づけます。そうすれば、こっちが有利になることは間違いないですから」
『……なるほど、違いねえな。あとどれくらい全力で動ける?』
「こうやって休憩しながらでいいなら……あと十分くらいは」
『オーケー。あぁ、大丈夫みたいだ』
「なにが……?……っ!あぁ。そういうことですか」
地面から伝わってくる振動が、それが近づいてきていることを教えてくれる。
それは雄太達ラビット隊がよく知る振動だった。それが近づいて来ているということがどういう意味を持っているのかもよくわかる。
『こちらラビット01。05、07、無事か?』
「えぇ。待ってましたよ、兄さん」
巨大なラビットΛと響がこちらにやってくるのに気づいて雄太は僅かに安堵する。だがここからが本番なのだと、再び深呼吸して気を引き締めていた。
「相手の能力は変貌型。攻撃力防御力機動力共に高いです。オーガ級だと思います」
『オーガ隊の隊長より強いか?』
目の前の能力者は確かに強い。一撃まともに受けてしまったら、それだけで雄太の能力では戦闘不能になってしまうかもしれない。それだけの力を持っているのを肌で感じる。
だが、これだけは断言できる。
「……いいえ。あの人の方が、ずっと強いです」
それは単純な能力出力というだけの話ではない。もちろんそれがあることも否定しないが、そんなものでは比較にならない、絶対的に越えられない圧倒的な格が存在しているのだ。
「なら、俺たちが倒すぞ。あんなのにてこずってたら、あの人に笑われる」
いつの間にやってきたのか、雄太のすぐ後ろに周介がやってきていた。
「兄さん。下がっててくださいよ?あれは、やばいですからね」
「前には出ないよ。ただ、やばいかって言われると、微妙だな。圧が足りない。あの人はもっと、もっと怖かっただろ?」
怖かったという感想に雄太は同意するしかなかった。
体の奥から震えが湧き出すほどの圧が鬼怒川にはあった。どんなことをしても避けられないような技術があった。訓練であるというのに絶対に殺されると錯覚するほどの殺意があった。
「やるぞ、時間がない。とっとと叩き潰す」
「はい!」
周介は自らが操るΛの中に入っていく。Δ等と比べると圧倒的な大きさの違いを持っているΛだが、雄太はその性能を正しく理解していなかった。
Δと鬼怒川の戦闘は見たことがある。過去関西拠点の辰巳と戦闘したところも映像ではあるが見たことがあった。
その時はΔは全く勝つことはできなかった。
このΛでそれができるかはわからない。だが相手だって不完全だ。その能力を完全に操っているとはいいがたい。
勝機がないわけではないと雄太は気合を入れる。
『05、お前は援護に回ってくれ。あいつの相手は、俺がやる』
「え?兄さん、でもそれは」
『大丈夫。その為のΛだ』
空中に打ち上げられていた能力者がようやく落下してくると、着地と同時にすぐ近くまでやってきていたΛ目掛けて突撃してくる。
周介もそれを読んでいた。相手の突撃に合わせる形で拳を叩きつけ、空中でその体を殴りつけると地面に叩きつけた。
何度も木々にぶつかりバウンドしながら転がるその体は即座に立ち上がると再びΛ目掛けて襲い掛かる。
だがΛはその機体の大きさからは想像できないほどに機敏な動きを見せ、なおかつくる場所がわかっているかのようにその場所に攻撃を繰り出し、的確に攻撃を直撃させていく。
地上ではなく空中における衝突において、重要なのは質量と速度の差だ。
如何に強力な一撃を放てるとしても、数百倍数千倍の質量を有するΛとの衝突では勝負にならない。
確かに変貌型能力者の速度はすさまじい。鬼怒川のそれと比較しても遜色ないだけのものを持っていると周介も理解できる。
何せ周介の脅威を感じ取る感覚は、常に警報を鳴らしているのだ。あれを甘く見るなと。あれは危険だと。
幾度となく鬼怒川に追われてきた周介は身に染みている。何度も鬼怒川に殺されかけている周介は誰よりもその感覚を信用していた。
だからこそ確信できる。あれは鬼怒川と同種の強さを有した能力者であると。
だが単調すぎる。
一直線にやってくる敵は、脅威を感じ取れる周介にとってはタイミングを合わせるだけで迎撃できてしまう。
だが相手も真っすぐに向かってくるだけではない。
単調な一撃では迎撃されるとわかったのであれば、どこから攻撃されるかもわからない速度を出せばいいだけの話だ。
高速で側面に回り込み、胴体目掛けて攻撃を仕掛けようとするが、Λは即座に腕を盾にして防御を行っていた。
攻撃がくる場所がわかるのだから防御だってできる。
強い衝撃が機体に伝わるが、一切損傷は確認されなかった。
『よし……やっぱり問題ないな』
『あぁ。Λの設計思想のもう一つはクリアできそうかな?』
『えぇ、予想以上です』
「兄さん、大丈夫なんですか?」
『あぁ。もともとラビットΛは、こういう状況のために作ったものだからな』
『正確には違うけどね。Λは、紅第一の隊長にリベンジするために作った機体なんだよ』
ラビットΛの設計思想、コンセプトは二つある。一つは変形合体機構を組み込んでいる事。
そしてもう一つ。重要なコンセプトがある。
それは紅第一の隊長である辰巳に勝つために作られた機体だ。魔石持ちの能力者も圧倒できるだけの機体。魔石持ちの周介が、同じく魔石持ちの敵に対抗できるように作り出されたのがΛだ。
それも周介の魔石は他の魔石持ちの人間と比べものにならないほどの量である。
今こうして目の前にいる魔石持ちは、Λの試運転にはこれ以上ないほどの相手と言ってもよかった。




