0174
「ならこうしましょう。ドク、あんたは忠告も警告もした。それでいいじゃないですか。貴方は止めたんだ。それをやるのは危ないと、ちゃんと止めようとした」
「……その言い方は、まるで僕が止めたところで、やめるつもりがないみたいに聞こえるよ?」
「そんなことはありませんよ。んじゃ、俺はこいつと明日の打ち合わせをしなきゃいけないんで、失礼します」
「え?せ、先輩!?」
引きずるように周介をその場から連れ出す乾に、周介は困惑しながら部屋から出される。するとその部屋の入り口部分には玄徳が待っていた。
「玄徳、お前帰らなかったのか……?」
周介はあの時別れた玄徳はてっきりもう帰ったものかと思っていたのだが、この場に彼がいるというその理由を考え、そして察する。
周介が何かしようとしているのであれば、何か手伝えることがあるのではないかと考え、あとをつけていたのだろう。そして、乾がそれに気づいた。あるいは玄徳が乾を連れてきたか、そのどちらかだ。
「すいません兄貴、出過ぎた真似をしました……」
「……お前って案外心配性なんだな。ちょっと意外だった」
周介が笑う中、周介より先に部屋に出ていた乾の方を見る。
「乾先輩は、玄徳が連れてきたんですか?」
「違えよ。そこのデカブツが部屋の前でずっとそわそわしてたから何やってんだろと思っただけだ。まさか俺の話をしてるとは思わなかったけどな」
「すいません。でも、できるんじゃないかと思って……」
その可能性が、乾を危険にさらすという可能性までは考えていなかった。思慮深さ、いや、そもそもの考え方がまだ甘いのだろう。
不可能でなくとも危険な手しか思いつかないのだから。
「ま、あの人の立場上あぁ言うしかない。だからあの場はあれでいいんだよ。俺らは素直にあの人の忠告に従った。その後どうなるかは結局現場の判断だ」
「……え?」
「忠告に従って捕まえて、ついうっかり能力を発動しちまった。それなら咎めようがないだろ。うっかりなんだから」
「でも先輩、それは……」
危険だからやめておいたほうがいい。自分で提案しておいてそんな都合の良いセリフを吐くつもりはなかった。
だがそれを言わなければ、乾が危険に晒されるのだ。いくら提案した周介の思い通りになったからといって、それは容認できない。
そんな周介の気持ちを察したからか、乾は力強く周介の背中を叩く。
「いいんだよ!俺がやっちまうかもしれないことなんだから、お前が気に病むこともなければ、気にすることもない。ただあの先輩能力も制御できねえのかよって笑ってりゃいいんだ」
「わ、笑えないんですけど……」
「笑っとけ笑っとけ。何もしなきゃただ不満に思うだけなんだ。それは、毎回やってりゃ慣れるけど、お前みたいなのが来ないと、結局ずっと麻痺したまんまになっちまう。それは、あんまり良くねえよ」
能力者としての活動経験が多いからか、今まで不満に思うことも多かっただろう。だがそれでも組織の流れとして、体系として、どうしようもないことが多々あったに違いない。
だが彼は今までそれを飲み込んできたのだ。どうしようもないことだからと割り切ってきたのだ。
そうして、慣れていった。
周介はまだ慣れていないからこそ、こうして何とかしようとする。だが彼らは慣れてしまったがゆえに、何とかしようとする気すら起きなくなってしまったのだ。
そんな彼らが、周介を見て何かを感じたのは、仕方がないことなのかもしれない。
あの場でドクに対して回答を求めなかったのも、命令を待たなかったのも、そして今こうして自分のうっかりなどという言い方をしたのも、乾なりの気遣いなのだ。
誰の責任にもならないように。自分で考えて行った結果なのだとあとでどうにでもいいわけができるように。
しっかりと忠告を聞きいれたふりをして、ドクを立てた。そしてどうしようもないといいながらうっかりと自分で言って周介を守ろうとしている。
口は悪いが、乾は先輩として周介にも、そして組織そのものにも気を使っているのだ。
「ただあれだ、一応保険は欲しい。万が一の時、俺がやばそうだなって感じた時は、その時は、即座にその動物を殺せ。そうすりゃ俺の能力は強制的に解除される」
それは乾を守る最後の砦のようなものだ。能力をかけている動物が死ねば、乾の能力は強制的に解除され、脳への負担も最小限で済む。
動物を殺す。ペットを殺す。それがどういうことなのか、周介には想像もできなかった。
ペットは育むものだ。痛めつけるものでも殺すものでもない。それを殺すということがどういう意味を持つのか、周介はイメージができなかった。
「兄貴、その役、俺がやります」
周介が迷っているのを察したからか、玄徳が周介に申し出てくるが、周介は首を横に振る。
「いや、ありがとう。でも、それは俺がやる。俺がやらなきゃいけない」
先輩である乾を危険にさらしてまでやろうとしているというのに、自分だけが逃げるわけにはいかない。
周介は一種の覚悟のようなものを決めていた。