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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
番外編『世界の垣根を超え崩す』

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「まもなく目標地点。あと三分後に脱出する。全員、準備はいいか?」


 もう間もなく、グアムの上空に到着する。経過時間は五十五分。目標の一時間を切ることは問題なくできていた。


 とはいえ、随分と大地の移動は始まってしまっている。これ以上進めば、多くの大地が一カ所にまとめられるような大事態と変貌する。


 そんなことになれば、国際問題も大きく変わるだろう。日本がアジア大陸から離れ、グアムの方へと移動する。産業にも大きく影響を及ぼすだろう。四季だってなくなるかもしれない。そんなのはごめんだった。


「準備って言われてもな……本当に、大丈夫なのか?ってかなんだこれ」


 今回乗り込んだ全員が、装備の上からある外装を取り付けている。


 後付け装甲とでも言えばいいのか、その格所には周介が操作できる部品が大量に取り付けられている。


 噴出装置にアーム。そして各種発電機に装甲板を動かすためのパーツ。ありとあらゆる部分において、周介の操作できる部品をあえて取り付けたものだった。


 それが全身、頭の先からつま先まで、体の部位ごとに合わせて取り付けられている。


「ジャックと一緒に開発した、試作型のラビット隊の追加装備だ。俺の三つ目の能力を最大限活用するために作ったものだ。俺が能力を使うと……」


 試しに周介は近くにいた手越と福島の装備に第三の能力を発動する。すると大量の蒼い毛が湧き出てきて、二人の体をあっという間に包み込む。数秒と経たないうちに、二人の肉体は完全に覆われ、蒼い体毛を持つ獣人の姿へと変貌していた。


「おぉ、こんな感じなのか」


「あったかいな。変貌型の能力ってこんな感じなのか」


「超高速でいきなり外に出ると、すごい風になるからな空中分解することがないように、俺の変貌能力で包む。出る場所はジャックの後部。あと十秒で推力をカットする。あと……二分後に出撃だ」

 二分。二分でこの機体から離脱すると聞いて全員が気を引き締める。


「ただ、離脱した後も空中での移動が多少続く。なんせこれだけ高速で移動してるからな。可能な限り近くで離脱するけど、あまり近くで離脱しすぎると姿勢整える前に通り過ぎちゃうし」


「お前のところの三番手で減速できるんだろ?それでよくね?」


「やってもいいけど、自分たちが音速超えてるって自覚あるか?そんないきなり減速したら体へのダメージ半端ないぞ。加速した時だってきつかっただろ?それの逆。んでもって今度は俺らは風に叩きつけられるんだから」


 周介の説明に高速で移動したことのない面々はそういうものだろうかと半分は納得していないようだった。


 無理もない、風の威力というのは体感してみないことには実感できないのだ。特に音速を超えたあたりから、風の抵抗というものは武器や物体のそれとそう変わりないようにさえ感じられるようになる。


「ともかく全員着用は絶対。現場に着く前に死んだら目も当てられないからな。ラビット隊各面々は他のメンバーのフォロー頼むぞ。空中での移動に慣れてない人間が多い。俺らが全員を担いでいくくらいのつもりで動け」


 周介の言葉にラビット隊の全員が『了解』と返事をする。この中で確かにもっとも空中での移動に慣れているのはラビット隊だ。この追加装備の扱いも訓練で行っている。まだ空中での移動に慣れていない全員が空中から自由落下するようなことだってあるのだ。その際にフォローできるのはラビット隊だけである。


「特に05、この中じゃお前が一番空中での自由が利く。可能なら他部隊の人間を担いで移動してもらう。できるか?」


「できます」


「よし、任せる」


「はい!」


 不安がないかと言われれば嘘になる。だが今回参加しているメンバーの中で、空中を自由に動けるのは周介と雄太だけだ。


 この二人で上手く空中の他のメンバーをフォローしなければならない。


「03、お前は目標地点との距離を確認して適度に減速を頼む。全員の体に負担がかからない程度にな」


「了解です。着地はどうします?」


「小型のパラシュートを起動して姿勢だけ一定にさせる。それが完了したら噴出装置と推進剤で一気に減速する。減速完了高度は百を想定。最後の着地はこっちでやる。うまくいかなかったらフォロー頼む」


「了解です。降下まで一分。最終チェックはいります」


「降下まで一分了解。全員後部へ移動!」


 周介の号令で全員が機体の後部にある区画へと移動していく。その先にあるのは全員が一度に射出できるカタパルトだ。


 超高速で移動している機体で大きくハッチを開くのは危険であるため、ほんの一瞬、小さな開口を作ることでそこから人だけを射出するという形状をとっているのだ。


「機内の減圧完了。軌道修正完了。各員、射出用カタパルトへ。三十秒後に射出する。以降は無線での通話へと切り替える。無線最終チェック。返せ」


 周介の無線確認に全員が音声感度良好の返事をすると、周介の能力によりカタパルトが起動する。


「射出!」


 一瞬だけ開口したその僅かな時間に合わせるように、全員が機体の外へと射出されていく。


 瞬間、全員を包んだのは強烈な衝撃だった。それが風によるものだと理解するのに時間を要したのも無理のない話だろう。


 攻撃されたのではないかと思えるほどの衝撃に、何名かの能力者に動揺が走る。


 それほどの衝撃を受けても彼らが無事でいられたのは偏に周介の変貌型能力で包んだからこそである。


 この第三の能力がある故に、ラビットジャックは本格的に稼働したのだ。射出して人を逃がすにしても、音速を超えた速度で移動することによる衝撃波に人間の体は耐えることができない。


 その問題を外装に周介の装備を取り付けることで無理矢理解決したのである。


 推力を止めて多少減速したとはいえ、音速をはるかに超える速度で空中に投げ出されたらどうなるか、多くのものが体感していた。


 常に叩きつけられる空気の壁。周介の能力がなければ一体どうなっていたのか想像したくもないほどの強烈な衝撃。


 姿勢を保つなどできるはずもない。周介の装備がしっかりと四肢を固定してくれているからこそ、骨があらぬ方向に向かわないでいられるだけだ。もしこれがなければ手足はあっという間に向いてはいけない方向へと導かれていただろう。


 骨も折れ筋肉も千切れ、全身がバラバラになっていてもおかしくない。それほどの速度だった。


「各員聞こえてるな。これより姿勢制御に入る。全員体の力を抜いてくれ」


 無茶を言うなと全員が内心で文句を言う。全身がバラバラになってもおかしくないこの状況で、体の力を抜くなどということができるはずもなかった。だがそれでも、ここでそれをしなければ逆に危険なのだと、熟練の能力者たちは何とか意識して体の力を抜こうと努める。


 だが現場にまだ慣れていない新人たちは、ほぼ反射的に全身を強張らせて自分の身を守ろうとしてしまっていた。


 無理もない話だ。それが簡単にできれば苦労はないのだ。


 周介の装備が外側から体を動かし、空中での自由落下に適した姿勢へと変わっていく。


 だが、体を強張らせてしまっていた新人たちは、周介の装備の操作にも抗ってしまうほどに強く体を硬直させてしまうせいでそれが上手くいっていなかった。


 誰よりもそれを早く感じとったのは機体を操作している周介だった。


「05、新入りのフォロー頼む。体で包み込んで回収してくれ。うまくいっていない連中の装備を光らせる。そいつら全員回収だ。半分は俺がやる。半分は任せる」


『了解しました』


 空中を自由に動ける二人が空中での姿勢制御が上手くいっていない面々へと向かう。


 周介は噴出装置や推進剤を用いて、雄太は持ち前の能力で炎を噴出させて空を舞う。


 空中でもがく新人たちを周介はアームを駆使して回収し、自分の体に固定していく。雄太は自らの変貌能力を使ってその体の内側へ取り込んでいく。全員が回収できたところで、それを見つけた声が届く。


『グアムを発見。目視できます』


「やば、もう上空か。減速を始める。強い負荷がかかるから全員意識をしっかり保てよ」


 周介が装備を操って噴出装置や推進剤を用いて全員の体を減速させていく。当然急激な減速に、全員の体に多大な負荷がかかるものの、全員が意識を保つことができていた。


 現在の速度を確認しながら音速以下の速度になったところで小型のパラシュートを展開すると、全員の向きがすべて同じに変わる。


 小型のパラシュートは着陸用のそれではなく、減速用のもので完全に速度を緩めて空中散歩などをすることはできない。できたとしても人が落ちれば普通に大怪我をする程度の速度で落下する程度だ。


 だが、向きを一定に変え、その程度まで減速させることを目的とするならばこれ以上適したものもない。


 雲の切れ目から周介の目にもグアムの島が見える。一見すると何も問題がないように見えるその場所に、全員の体がどんどんと近づいていた。


 何せ先程まで音速で移動していたのだ。上空にいると位置関係はわかりにくいが、もうすでにグアム島のほぼ上空にいるのはわかりきっていた。


 そして遠くの海で巨大な水飛沫が上がる。それが何なのかは言うまでもないだろう。先ほど周介たちが乗っていたラビットジャックだ。うまく着水し、減速してグアムの島の近くの海で停止したようだった。

 と言っても、グアムの島から数十キロ離れている位置だ。もっとも、それでもだいぶ近くに落とせたというべきだろう。


「03、こっちでグアム島中心になるように位置調整して水平方向の減速する。垂直方向も直前になって減速するが、足りなかったら頼む。04は減速のタイミング頼む」


『『了解しました』』


 グアム島は島のおよそ中心の位置に空港がある。周介はそれを目印に位置調整できるように減速を繰り返していた。


「こちらラビット01より拠点へ。現在我々はグアム島の国際空港の上空に位置している。緊急事態により、空港の一角への生身での緊急着陸の許可を求む」


『拠点了解。もうすでに了承は取り付けてあるよ。空港の東側に森があるのがわかるかい?そこに着地してほしいそうだ』


「了解。位置調整する。ラビット01より各員へ。これより着地する。全員再度の減速に備えろ!」


 周介の声と、知与のカウントダウンが進む中、全身を風の猛威が包み込む。


 そしてそのカウントがゼロになった瞬間、噴出装置と推進剤による減速が行われ、一気にその速度を落としていく。


 木々がその風により大きく揺らされ、地面との距離が二メートルもないという高さで完全に減速を完了し全員が無事にグアムの大地に降り立っていた。


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