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「…………ドク、それは、そんなことは、起きないんじゃ……」
『起きないならいいさ。僕が心配性なだけだ。けど考えてみてくれ。世の中の能力者が、誰もが低いリスクで鬼怒川君と同等の出力の能力を得られる。そんな情報が出まわったら……それを得たいと考える人間がいても、不思議じゃないと思わないかい?』
「それは…………」
否定できなかった。あの研究者の能力も、出力だけで言えば恐ろしいものを持っていた。
魔石を取り込んでも、あの研究者は理性を全く失っていなかった。それどころか思考もさえており、なおかつ肉体の変異もほとんど起こしていないように見えた。
魔石が奪われてからそれほど時間が経っていなかったにもかかわらず、それほどの出力を簡単に出すことができるという事実に、良からぬことを考える人間が絶対にいないなどと、そのようなことを軽々しく口にできるほど、周介は楽観的ではなかった。
『あの魔石の真価を多くの能力者が知った時、たぶん、能力を強化した特殊部隊を作ろうとするものが多数出てくるはずだ。今この時代で、所謂英雄的な存在を求める流れを止めることはできない。マーカー部隊がそのいい例さ』
マーカー部隊として活躍している周介はその流れの本質を理解できた。
それはただ単に強い能力者というだけではないのだ。その能力者がいれば大丈夫だという、一種の安心感とでも言えばいいのか。象徴的なものが今のマーカー部隊にはある。
日本やアメリカのような、世界でも知名度の高い能力者部隊を保有するところもあれば、あまりうまくいっていない部隊もあると聞く。
そんな国が、自国のマーカー部隊を強化するために、周介と同化していた魔石に手を出さないと、誰が断言できるだろうか。
少なくとも周介は断言できなかった。
むしろあり得てしまう。それは十分にあり得ることだと、周介は冷や汗を止められなかった。
自分の魔石が、そんなことに使われるかと思うと、腸が煮えくり返る。
『組織の人間が手を出すならまだいいさ。これがもし、組織の人間じゃなくて……いや、組織を裏切ってでも力を得ようとするような人間が現れた時、今回のように、僕らは止めることができないんだよ』
「魔石の力は強すぎる……そういうことですよね」
『そうだ。強すぎる力は人の目を曇らせる。今までそんなことを考えてこなかったような人物だって、強すぎる力に魅せられて道を外してしまうかもしれない。そうなる前に、可能な限りそれを止めるためにも、魔石を回収しておきたい』
「……幸いにも、現地は俺たちが他国に先んじて一番乗り……魔石がどこにあるかはわからないとしらを切って、回収だけしてしまうと」
『そういうことだ。頼めるかい?』
魔石の一つ二つを回収しても、恐らく焼け石に水だ。
何せ周介と同化していた魔石は三メートル以上の高さがあった。この世界に細かく砕かれ、何百何千と散らばって保管されているだろう。
そんな中の数個を回収したところで。そんなことを考えて周介はその考えを止める。
何もしないよりはマシなのだ。少なくとも周介は、ドクのその考えを聞かされてだまっていられるほど、日和見主義にはなれない。
「ドク、俺の魔石が保管されてる研究所の場所はわかるんですか?」
『僕も個人的な伝手で何カ所か知ってるくらいだ。全ての場所はわからない。本当に、世界中に散らばってると思っていいよ』
自分の関わったものが未来の争いの種になっているという事実に、周介は歯噛みしていた。
あの時の自分の失敗が、あの時自分が捕まったから、あの時もう少し行動を変えていれば、あの時自分が死んでれば。
そんな風に考えて周介はその思考を止める。
「世界を救いたいだけだったのに……私は……世界に争いを残しただけだったのか……?私は……私は……!」
「……兄貴……?」
それは周介が意識した言葉ではなかった。どこかの誰かの、もう存在していない誰かの言葉だったのかもしれない。
周介の中には存在していないはずの誰かの、その声は誰にも聞こえてはいなかった。すぐ隣にいる玄徳にも、その声は聞こえていない。
だが、周介の様子がおかしいことは玄徳にも理解できていた。
救いたいと願って行動してきた。助けたいと思って今まで突き進んできた。
誰かを救えることもあった。感謝もされた。だというのに、自分の行動が原因で世界にそれを超える被害をまき散らし、今また世界に大きな混乱の種をまき散らそうとしている。
「ドク、魔石の回収は俺が責任をもって行います。フシグロ、今回の件が終わったら全世界にある、俺の魔石の所在を集めてくれ。手段は問わない」
『周介君それは』
『了解。いいのね?』
「あぁ。俺の始末は……俺が付ける」
その言葉に、その声を聞いていた全ての人間が背筋が凍るような感覚を覚えていた。
周介は覚えていないだろう。だが周介はそれを一度やろうとしたことがあるのだ。
ラビットΔを使って、魔石と同化している自分自身を殺そうとしたことがあるのだ。
この男はそれをする。誰になんと言われようと、それをする。
いったい何をしでかすつもりなのか、ドクには分らない。隣にいる玄徳にも、それを聞いているフシグロにも。
ただ、周介は既に決めていた。それをすると。誰に止められたとしてもそれをすると。
もう自分のせいで誰かが傷つくのを、これ以上見ていられなかった。これ以上、世界を混乱に突き落とすなど、周介にはできなかった。




