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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
番外編『世界の垣根を超え崩す』

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「よくもまぁ、そんな事を……!」


 周介はその情報を即座に全員に共有していた。


 隠匿能力を保有していた能力者の死体。それをバラバラにして、各所に魔石を埋め込む。


 能力を発動する死体というのは今までも存在していたが、まさか魔石を使ってその能力を強引に強化するとは思わなかった。


 人一人が隠れるだけでいいのなら、恐らく一センチに満たない、数ミリ程度の大きさの魔石でも十分だろう。


 どこから死体を手に入れたのかなどはわからない。研究所に保管してあったものか、仲間の一人か、あるいは偶然見つけた隠匿能力者を殺したか。


 どちらにせよはらわたが煮えくり返るような話だった。道徳的なことをあれこれ言うつもりは毛頭ない。周介はそう言ったことはどうでもよく、ただ自身が許せないという感情だけで十分に怒りを燃やせた。


『隊長……その……発見しました』


「あぁ……そうか……回収を頼む。02、その場所に人形を。魔石が埋め込まれてるなら、生身で触れないほうがいい」


 生きている人間ならばともかく、死んだ人間の体の一部に魔石を宿らせているとなるとどのような効果があるか分かったものではない。


 最悪、その魔石が触れた本人にマナを流し込むことだって十分にあり得た。


 だからこそ直接触れることだけは避けてほしかった。


「おい、お前の体の中にも魔石が入ってるな?どの部分だ?」


「…………」


「答えろ。出なきゃ見つかるまでばらばらにするぞ」


 拘束している雄太としては、そんな事を周介ができるとは思えなかったが、今の周介から放たれる怒気と威圧感は本当にそのようにするのではないかと錯覚させるだけの気迫がある。


 それだけ、相手が起こした事柄に怒りを覚えているのだ。


 かつて周介も、能力者の遺体を利用して事件を解決したことはある。それが必要な事であればする。倫理観や道徳心は二の次で、とにかく行動するのが能力者であり、組織の性質でもある。


 そう言う意味では目の前にいるこの男がとった行動は、実に能力者組織のそれにそぐうものだ。

 かつて周介がやったことと、同じようなことをやっているのだから。


 この男を責めるだけの権利は自分にはない。それがわかっているからこそ、周介はその男に不必要に罵声を浴びせることはなかった。


「右手だ……右手の……甲に、取り付けた」


「……05」


「わかりました。ただ気を付けてくださいよ?絶対に触れちゃダメですからね?」


「なんだそりゃ。フリか?」


「フリじゃないですからね!?絶対やめてくださいよ!?」


「わかってるよ。俺もこんな状況でさすがにふざけないよ」


 本当だろうかといぶかしみながらも、雄太は能力者の右手を拘束している体毛を操って表に出していく。

 そこには確かに、手の甲に小さな魔石が埋め込まれていた。


 大きさは一センチあるかないかといったところだろうか。それでもあれほどの能力出力を得られるのだから魔石というのは恐ろしいものである。


 ただ、一つ気になる点があるとすれば、マナを取り込んだ際に生じるはずの肉体の変異が、その右手には全く見られなかったのである。


 いや、魔石を取り込んでいる右手の部分に、周介の体にあるような蒼い筋のようなものがあるのは見える。だがそれだけだ。


 骨が露出していることもなければ、肌が変質しているということもない。その筋だけが脈動に合わせて蒼く明滅しているだけである。


「この魔石は……」


 その魔石を見て、周介は強い懐かしさを覚えていた。それは、先ほどまでずっと感じていた感覚と同じだった。


 そして実際に目にして、周介は確信する。


 これは自分と同化していた魔石であると。


「この魔石、取り込んでるのになぜ変異しないんだ?」


「その魔石は特別だ。私は詳細は知らないが……特殊な場所で採取されたと聞いた……その魔石は、生物との親和性が非常に高いんだ」


 生物との親和性が高い。


 どういうことだろうかと周介は疑問符を浮かべる。だが疑問を口にするよりも早く研究者は説明を始めていた。


「魔石はマナの結晶体。普通であれば空気中にある存在だ。マナは気圧や水と似た性質を持っていて、濃度の高いところから低いところへと移る性質がある。魔石は通常であればその形を維持する性質が強い。だが生物などに触れられると、途端にそのマナを解放するという特徴がある。元々多くの魔石が生物から精製されるからこそ、生物に触れた時に本来の形に戻ろうとするのが原因と言われているが、それもあくまで仮説だ」


 研究者や技術者というのは自分のよく知る分野のことになると饒舌になる。この辺りはドクと基本的には変わらないなと、周介はその解説を聞き続けることにした。


「その魔石は、どういう訳か生物に対して流れ込むマナの量を調整している節がある。魔石がそのような知恵があるとは思えないから、何かしら生成時に特殊な状態にあったということは間違いない。調整弁に近い性質を持っていると言えばわかりやすいか」


 わかりやすいかと言われても周介にとってはわかりにくい。ただ、周介と同化していた魔石が普通の魔石とは異なるというのは何となくわかった。自分と同化していた魔石が人を殺していなかったというのは喜ぶべきところだろう。


 もっとも、それでこんな事態が引き起こされているのだから周介からすれば複雑な気分である。


「その魔石、一体どれくらい使ってるんだ」


「……同様の性質を持っている魔石は、いくつかの研究所に保管されていた。ただ、同等の性質の魔石は、三つしか回収できなかった。だから、我々で、それを砕いて使っている」魔石の大きさを変えるのはそうそう難しいことではない。魔石の硬度自体は通常の鉱石と同程度でしかなく、強い衝撃を与えれば十分に砕くことが可能だ。


 そう言う意味では自分の使いやすい形に加工できると言えなくもない。


 ただどんなに小さな魔石であろうとも、内包されているマナの量は通常の人間が内包できる総量の数百倍近い。そのため、少しでも触れれば肉体がマナに適応しようと変質してしまうだろう。


 ただ、周介と一体化していた魔石はどういう訳か、生物が触れても多量のマナを流し込むことはないのだという。


「魔石の扱い方、よく学べたな」


「その辺りは試行錯誤だ。その結果、悲惨なことも起きた……」


 悲惨な事。どのような事かは想像に難くない。


 周介はこの十年の間、鬼怒川や葛城校長と言った生粋の魔石持ちによって指導されたからこそ魔石の扱いを十全にマスターできた。


 だがまともな指導者もおらず、どのように扱えばいいかもわからない存在を扱おうとすればどうなるか。

 マナを大量に体の中に入れ過ぎて、変質を起こしてしまうことだってあっただろう。


 いくら、連中が言うところの調整弁があったところで、自分からその限界を超えた量を引き出してしまえば意味がないというものだ。


 少なくとも、この世界で最大級の魔石を保有している周介はその辺りの危険性をよくわかっている。

 一歩間違えれば死ぬ。それくらいの綱渡りの状態なのだ。


 まともな指導も受けずに魔石の扱いを、しかも短時間で行おうとするなどと、綱渡りをしながらタップダンスを踊るようなものだ。間違いなく落下する。


 もっとも、落下した先にあるのは奈落なのだが。


「そんな危険な真似までして……こんなことを……」


「……人類が滅ぶかどうか、その瀬戸際に立たされているという自覚を、誰も持っていないんだ。焦りもする。仕方のないことだとはわかっているんだ。この十年で世の中はとんでもなく変化した。誰もがその変化について行けるわけではない。特殊個体のことだって、対応しきれないのもわかっている」


 世の中が対応しきれないのも無理もない。復興に合わせてこの世界は一気に変わりすぎた。十年の歳月はあっという間だったが、それでもまだ元の生活を取り戻そうとするのに精いっぱいで、新しい何かに対応するだけの余力がないのが実情だ。


「我々のしていることが、全て正しいことだとは思っていない。むしろ君が言ったように、多くの人を傷つける行為だ。必要な犠牲と割り切ろうが事実は変わらない。それは、長い事組織に身を置いていたんだ。よくわかっているつもりだ」


 彼が短絡的で、感情に身を任せて行動しているような人間だったのなら、周介が今まで何度も捕まえてきたような、考えるよりも先に行動するような人間だったら、こんなことは言わなかっただろう。こんなことは考えなかっただろう。


 だが、彼は研究者だった。考えることが彼の仕事でもあった。


 考えれば考えるほど、この世界が危険な状態にあることを彼は、彼らは知ってしまったのだろう。理解してしまったのだろう。


 だからこそ、彼の目には強い意志が宿る。


「それでも……我々はそうする。それを成す。そう決めたんだ。例え万人に過ちを指摘されたとしても、人類の未来の為に、我々が手を汚すと、そう決めた」


 それは一種の覚悟だ。


 自分が悪役になろうと人類に貢献するという覚悟。一体何が彼らをそうさせるのかそこまではわからない。

 ただ、人類を滅びの未来から救う。そんなことを考えているのだろう。


 その目が、そしてその意志が、かつての老人を思い出させる。かつて存在していた、周介が知らない、知るはずのない友人たちを思い出させる。


 理解できなくはない。単純に被害の差を考えれば、それをする理由も、それをしなければいけないという使命感も理解はできる。


 だが、だからこそ、それを認めるわけにはいかなかった。


「お前らの行動を許すわけにはいかない。お前らが何億って人間を救おうとしてても、そのために何万人って人間を殺すのなら……そんなことは絶対に止める。お前らは……次に何をするつもりだ?」


 先程の問いの続きだ。


 まだこの男とその仲間が何かを企んでいるのはわかっている。それが何なのか、それを把握する必要がある。


 だが、目の前の男は硬く口を閉ざしていた。


 こればかりは言うつもりはないのだろう。ただ、この男も研究者であったとはいえ組織に所属していたのだ。


 自分の意志で黙秘したところで意味がないことくらいはわかっているだろう。


「自白するか、無理矢理自供させられるか……どっちがいいかはわからないけどな……答えてくれ。俺は……もう人が死ぬのを見たくないんだよ」


 切実な、これ以上重い言葉はなかった。


 何億という人間を殺した周介にとって、自分の関わる件でこれ以上死者が出るのはごめんだった。


 目の前の男にだって良心の呵責がないわけではないのだ。それを超える覚悟と意思があるだけの話だ。


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