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周介達は会議を切り上げて小休憩を挟み、早朝の活動に向けて各々の部屋で休んでいた。
そんな中で寝付くことができずに雄太が起き上がってホテルの中を散策していた。
緊張、不安、高揚、そういったものが混ざり合ってテンションが上がってしまっているのだと、雄太自身も理解できていた。
そこまで広くはないホテルであるために簡単に散策は終わってしまう。少し外の空気でも吸おうと、屋上にあるテラスに向かうと、そこには先客がいた。
先にいた人物は、誰かが屋上に来たことを悟るとそのほうに視線を向ける。そこにいたのは周介だった。
長い髪を束ね、飲み物を片手に夜の街を眺めている。
「なんだ雄太。まだ寝てなかったのか」
「兄さんこそ。寝なくていいんですか?」
「俺は睡眠時間が短いんだよ。明日は六時から行動開始だ。もう寝ておいたほうがいいぞ?」
もうすぐこちらの時間でも日付が変わるころだ。もうそろそろ寝ないと明日が辛くなるというのはよくわかる。
だが、妙に寝付けない。
おそらくほかにも何人か、海外で活動したことがない若い能力者は同様の感覚を抱いている者がいるだろう。
ただそれでも、何とか寝ようと努めているものばかりだ。雄太のように散歩をしようとしている者はいなかった。
テラスには周介と雄太だけ。屋上を通り過ぎる風が二人を撫でる中、雄太は周介の横に座ると大きく息を吐く。
目の前の光景、人の営みの光景。日本の夜景とはずいぶんと違う。だがそれでもあの場所には人が生きているという確かな光景がある。
あれが、明日崩壊するかもしれない。
雄太はこの国にどれほどの人が暮らしていて、どれほどの人が被害を受けるのかもわからない。
だがそれでもあの場にいる人たちが被害を受けるとなると、多少なりとも背筋が寒くなるのを感じてしまう。
「あんまり気負い過ぎるなよ?こういうのはどうなっても仕方ないって割り切ってたほうが楽だぞ?」
「兄さんはそういう風に割り切れるでしょうけど……まだ無理ですよ……だって失敗したら……あそこの街全部……」
「そうだな。そうなる」
あえて周介はその先のことを口にはしなかった。
何が起きるのか周介もわかっている。これ以上雄太の精神に負担をかけないように、周介はあえてそれ以上具体的なことを言うことは避けていた。
「けどな、今までやって来たことと何も変わらないんだぞ?」
「え?」
「問題が起きるってわかって出動して、問題が起きるのは仕方ない。それを最小限にとどめる。日本でもよくやって来たことだろ?」
「それは……そうですけど……いや規模が違いますよ」
「同じだよ。むしろ日本の方が人口が密集してるところが多いから被害はでかいかもな。この間の特殊個体の一件も、俺らがあと数分現着するのが遅かったら死者多数の状況になってたかもしれないし」
それはそうかもしれないと、直接戦った雄太はよくわかる。まだ逃げだしてすぐの状態だったからこそ首都高の付近で処理できた。
ただあれがビル街のどこかに突っ込んだだけで大惨事になっていたはずだ。
そう考えれば、あの一件だって決して無視できたわけではない。
あの時も緊張しなかったわけではない。だがそれよりも先に周介の動向を気にし過ぎて、他の事に気が回らなかったというのが実際のところだ。
周介を守る。
それが雄太がラビット隊にいる最大の理由だ。
今までの実戦では本当に周介が何をしだすかわからなかったからとにかく周介を守らなければいけないという意識が先行し過ぎて他のことが気にならなかった。
ただ、今回のことはさすがに規模が大きいためか、周介のことだけを気にしているわけにもいかない。
「兄さんは、今回の件、どういう風に動くつもりなんですか?」
「どういう風に、とはまた随分と抽象的な聞き方だな……さて……どう動くかな」
周介はこの問いにどう答えるか、少し迷っていた。はぐらかしてもいい。だが雄太は真面目だ。はっきりと自分の考えを口にしてやったほうが雄太の為になるだろうと、周介はそう考えていた。
「今回の目的、覚えてるか?」
「……被害を減らすことと、相手の能力者を捕まえること」
「そうだ。南側に被害をもたらそうとする者達が変換の能力でもって行おうとしているなら、その能力者を捕まえて上空に連れて行ってしまえば、被害の拡大は防げる。早い段階で相手に接近して、気絶させるなり、能力が使えない状態にして、拘束して上空に連れていく」
「兄さんは、その補助を?」
「補助……っていうのかな……前衛はビーハイブ隊の召喚獣たちに任せて、俺はラビットシリーズを使って圧力をかける。視覚的に十分に威圧できるはずだ」
威圧。その単語を聞いて雄太はあの映像を思い出す。
映像越しでも恐怖を抱いたあの光景。全力で威嚇した時の光景。
周介が全力で威圧を放てば、当然周りの人間は意識せずにはいられないだろう。それが相手のリアクションを誘発する。そして同時に、こちらが見つけやすい隙になってくれるかもしれない。
ただそれは同時に、周介が囮になるということでもある。
「兄さんは別に離れたところからフォローしてくれるだけでも十分なんじゃ……わざわざ危険なことをしなくたって……」
「穴を掘るとかだったらラビットシリーズを使った方が早い。言っただろ?今回の動きは被害を減らすために時間勝負なんだ。即行で相手を捕まえないと」
緻密な操作を行うためには周介が近くで操らないといけないのはよくわかる。
だが周介の能力の操作は並ではない。数百メートル離れていたところで問題なく能力を扱えるうえに、ラビットシリーズの操作だって可能になるのだ。それを考えれば離れたヘリの中にいても問題はないように思える。
「それにだ、今回本気であれを動かすから、たぶん中にいたほうが安全なんだよ」
「本気で?」
「そう。だから機体内の方が安全。鬼怒川先輩の攻撃だって防げるぞ」
鬼怒川の攻撃を防ぐことができるという言葉は、訓練をした雄太からすれば信じられない事だった。
ラビットシリーズはただの機械だ。そんな機械の中にいて、鬼怒川の攻撃を防ぐことができるはずがないと雄太は確信していた。
だが、周介が言っているのが気休めでも、雄太を気遣っての言葉ではないことも理解できてしまった。
「なんか、奥の手があるって事?」
「そう。まぁほとんど実戦では使ってなかったから、そういう意味じゃ初めてじゃないかな。ともかく、安心してくれ。大丈夫だ」
周介の大丈夫ほど信じられないものはないと、かつて猛が言っていたのを思い出して雄太は複雑な顔をする。
「それにお前俺の事ばっか心配してるけど、お前も前衛になるんだからな?響と萌子と一緒に前に出てもらうぞ?」
「それはわかってますよ。それが仕事ですし」
「相手の戦力も未知数だ。そうなった時、俺に相手を近づけさせないのはお前らの仕事だ。その辺りは任せるからな」
周介に敵を近づけさせない。
今まで当たり前のようにやって来たことではあるが、こうして周介から明言されたのは珍しいことだと思って雄太は目を丸くする。
「いや、正確に言えば機体に近づけさせるなって言ったほうが正しいか。あれがなくなると、地中の敵相手に対抗手段がなくなる」
「へ?機体に……ですか?」
「そう。地中の敵相手だと、どうしても機械の方が効率いいからな。ビルド隊の人を急遽割り当てようかとも思ったけど……変換能力同士のぶつかり合いだと、どうしても出力の差がでかいからやめたんだ」
変換能力者同士が同時に同一の物体に能力を発動した場合、出力が高く、能力の操作精度が高い方に軍配が上がる。だが同時に動かそうとしているということもあり、両者ともに思ったように変換はできない。
今回相手は魔石の能力を使っている可能性が高い。そうなると能力の出力勝負では相手にならないかもしれない。
そんな状況にビルド隊の面々を割り当てるわけにもいかなかった。
相手の阻害という意味では、能力を発動すること自体には意味はあるだろう。だが、一気に飲み込まれる可能性の方が高いのであれば安全圏に避難しておいてもらってその後の復旧や救助で活躍してもらったほうがまだ活躍の機会は多い。
「だからって兄さんが前に出なくたって……」
「機体を遠方から操作してどうにかなるんだったらいいんだけどな。俺だって別に好きで前に出たいわけじゃないんだぞ?」
それは嘘ではないだろうかと、今までの周介の活動内容を知っている雄太は頭の中でツッコミを入れる。
少なくとも周介が現場に出ていた時に後方でおとなしくしていたことの方が少なかった。
単純に今いる前衛があまり頼りにならないとかそういうことであれば仕方のないことだと思うのだが、そういう訳でもなさそうなのが厄介なところである。
「敵の位置を割り出して突っ込む。相手も邪魔してくるだろうけど、鬼怒川先輩クラスの一撃でもない限りは余裕で耐えられる。機体強度は折り紙付きだ。何とかする」
「ドクがまた悲鳴上げるんじゃないですか?」
「それはいつものことだから大丈夫だよ」
製作班の人たちは毎回周介に泣かされているんだなと理解して、雄太は複雑な表情をしてしまう。
そして周介が立ち上がり、テラスから夜景を眺めて小さくため息を吐く。
「雄太、なんかあった時は頼むぞ」
「なんかって……なんです?」
「わからないけど、なんかあった時は真っ先にお前を呼ぶ。お前は常に俺の動きを気にかけててくれ。猛にもそう言われてるだろ?」
「それは……まぁ……」
師匠である猛にも、周介の動きを特に気をつけるようにと念を押されている。
だからというわけではないが、雄太も周介から目を離すつもりはなかった。
「ほれ、さっさと寝ておけ。明日辛くなるぞ。ベッドで横になって目をつむってるだけでも違うもんだ。休んでおけ」
「……はい。兄さんも」
「あぁ、俺ももう休むよ」
周介と雄太はテラスを後にする。あと数時間で夜が明ける。そうしたら、行動開始だ。
雄太は不思議と落ち着いていることに気付き、そのままベッドで眠りにつくことになる。




