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「ともかく、こっちの予知の情報を届けるために、そっちの情報も提供してほしい。あぁ、情報ってのは予知の方じゃなくて、現在の情報な。具体的には映像」
「映像?それは構わないが、どうしてまた映像を?」
「こっちの予知を得るために必要なんだよ。視覚的な情報があると未来が見やすい。感覚的な話だからどこまで影響があるかはわからないけど」
どこまで話をするべきか少し迷ったが、ここで足踏みして手遅れになるよりは踏み込むべきだと周介の勘が言っている。
美鈴には申し訳ないが、少々情報を漏らす程度でこの現場の状況を変えられるのであれば必要経費だ。
「わかった。こちらの映像をそちらに回そう。どうすればいい?」
「許可が取れれば大丈夫だ。フシグロ」
『任せて。情報はこちらで吸い上げる』
フシグロの声が聞こえた段階ですでに映像は美鈴のいるモニター室へと送られ始めている。
彼女の能力で何か新しい情報を得ることができるのなら、それだけでもありがたい。その情報共有の方法に関しては口頭説明だったり図示だったりといろいろとあるが、いかに情報をうまく伝えられるかが勝負だ。
ここでしくじると面倒なことになりかねない。
周介はそれをわかっていた。
「予知の情報は翻訳なりしてそっちに渡す。あるいは図示だな。それで大丈夫か?」
「問題ない。こっちからすれば直接予知の恩恵が受けられるのはかなり大きいんだ。それがアメリカにどういう影響を及ぼすのかは、わからないけど」
「その辺りはやってみないとわからない。少なくとも、今の体制じゃ事件の発生は止められない」
「……やっぱりそう思うか?」
「思うね。逆にこんな体制で未然に事件を防げるんだったら世の中の能力者犯罪はもっと防げてるよ」
能力者が起こす事件を止めるというのは非常に難しい。
一般人のそれが事前の準備などが必要なのに対して、能力者のそれは事前の準備などほとんど必要ないのだ。
後先を考えて逃走経路などを用意したりすれば準備も必要になるが、そう言ったことを全く考えなくていいのであれば必要なものは自分の体一つ。
一見して普通の人間と変わらない能力者を見つけることは不可能に近く、その能力発動は言ってしまえば本人が望めばすぐに使うことができてしまう。
止めることができるとすれば、その場にいて、すぐ目の前にいるときくらいのものだ。それでも止められないかもしれない。
能力の発動を未然に止めるというのは、個人が取れる行動の中で、もっとも単純な動作を止めろと言っているようなものだ。
特定の誰かがその場でジャンプするのを止めろ。そんなことを言われて、それができるような人間は少ない。
「俺らの行動はいつだって後手だ。今回もそれは変わらない。事が起きた後、どう行動するかだ。だからやることはいつものそれと変わらない」
だからこそ、能力者の事件というのは未然に防ぐことよりも、起きた後にどれだけ被害を減らせるかというところに終始する。
周介はそのスタンスを変えるつもりはなかった。今回も、恐らく止められない。相手の目的はわかっている。だが魔石を使われて広範囲で能力を使うということをやっている以上、止めることはほぼ不可能だ。
せめて魔石の場所がわかるのであれば話は別だが、研究所を襲撃しておきながら痕跡を残さないような連中だ。そんな奴らを事前に見つけられるとは思っていなかった。
「防げればそれが最高だろう?予知の力を使えば……」
「それで防げるなら、式典の事件だって、研究所の襲撃だって防げただろ?予知だって万能じゃない。俺たちの対応できる範囲にも限界がある。なら、できることをする。いつも通りに」
「いつも通りに……か……」
「変にいつもと違うことをしようとすると失敗するような気がしてな。今回みたいにでかい事件が起きるならなおの事、いつもの慣れた手順を踏んだほうがいいと思ってる。どうだ?」
「……なるほど、碌に態勢も整っていないのであれば、自分たちだけでもいつも通りに、か。うん、異論はないな」
予知の能力は、傍から見れば事前に情報を得ることができる素晴らしい能力だ。だがそれだって万能ではない。
この十年、特に美鈴の能力を活用するようになってからもずっと現場に出続けた周介はそれをよくわかっていた。
確かに能力の発動というものを、事前に止められそうになったことはある。予知の情報をかなり未来に設定し、事件が発生する直前に駆けつけたこともあった。
だが、結局事件は起きた。周介たちが知らされた状況とはまた別の形ではあるが、それはどうしても起きてしまった。
ラビット隊が現れた。あるいは近くにいた。その事実が現在の行動を変え、そして未来を変えてしまったのだ。
結局のところ、未来予知で見た予知を覆すことはできる。だがそれは起きた後に限られることが多いのだ。
むしろそのほうが効率がいい。予知で確認できないような別の事件に派生されるより、あえて予知の流れに乗って解決をしたほうが良い。
何より、今回の場合に限っては、周介からすればもっと別の問題もあった。
「じゃあ、今回は被害を減らすことに終始するのか?」
「それもある。けど、俺たちが目標とするべきは敵の能力者の確保だ。たぶんだけど、連中の行動はまだ終わらない」
一連の事件の規模からして、もっと大きな何かが起きると考えて間違いないと周介は睨んでいた。
魔石をあれだけ持ち出して、起こしたのが運河の拡張だけなどとそのようなことが起きるはずがない。
研究者の熱意と狂気はそんな簡単なものではないと周介は確信を持って言える。
自分たちの考えていることを実現しないと気が済まないような人間が、この程度のことで終わらせるはずがないのだ。
「それは……能力者を捕まえて情報を吐かせると?」
「そういうこと。尋問だろうと何でもやるぞ。世界が無茶苦茶になる前に止める。情報が得られればかなり有利に事を進められる」
予知の能力だけでは得られる情報に限りがあるが、敵の能力者を捕まえることができれば話は変わってくる。
場所さえわかればそこを重点的に。時期が分かればそれもまた同じくだ。
「能力者を探すのなら……変換能力の中心を探すのが一番手っ取り早いか」
「あぁ。変換能力が広がれば広がるほど探すのが難しくなる。能力発動直後を狙って探す必要がある。時間勝負だ。アメリカの部隊で、機動力と持久力があると言えば……」
「……あぁ、彼だな」
アメリカ部隊の中でもっとも機動力と持久力があると聞かれれば答えは決まっているようだった。
スターズの面々と周介の視線が、トイトニーに向けられる。
かつて周介が操縦する飛行機にも難なくついてきた。それだけの速度をトイトニーは出すことができる。
もちろん飛行機という文明の利器があってのことだが、それを部隊単位で一度に運用できるのが彼の強みだ。
「任せろ。どこにだって連れて行ってやる。場所さえわかれば、の話だが」
「そこはドローンと、アメリカとの映像共有と、後はあんまり口には出せない方法で何とかする」
「…………口には出せない方法というのは?」
「聞くと巻き込むことになるけどいいか?」
「いいや、やめておこう。俺らはまだ保身をしていたい」
いったい周介が何をしようとしているのかと聞かれれば、答えは単純。フシグロに頼むというただそれだけだ。
彼女の調査能力を最大限に生かして、衛星の映像などもフル活用させてもらう。本来であればそういうことをすると怒られたり国際問題になるのだが、この際そのような細かいことを言っていられない。
無人機でも何でも使いまくってとにかく場所を特定するほかないのだ。
そういう時に予知は役に立つ。能力を使ってその能力の中心地を割り出しやすくなるのだから。
「中心地が分かった時点で、すぐに現地に向かう。能力者を確保する。やることは単純だ」
「……それだと、今回の被害を受ける場所の救助は行わないということか?さすがに見捨てるのはどうかと思うが……」
「俺達日本は町のない場所を割り当てられてるけど、アメリカはどうなんだ?人のいる場所も含まれてたりするのか?」
「あぁ。一応街の部分が何カ所か。さすがにそこの被害を受けるのを無視はできないな。スエズ運河と同じであるなら、運河と隣接してる場所がかなりの被害を受けるだろう」
「そりゃそうか……たださ、思ったんだけど事前に一般人避難させられないのか?そうすれば一般人に対する被害は減らせる……けどあれか、それは逆に犯人に組織が行動してますよってアピールしてるようなもんか……」
「そう言うことだな。こちらの動きを察知されて行動方針を変える可能性がある。一般人を大移動させると、それはそれで相手の行動を変えてしまうからこそそういう対応がとれないんだろう」
一般人に避難勧告を出すにしたって、経済活動などを一切取りやめるとなれば期間限定にせざるを得ない。
だがそれは相手に予知の情報を与えるものになりかねない。それだけ組織側が準備をしているという情報を与えるというのは組織側からすれば損でしかない。
ただ、スエズ運河の例で言えば、運河から数キロにわたって海に沈み、沈んだ分の地面が山脈のような形となって隆起する。山脈の間にある渓谷のような形に強制的に変えられ、街も建物も何もかもが破壊されてしまうだろう。
被害は甚大だ。
そんな状態になるのを見過ごすことはできないが、敵側に情報を教えて未来を変えるというのもあまり良い状態とは言えない。
「連中の目的は一般人への攻撃じゃなくて、あくまで地形の変換だから、一般人に対して避難勧告を出したらそれに乗ってくる可能性も少なくはないけど……アメリカ側がそれをやろうとしてないってことは、それをやるのは逆効果って感じなんだろうな」
「その可能性も確認しているだろうからな。とはいえ、一般人は無視はできないぞ。スエズでの被害は数千から数万人に及んでいると聞く」
数千から数万。
以前の機械の暴走に比べればマシな被害だが、それでもこの十年の中では上位にはいる被害の数だ。
被害を最小限にすると言ったのは嘘ではない。だがその方法が少なすぎるのが欠点だった。




