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周介達は公園の芝生の一角にブルーシートやキャンプ用のいすや机などを展開し、ちょっとしたバーベキューを開いていた。
火を使うのはあれなので、拠点で作った料理をとにかく出していくだけなので、正確にはバーベキューではなくハイキングなどのそれに近いのだが、それでも屋外で食べる食事というのは悪くない。
当然、それをやってくれているのはキャット隊の隊長、言音だ。
「若、どうぞ」
「ありがとう。悪いな、色々出してもらって」
「いいえ。今は落ちついてるもんすよ。それに私も久しぶりにラビット隊とまったりできてうれしいっす。最近めっちゃ忙しかったから……」
言音は普段キャット隊の隊長として本当に忙しそうにしている。こうしてまったりと過ごすことができる時間というのは、もうかなり貴重になってしまったのだ。
少し前もあまりの忙しさにストレスがたまった言音がラビット隊にやって来たことはあった。
瞳が人形で介抱して、癒しを与えていたのを覚えている。
今まで一時的にでもラビット隊にいた中で、言音は一番の出世頭と言ってもいいだろう。小太刀部隊の中でもトップクラスに忙しい部隊になってしまったのだから。
スターズの面々も、周介達が出した料理に舌鼓を打っている。日本食だからあまり口には会わないかもしれないと心配もしたが、そんなことはないようだった。
「せっかくだからゆっくりしててくれ。俺はスターズと話してるから」
「了解っす。あ、姐さん、これも美味いっすよ」
言音がくつろぐ態勢になったのを見て周介は椅子をスターズの面々の方へと移動させながら座り込む。
「それで、今回はいったいどういうことなんだ?俺たちを引き合わせる。しかも別に仕事ってわけでもなく、こんな公園に……時間と場所だけ指定して、それ以外は特に指定をしてない。予知関係だと俺は睨んでるんだけど……」
「あぁ。その予想は合っている。こちらも正確に把握しきれていないんだが……今回のパナマ運河の件は、この時間、この場所でスターズとラビッツが会うことが、より良い結果を引き寄せるらしい」
どうして。と問われれば彼らもわからないと答えるだろう。未来というのは細かく分かれ、その原因に何があるかもわからない。
意味のないと思っていた行動が、回り回って、巡り巡って、どういう訳か明後日の方角に未来を持っていくことだってあるのだ。
周介も未来のことはよくわからない。だが行動によって結果が変わるということくらいはわかる。
スターズとラビット隊がこの時間この場所で会う。この行動自体には意味はないかもしれない。問題なのはそこから先に連なっている他の事象だ。
例えば周りにいるほかの一般人。あるいは何とはなしに出したこの料理かもしれない。
ありとあらゆる事象が絡み合って、不思議と導き出されるのが未来というものだ。
行動一つだけで決まるのではなく、それによって事象が連なり動き形作られ決定するのが未来だ。
アメリカにとって、良い結果を出すというのは悪いことではないからこそ、スターズというマーカー部隊を送り出してきたのだろう。
「ただ、気を付けてほしい。これは……ある意味身内の恥でもあるのだが」
「どういうこと?」
「うん……さっき、良い結果を引き寄せると言っただろう?あくまでこれは、アメリカにとって、というのが前提に入るんだ」
「…………それって……」
このパナマ運河はスエズ運河と同じく多くの利権がぶつかる場所だ。国同士、あるいは企業同士。何億何兆という金がこの場で動いている。
「今回起きるかもしれない……いや、予知してるんだから起きることは確定か。それを見越して、アメリカの利益を得る。場合によっちゃ、事件が起きることそのものを見逃すこともあり得るってことか?」
「少なくとも上役はそう考えてる。ただ、勘違いしてほしくないのは、それはあくまで上役の話。こっちにだってマーカー部隊としての意地がある。事件が起きるのを見逃すようなことをするつもりはない」
「……そうだった。すまない」
スタージョーの言葉に、周介は自分が失言していたということを悟りすぐに謝罪する。上役がどう考えているかはともかく、このスターズの面々は人々を救うということに関しては真摯に対応する人物たちだ。
その天秤の反対側にいくらの札束が積み上げられていようと、彼らは誰かの命を優先する。そんな人物だ。
今のような言い方だと、スターズにもその上役の意思が伝わっていて、その通りに動いているようなところを非難するような形になってしまう。
失言だったと、周介は反省していた。
「っと、いや、君が謝ることはない。むしろ謝るのはこっちだ。本来、これだけの規模の事件が起きようって時に、自分たちの都合を考えて行動させようとする上役が悪い。まぁ、そういう上との衝突があるから予知の情報を降ろしてもらえないんだろうな……ったくこれだから金にがめつい連中は……この間だって、スポンサーと話を通すためとはいえいきなりインタビュースケジューリングしてきたり……!」
そんな事を言いながらスタージョーはソーセージを噛み千切っていた。
トイトニーもそうだが、どうやらだいぶアメリカの姉妹組織の上層部に対してフラストレーションがたまっているようだった。
日本の組織でよかったと、この時は心底思ってしまった。
「それで、スターズとしては全力で行動するつもりと」
「そのつもり、ただやっぱり、予知の情報を得られないから現場での確認をしながらの動きになる。だから後手に回りがちだな。そっちは?」
「こっちは監視網を敷いて怪しい動きがあったらすぐに展開する。大量にドローンもってきてるから、パナマ一帯は監視網における」
「よく許可が通ったな」
「そこは上手くやったよ。幸い俺らはいろんなところで顔が利くからな。餌もそれなり以上にあるし」
周介達ラビット隊は世界規模で活動している部隊だ。基本は日本でしか活動していないが、時折海外にもいく。
さらに言えば広報活動と称していろんな国で活動したこともある。その中でラビットシリーズを動かしてニュースになった回数ももはや数えられない。
ラビット隊の知名度は世界各国のマーカー部隊の中でもトップだ。そのネームバリューを利用していろいろとやりたいと考える国や組織は多い。
もちろん普段であれば日本の組織側がそういった交渉をする。あまりにも無理だったり、無茶苦茶な要望は通さない。
だが今回のように周介の側から要望を通せば、逆に周介達への依頼を通しやすくするように組織側に働きかけることができる。
それを説明すると、スタージョーは呆れたように笑っていた。
「よくもまぁそんな……自分で仕事を増やすようなことを……」
「営業みたいなもんだ。誰にも見向きもされないよりも必要とされてたほうがありがたいだろ?こういう時に有名になっておくと得だよ。その分面倒は多いけど、逆にそれを利用してやるだけの話だ」
周介の考え方はいたってシンプルで、なおかつ逞しい。一度や二度、失敗したり躓いた程度では周介の心を折ることなどできないのだ。
手を変え品を変え、ありとあらゆる手段を使って自分のやりたいことを押し通す。
自分勝手にやるのではなく周りを巻き込んでそれを通すことができる。それはある意味周介の本質に近いのかもしれない。
逆に言えば、周介がその気になった時はそれ相応の準備をしないと、外堀から埋めてくるために覆すことが難しくなるという話である。
「あとは……うちの場合、予知の情報をダイレクトに届けてもらえるから、それだよりだな。そうすればまだ防げる可能性は上がると思う」
「こちらの予知とはまた別の予知を?」
「あー……いや、予知って言っても、まだ未熟だ。だから精度自体はアメリカの方が上だと思う。こっちの場合は、予知の精度で勝負じゃなくて、予知を覆す方での使い方をしたい」
「どういうことだ?」
「すでにアメリカ側で事件の解決か、あるいは静観か、方針は決まってるはずだ。その結果に沿った形で俺たちは今動かされてる。ってことは、おおよそ未来はその形で決まってるはずだ。だから、その予知をこっちで確認して、予知を少しずつずらしていく」
「そうか、予知の情報を知ったうえで行動すれば、多少なりとも知る前から未来は変わる」
「そう言うこと。こっちの予知の情報をそっちにも流す。情報があれば、いろいろとそっちでも考えられるだろ?統括指揮がないのなら、拠点からの指示以外は全部現場判断ってことにできる。上がなに考えてようと、現場で動くのは俺たちだ。止められるもんなら止めてみろっての」
周介の言葉に、スターズの面々は苦笑していた。
これだから周介は怖いのだ。現場での裁量権を最大限利用する。
「日本の組織が何で君を飼い殺しにしないのか不思議でならないな。現場でこんな好き勝手動く人間放置してたら大変なことになるだろうに」
「もう大変な事には何度もなったよ。その度に何とかしてきたんだ。そういう意味じゃ、信用されてるけど同時に信用されてないってところかな」
周介の場合、組織の上層部に信用されているかと言われると微妙なところではある。
だが実力と対応能力が高いために重用されてるに過ぎない。他に優秀で、なおかつ使い勝手の良い部隊がいれば間違いなくそちらを優先して使われることになるだろう。
ただ、ラビット隊の代替になる部隊がないのが現実だ。
実力面では信用されているからこそ現場に出されるが、現場で何をするかはわからないから信用されていない。
多くの現場でラビット隊が単体運用されないのがその証拠でもある。
「今回もうちの方から戦闘部隊と補助部隊それぞれ同行してきてる。ある程度色々頼めるメンツがそろってる顔なじみの部隊だから、現場ではある程度自由には動ける。けど本当に好き勝手はやらせてもらえないと思う。最後のストッパー的な感じか」
「なるほどな。身内に見張らせて止めさせるということか。なかなかえげつない方法を使うな日本は」
「そうでもない。手伝ってくれる戦力でもあるんだ。それにそいつらが止めるってなったら本当にやばいってことだから、それはそれでいい教訓にもなる」
何度も暴走しそうになった周介からすれば、誰かに止めてもらえるというのは自分を客観的に制止できるいい機会でもある。
感情的になりすぎるとどうしても体の方が先に動いてしまう節が周介にはある。
それを止めてくれるのはその性質をよく理解している、現場で何度か行動を共にしたメンツだけだ。
もういい歳なんだから自分でそれくらいできるようになれと言われればそこまでなのだが、そこは仕方がないと割り切っていた。




