1713
隠匿能力はその種類にもよるが、強化前の段階ですでに完成されているというか、相手から認識されにくくなるという点に関しては既に発動できている。
ではその上となるとどうなるのか。
どういう原理で透明になっているのか。どういう理屈で他者から認識されにくくなっているのか。その辺りが判明しないと判断できないことだが、単純な出力上昇に関してはドクたちが想像できないような状況になっている可能性が高い。
「なるほど、件のニューヨークの件、そして研究所の襲撃の件。どちらもこれだけ見つけられないっていうのが、隠匿能力の強化により引き起こされた可能性があると」
「あくまで想像でしかないので……ただ、魔石自体は砕いて細かくできます。隠匿能力者さえそろえれば、不可能じゃないんじゃないかなって、そう思いました」
「面白い意見だ。十分考えられる。実験の失敗から魔石集めをし始めるにあたり、そういうことをやってても不思議はないか……いやぁ面倒くさいね!単純な出力強化もそうだけど効果範囲の拡張だって十分以上に面倒くさい効果だよ」
どんな効果が発現するのかわからないためか、ドクはものすごく嫌そうな顔をしながらも考えを巡らせているようだった。
ただ同時に、そんなにたくさんの隠匿能力者を用意できるのかという疑問もあった。
「ドク、隠匿能力者への対策ってなんかないんですか?」
「あるよ。たくさんあるよ。さっきも言ったように隠匿能力者を見つけることは不可能ではない。準備が必要だけどね。でもそんなことをしなくても大丈夫な方法があるにはある」
「どんな?」
「いると思われる一帯を攻撃する。無差別の範囲攻撃さ。実際にその場からいなくなってるわけじゃない。確実にその場にいるんだ。ならそれを見つけ出すよりも攻撃した方が早いってこともある」
思っていたよりもずっと攻撃的な回答に、新人たちは少しあっけにとられてしまっていた。
そんなことが許されるのかと疑問符を浮かべる者もいるが、状況によってはそれも十分にありだ。
「言い方が悪かったね。もちろん一般人がいる時はそんな手段はとれない。それに攻撃と言ったけど、何も相手にダメージを与えることだけが攻撃じゃないんだよ。目的は能力を解除できればいいんだから」
「じゃあどうするんですか?」
「能力を発動するのには最低限の集中が必要だ。訓練でその集中の度合いはかなり軽減できるけれども……その集中を崩すだけでいいなら、何も傷を負わせる必要はない」
「つまり?」
「例えばそうだね……滅茶苦茶嫌な音を広範囲に大出力で放出とか。前に一度ノイズ隊にやってもらったことがあったね」
「あー……ありましたね、そんな事」
この中で何人か心当たりがあったのか、ラビット隊とアイヴィー隊の何人かが嫌そうな顔をする。
その数人はその音の攻撃を直接その身に受けているからよく効果をわかっていた。
「音?そんなので能力が発動できなくなるんですか?」
「人間の五感の中で、視覚に次いで情報量が多いのが聴覚なんだよね。耳から脳に直接得ているうえに、音は振動、耳を塞いでも振動で直接頭の中に入り込んでくる。前に人質とられて能力発動しっぱなしの能力者を捕らえるのに、ノイズ隊の力を借りて爆音で嫌な音を鳴らし続けたら、何秒だったかな?三十秒くらいで相手の能力が発動できなくなってたよ」
「三十秒……そんな短くていいんですか?」
「もっと大きな、スタングレネードみたいな鼓膜にダメージ与えるレベルのものであればもっと短くて済むかもね。けどあぁいうのは閉鎖空間で、しかも至近距離で一番効果を発揮するからさ。広範囲に垂れ流すってなるとちょっと弱いんだよね」
人間はストレスでも体調不良になる。集中を乱すのに音というのは案外バカにできないものだ。
個人が保有している独特のリズム、あるいは精神的なよりどころ、そういうものを崩すのに効果的なのが視覚と聴覚。能力者だって集中が必要なことに変わりはない。当たり前のように能力の発動ができているのだって訓練でそうなるようにしただけだ。最初は高い集中力を要することに変わりはない。
「でもそれだと現場に出てる人間全員に効果が発揮されるから、いやなんですよね……めっちゃ嫌な音だったし、不快っていうか……」
「まぁ、毎日訓練頑張ってる僕らと、野良の能力者だったら絶対に僕らの方が耐えられるからね。部の悪い賭けじゃないさ」
「現場の人間からはクレーム殺到しましたけどね。特にノイズ隊への」
「騒音部隊はいっつもあんな感じだよ。だから一緒に行動するやつが少ないんだ」
ノイズ隊が騒音部隊などと言われてしまうのはそういう側面が強い。要するに周りを巻き込みやすいのだ。
こればかりは仕方がないというほかない。そういう性質を持った能力者が多いのだから。
「今回の現場でノイズ隊にも協力要請しますか?」
「いいや、それはやめておいたほうがいいね。自分の国ならともかく、よその国に言って騒音被害まき散らしましたなんて笑えないよ。その辺りの対策は向こうに投げるのが一番さ。アメリカが上手い事調整するでしょ。むしろこの考察を各国にも伝えてあげないとね。隠匿能力の強化。されてたら面倒だよ」
「もう他の国も気づいてるかもしれませんけどね」
「かもね。でもこういう情報を流すことで、他の誰かもこういう考えに至ったんだ。自分の考えは間違っていないんだっていう後押しになる。物事を考える時って、賛同してくれる人がいると一気に変わるものなんだよ。フシグロ君お願いね」
そう言うものなのかなと新人たちは悩んでいたが、少なくともこういう調整をずっとやってきたドクの言葉は重い。
ここは任せておくのが正解だろうと全員がわかっていた。
「さて、可能性を論じるのはここまでにして……今度の出撃に関する基本の流れを伝えておこう。明日の夕方成田空港に集まってもらうよ。普通なら成田から一度アメリカまで行ってそれを経由するんだけど……今回は専用機を用意させてもらった。だから直行便だよ」
どのように現場に行くのかわかっていなかった面々は安堵したような少し残念なような表情をしている。
周介の飛行機でなかったことに安堵しているのか、それともわざわざ成田まで行かなければいけないということを残念に思っているのか。
どちらにせよ、飛行機での移動というのは時間がかかる。
転移能力で一気に移動できればいいのだが、国家間での転移は国際法でも原則禁止された。そういう手段を取れるのはよほどの緊急事態。それも国家間での大問題に発展した場合に限られる。
今回の場合で言えば、まだパナマでは問題自体は発生していない。それなら早めに動けばいいだろうの一言で済まされてしまう。
「ドク、装備はキャット隊の人にお願いするとして……個人的に持っていったほうがいいものとかありますか?」
「パスポートとかはこっちで用意したから、成田に集合した時に渡すよ。あとは……そうだね、まぁ暇つぶしとおやつくらいは持っていっていいかもね。向こうでの着替えとかも忘れないように。ちょっと危険な小旅行をイメージしてくれればいいかな。遠足気分はちょっと困るけど」
遠足気分で海外にまで行くような人間は少ないだろう。
そもそも状況が状況なだけに、そんな気軽に行動を起こすような人間はこの場にはいなかった。
「あとは現地についてからまずホテルへ。一晩ゆっくり休んでから時差ボケの修正をして活動に入ってほしい。あぁ、そうそう。ラビット隊の隊長には、別途で仕事があるよ」
「あぁ、前に言ってたやつですか」
「そう。スターズと会ってほしい。細かくは、向こうのホテルに着いたタイミングで何かしら指示があるだろう」
「……了解しました。向こうからの指示を待つことにします」
ドクにしてはずいぶんと大雑把な指示だ。やはり詳細までは伝えられていないのだろう。
伝えないことに意味がある。そういう思惑があると思ってまず間違いなさそうだった。
「ところでドク、今回の活動における統括指揮は誰がとるんです?指揮命令系統がぐちゃぐちゃだと、さすがに現場が混乱しますが……」
「そこがまた……ね……僕としても非常に困ってるところなんだよ。いや実際問題は現場で動く君たちが一番困るんだろうけどさ」
基本的に海外で活動する場合の指揮命令系統は、活動する前に活動先の国とその姉妹組織を含めて細かく調整を行わなければならない。
何せ海外の部隊が出動するのだ。海外での独自の取り決めや命令系統が存在しているために、齟齬が生じる可能性が非常に高い。
後々の軋轢を生まないためにも、こういうことは事前にはっきりさせておかなければならないのだ。
ドクが面倒そうにしているということは、事前の話し合いでも少々問題があったのだろう。
「今回、アメリカの部隊も出張って来てる。それも結構な大部隊だ。前に一部の人には話したけど、今回の件、パナマの姉妹組織じゃなく、アメリカの姉妹組織が主導で動いているんだよ」
「え?そうなんですか?」
「今回の現場ってパナマだよな?あれ?パナマってアメリカ……じゃないよな?」
「合衆国は北アメリカ大陸だろ。南大陸はブラジルとかそっちの方。パナマはその中間だから……?合衆国ではない、でいいんだよな?」
「でも大陸自体は北アメリカ、南アメリカって言ってるじゃん。南北それぞれにアメリカがあるんじゃないの?」
「お前それマジで言ってるのか……?中学で習うレベルだぞ……?」
アメリカの地理や事情に疎い新人や出向者、そして一部のメンバーも向こうの国際事情に関して話し合っていた。
「そう。その辺りがとにかく面倒でね。今回のパナマ運河も南北アメリカ大陸における海路の要所だ。当然利権関係ガッチガチ。南北それぞれの国から支援や救援がやってくる。特に復興が割と終わってる南側からね」
「あれ?でもさっき北から結構な部隊が出るって……」
「そう。アメリカとしてはさ、南側が復興が終わってて手札を出しやすい状況であるっていうのがわかってる。だからこそ主導権を渡したくないのさ。だからこそ、自分たちがしっかりと主導権を取りやすいように予知とかの情報を提供することで、情報面で優位を取ろうとしてる。ついでに部隊も差し向けて、合衆国は問題なく動いてるってところをアピールしたいんじゃないかな?」
「うわぁ……なんか国際関係のドロドロに巻き込まれてる感じがしますよ?」
「実際その通りさ。これを機にパナマに恩を売りたい各国、特に南側。北はまだ復興が完全に終わってないけど主導権を渡したくないアメリカ。いやぁ、今回のパナマ関係の仕事、面倒くさくて頭が痛いよ」
ドクが頭が痛いというのも無理のない話だ。
南北アメリカ大陸における海運の要と言ってもいいパナマ運河。これに強い恩を与える機会がやってきて、それにこぞって募集をかけている状態なのだろう。
しかも復興が順調な南側と、まだ一部しか復興が終わっていない北側。だが北側には大国であるアメリカ合衆国がある。
これだけの事態に全く介入しないという選択肢は彼らにはあり得ない。
とはいえどこまで部隊を捻出できるか。そこで予知の情報を小出しにして介入しているということだ。
なんとも狡いが、かなり有効な手段ではあるのは間違いない。




