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能力者戦においては情報がなによりも優先される。その情報が得られていない。ここまで情報を秘匿することが本当にできるのか、ドクとしても、そして幾多の現場を知っている面々も半信半疑だった。
ただ現に情報を得られていないという事実がある。この事実を覆すことはできない。
現代の索敵を得意とする能力者集団を相手に、それをする。どれだけ難易度が高いか周介達現場の人間が一番よくわかっている。
中にはまだ部隊新人や出向者で現場慣れしていないものもいるため、あぁでもないこうでもないと会議の邪魔にならないように小さな声で議論している。
「さて、今話した内容が現時点の状況だよ。君達はパナマに向かい、警備及び目標の捕縛、パナマ運河の拡張を止めるのが目的だ。ここまでで質問はあるかい?」
あまりにも情報が少なすぎてあっさりと終わってしまったブリーフィング。情報が少なすぎて逆に何を聞いていいのか、何を聞くべきなのかを迷ってしまう。
そのせいか、多くの者が手を上げることはなかった。
そんな中、特に事情に関して明るくない、現場慣れしていない新米や出向者が口を開く。
「ドク、俺ら隠匿能力ってよく知らないんですけど、そんなにやばいんですか?」
「あぁそうか。あんまり拠点にいると認識しにくいよね。うちで言うとギリー隊がそれにあたるかな。一般人相手に見えなくするとかそういうことができるんだ。例えば、今ここの部屋の四隅に人が立っているよって言って、君達は見えるかい?」
「え!?いるの!?」
「いやいないよ。けど、そういう風に堂々と立ってても気づけないとか、そういうレベルの能力を使うのさ」
へぇーそうなんだと、新人たちが感心した声を出している。こういう確認や、ちょっとした雑談もブリーフィングでは必要なことだ。
どんな小さな会話がきっかけで新しい考えが浮かぶかもわからない。あらかじめわかっていることだけを前提に話を進めると、案外落とし穴が見つかるものだ。
特にこうやって知らない人間に話をすることで、新しい気付きを得られる。
人間の思考とは面白いもので、ドミノ倒しのように全く別の方向に進むこともある。こういう会話こそ大事だということをベテラン勢もわかっているからこそ、誰もそれを口に出すようなことはしなかった。
「じゃあどうやってそれを見破るんですか?隠れてるんじゃ見つけられないってことですよね?」
「隠匿能力にも種類があって、その種類によって対策はできるんだ。透明になるだけなら通常の索敵で見つけられるし、認識阻害であればカメラには映る。複合されててもサーモみたいな体温を察知できるものにも映る。見つけ方はたくさんあるんだよ。問題はそのためにちゃんと対策しなきゃいけない事なんだけどね」
「へぇ……じゃあ……カメラがない場所に行けば映らないし、認識阻害とか使われたら見つけられないんですね」
「そう。だからこそ、今回みたいにドローンや無人機を展開して探し出そうとしてるのさ。隠匿能力だって完璧じゃないからね」
隠匿能力は完璧ではない。だが同時に索敵能力だって完璧ではない。能力に対応した形での索敵を行わなければいけないためにどうしたって準備に時間がかかるものだ。
新人たちはじゃあどうすれば隠れ続けられるのかと考えていたところで何か気付いたのか手を上げる。
「じゃあ、地下とかにトンネル掘って認識阻害使えば、相手の居場所はわからないってことですか?」
「まぁそうなるね。ただ、その人は見つけられなくてもトンネルは見つけられる。なんだこのトンネルは!?って感じでね」
「あ、そっか。じゃダメか……んー!なかなか難しいな」
トンネルを作って侵入するというのは古典的ではあるが十分に可能性はある内容だ。
ただ索敵能力者の多くは地上地下関係なく発動できるために不自然なトンネルができていれば当然気付く。
さすがにそこまで索敵班だって無能ではない。
「じゃあ、元々あった、自然の洞窟とかに潜伏してたらどうなんです?それだと見つけられないですよね」
「あー……そこは確かに頭の痛い話だよね。地形関係に関しては僕らも完璧に把握しているわけじゃないから、それだと見つけられない可能性はある」
元々あった潜伏できる場所に加えて、隠匿のための認識阻害を使われると確かに見つけることは格段に難しくなる。
ただ、先日のニューヨークの一件もそうだが、研究所の襲撃でもそれらが都合よくあったとは思えない。
さらに言えば、その痕跡なども追うことができていないというのは異常だ。何かしらの理由があると思っていいのだろうが、それがわからないのが難点だった。
「あと、すっごい強い認識阻害の能力って今までどんなのがあったんです?」
「そうだな……ここにいるメンバーでそれを体感したのはラビット隊かな?以前それで目標を一人取り逃がしたこともあるくらいだよ」
ドクの言葉に新人たちは驚いている。ラビット隊と言えば組織の中でもかなり上位の部隊になっている。
現場に出れば大抵事件を解決に導いているために、それがまさか失敗したことがあるとは思わなかったのだろう。
実際は失敗しまくっていて、たくさんの能力者を逃がしたことがあるのだが、その辺りはわからない部分も多いのかもしれない。
「ありましたね。あれは本当に気づけなかった。目の前にいたはずなのにわからなかったんです。後で装備についてるカメラを確認するまで全く…………」
周介はその時のことを思い出そうとする。
十年以上前のあの時。アパートの一室。中に突入した時、本当にそこに人がいるなんて思いもよらなかった。
少なくとも周介の目にも、その場にいた他のラビット隊のメンバーも、それを認識できずにいた。
「だから認識阻害系の能力者が突発的に出てこられると一番面倒なんだよ。それも今回のことを確認する限り、複数人要るんじゃないかって思えるしさ」
「そんなに簡単に仲間にできるものなんですか?俺ら一度も会ったことないですけど……」
「表立って会うのは難しいだろうね。少なくとも組織の人間は裏の能力者たちにはめっちゃ嫌われてるから。基本それらしい人間がいたら逃げるし」
「なんで組織から逃げるんだろ……やっぱ犯罪やってるって自覚あるからかな?」
「一度やらかした人間はそうそう簡単に更生させられないしな。それに何されるか分かったもんじゃないから、向こうからすりゃ怖いんだろ?」
「その辺りは仕方ないよね。特に隠匿能力なんて何でもし放題の代名詞みたいなものだから」
ドクたちがそんなことを話している中、周介は今回の時系列をもう一度確認し直していた。
特殊個体の封じ込めを行った結果、それが特殊個体の繁殖を促した。そして研究者たちは土地そのものを動かして特殊個体の発生源と目される原発を移動しようとして失敗した。
その後研究者は失踪。その後ニューヨークでの件の式典の一件が起きた。同時に研究所も襲撃され、その後世界各地でも同様に研究所が襲われた。
一つ、気がかりがある。確認が漏れていた可能性がある。
「フシグロ、研究者たちが失踪した時の記録ってどのくらい残ってる?」
『どのくらいって……だいぶ隠蔽されちゃってるからデータも残ってない。身内の恥は隠しておきたいってことでしょ』
「じゃあ、失踪した研究者がいた研究所って、この間の襲撃で襲われたか?」
『……襲われてない。無事よ』
「その研究所には、元々魔石は保管されてたか?」
『されていた。間違いなく』
「なのに襲撃されなかった。一番構造が分かりやすくて、攻め込みやすかったはずなのに……なんでか」
『…………もうそこに魔石がないってわかってたって事?失踪した時、一緒に持ち出した?』
「可能性としてはあるかなって……ひょっとして、ニューヨークのあれも陽動じゃなかった……?実験の結果……?でも同時に研究所自体は襲われてる……その結果魔石がなくなって……でももし初期段階で魔石を持ち出してたら……魔石での強化を目的としてるなら……待て、魔石で強化……?」
自分で口に出していて、周介はいくつか疑問が生じる。いや、自分の考えが正しいのか、あるいはどうなるのかがわからず答えがわからないと言ったほうが正しい。
「ドク一ついいですか?」
「お、なんだい?どんな意見でも歓迎だよ?」
新人たちの会話で何かを思いついたのだろうかと、全員の視線が周介に集中する。
「相手が研究所を襲って魔石を奪ったのは確実だと思います。研究者が失踪した段階でも、魔石を持ち出していたと仮定して聞いてください。どうなるのかがわからなくて」
「ふむ……そういう状況も十分にあり得るね。それで?」
「隠匿系の能力を魔石で強化するとどうなるんですか?」
今まで変換能力を強化するものとばかり思っていたが、隠匿能力を魔石で強化するとどのようになるのか。
今まで能力が過剰供給状態で強化されていたり、魔石を保有している人間には何人か会ったことがあるが、その中に隠匿系の能力者はいなかった。
今回の敵が複数人隠匿能力を持ち合わせているとしたら、そしてそれが魔石で強化されていたら。
厄介という言葉では片づけられないほどに面倒なことになるのではないかと周介は勘ぐっていた。
「なるほど、隠匿能力が魔石で強化されてた場合か……いや……それは……ちょっとわからないな……!どうなるか想像もできない!能力によると思うんだけどさ」
「え?でもドク、能力の強化って出力と射程距離と、後効果時間?の強化じゃないの?」
「あと新しい能力を得たりってのも聞いたことあるぞ?やばいのはむしろそっちかな?」
ドクの言葉に新人たちがあれやこれやと話をする中で、ドクだけが非常に難しい顔をしていた。
「いやさ?強化される前の段階から僕らは認識できてないんだよ?例えばさ、透明になる能力がその効果範囲を広げるってんならわかるよ?でも出力を上げるってなるとどうなるの?」
「どう……なる……?」
「最初から透明だったものが、より透明に?」
「いや、それ意味わからなくね?だって元々透明なんだし」
「同じようにさ?認識できない能力の効果範囲の拡張はわかる。わかりやすい。けど出力を上げた時どうなるの?さらに認識されなくなるってどういう風に能力が発動されるの?わからないんだよこれが」
姿を隠す。認識されにくくなる。その能力を更に強化した時どうなるのか。今まで誰も考えてこなかったようなことだ。
組織内においては完全に裏方と言ってもいい能力だったため、敵側にいることを想定して攻略することは考えても、そこから先を考えることはなかった。




