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一度話の流れが決まってしまえばそこからの展開は早かった。
アメリカの予知のチームがその情報を入手するのに時間はかからず、事前の根回しの結果周介は早々に上層部に声をかけられることになる。
「アメリカの姉妹組織から指名があった。ラビット隊に救援要請及び協力依頼だ。出撃は可能か?」
「問題ありません。出撃はいつからですか?」
「三日後だ。それまでに準備を整えておいてほしい」
「了解しました。では三日後の正午に日本から出発します」
なんとも淡々とした受け答えだ。何せこんなものは形式的なものに過ぎない。何せ周介の根回しの関係ですでにいろいろ決まった後の話なのだから。
上層部としても、今回の件に関しては既に周介があらかじめいろいろと手を回していた関係で完全に後手に回っている。
この十年で周介は多数の国や機関にコネを作った。現場や上層部問わず様々なつながりを作ってきた。
そのコネをフル稼働させれば、多少の根回しをするだけで望んだ結果は得られるだろう。もちろん現場に出るという思惑に限られるのだが。
「ところで、アメリカ側からの要請は何かありますか?具体的にこうしてほしいとかそういうのは」
「……一応来ている。自然破壊などを極力しない事。それと、現地部隊、スターズと一度会ってほしいというものだ」
「スターズと?」
ここは周介も少し予想外な回答だった。
スターズはアメリカに存在しているマーカー部隊の一つだ。先日の式典でも顔を出していたのを覚えている。
スターズと周介達ラビット隊は面識がないわけではない。トイトニーの関係で、何度か一緒に活動したこともある。
だがなぜ会ってほしいなどという奇妙な言い回しをするのか。
協力してほしいということではなく会ってほしいという部分に何か引っかかるものを感じる。
別に罠とかそういうことはないとは思うが、どうにも何か別の思惑がありそうだった。
「会ってどうしろと?会うことくらいであればいくらでもやりますが……」
「その先は我々も聞いていない。あくまであってほしいとしか言ってはいなかった。何かしらの意味があるとは思うが……」
上層部もそのあたりは把握していないようだった。
アメリカと日本のマーカー部隊を引き合わせるそのこと自体に意味があるというのであれば既に何度かやっている。
このタイミングでそれをやるということに何かしらの意味があるのだろうかと周介は考えていた。
「会うことで何かが起きる……そういう予知をしたと?」
「こちらとしては何とも言い難い。ただ、あえて情報を深く伝えなかったことに意味があるとすれば……」
予知というのは対象に情報を伝えるだけでも変化が起こることがある。情報をあえて必要以上に伝えないことで未来を確定させやすくするという意味が含まれている場合もある。
周介が考えるように、アメリカの予知チームが何かを見つけたのかもしれない。もちろん、別の思惑がないとも限らないが。
「アメリカ側が情報を伝えないことに意味を持たせたということですか。こちらでそれを察することができるようにと?」
「それも不明だ。しかしこの状況でわざわざ情報を隠す意味があるとも思えない。こちらからもスターズとの接触で何をするのかと問いかけたが、答えられないと明確に返事が返ってきた。向こうもその理由を把握していない、なんてことはないだろう」
「ってことは、意図的に情報を封鎖していて、その理由もある。伝えられない何かがある」
世界の危機と言っても過言ではないこの状況下で、協力を要請する側にもかかわらず情報を伝えないというのは奇妙すぎる。
疑ってくれ、怪しんでくれと言っているようなものだ。
ただ、日本とアメリカの組織間は割と良好な関係だ。これから協力しようという中でそんなことをする意味はない。
否、意味があるとすれば、可能性は限られる。
「ラビット隊はこの情報を前提に動いてくれ。スターズとの接触の時間も既に指定されている。この件について情報収集をするか否かも、君に一任する」
「……了解しました。聞く限り結構面倒くさそうなんだよなぁ……」
わざわざ情報を封じてきた。そしてそれに意味がある事もわかっている。
ここで情報を収集しても恐らくいい結果にならない可能性もある。
予知能力の性質を周介がよく理解しているからこそ、そのように判断できるが、他の人間相手だったらとにかく情報をよこせと言っていたかもしれない。
「ちなみに場所は?会う場所は決められてるんですか?」
「あぁ。場所はパナマ近郊。一度アメリカを経由するかとも思ったが……」
「……というか、パナマの姉妹組織はどういう動きを?アメリカが要請出してきてる時点でちょっとあれなんですけど」
「その辺りはあちらの組織事情というか……内情というか……北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の中間にはいくつもの小国がある。それらに対しても補助、協力しているのがアメリカの姉妹組織だ。幅を利かせていると言えばその通りで、まぁ……向こうは向こうなりに特殊な体制を作っているということだ」
アメリカが幅を利かせるというのは別に違和感はないとはいえ、自分の国のことに関してそこまで口を出されるのはいい顔はしないのではないかと思えてしまう。
南アメリカ大陸の国はどうなのだろうかと、周介は疑問符を浮かべていた。
「今回パナマ運河の方で活動をするうえで、パナマの姉妹組織や政府から何か要請は?どこまで壊していいとかはありますか?」
「壊す方向で話を進めるな。パナマ運河をスエズ運河のようにされるというのはかなりまずい。運用が厳しくなるようなことは避けてくれ」
「でも、スエズの方も船が通る分にはむしろ都合がよくなってる気がしますが?そのあたりはどうなんです?」
「運用ができるかどうかは船が通りやすいかどうかではない。まぁ幸いにして、パナマ運河はスエズほど長くはない。約六十キロ。その中で問題がないかを確認し続けるんだ。問題がなければそれでよし。問題があるようであれば解決。シンプルなものだ」
随分と簡単に言ってくれるなと周介は内心舌打ちしていた。
六十キロという距離は短いようで非常に長いのだ。東京湾の大きさとほぼ同じ。それらを延々と見張れと言われてもそう簡単に行くはずがない。
少なくともそれだけの距離を見張り続けろなどというのは正気の沙汰ではない。
「日本側から出撃していいのは何部隊ですか?」
「君達ラビット隊を含めて四部隊とする。どこの部隊がいいか、意見を聞かせてくれれば検討もしよう」
「オーガ隊は連れていけますか?」
周介はまずオーガ隊を連れていけるかどうかを確認する。これは絶対に断られることがわかっているが故の交渉だ。
「オーガ隊は却下だ。さすがにあのあたりにも大きな街がある。そんなところに爆弾を落とすわけにはいかない」
「ではBB隊は?」
「BB隊は別の仕事についてもらっている。残念だが参加は不可能だ」
暴れまくるオーガ隊と違ってBB隊は非常に理知的な行動が多いために相変わらず重宝されている。
ここもまた、承認されないだろうと思って周介が提示した、いわば仮の要請だ。BB隊に関してはついてきてくれればだいぶ楽になったのだが。
「ではミーティア隊、ビーハイブ隊は?」
「その両部隊であれば対応可能だ。要請を出しておこう。他には?」
「アイヴィー隊も連れていきたいですね。それと補助にキャット隊を」
「まぁ、キャット隊は常に補助をしてもらってるからいいだろう。アイヴィー隊を連れていく理由は?」
「単純に索敵の手を増やすためと、人が多い場所などでの手数を期待しています。こちらだけでは手が回らなくなる可能性があります。現状の編成だと、索敵要因と全体の補助ができる人間が必要不可欠です」
前衛を張れるものがビーハイブ隊の召喚獣とラビット隊の数名しかいないのだ。ただ戦闘に全部利するのもリスキー。その分補助にも戦闘にも加われる人員がいてくれると周介としては非常にありがたいところでもある。
「わかった。承認しよう。くれぐれも気を付けてもらいたいが、現地部隊との連携を忘れるな。南北両大陸の精鋭部隊が集まることになる」
「了解しました。無茶をしないように気を付けましょう」
本当にそんなつもりがあるのだろうかと周介の癖を知っている上層部の何人かは怪訝な表情をする。
周介だって今回無茶をするつもりはない。未来予知でどのようなものが見られたのかもわからないのだ。
下手な行動をとって妙なことになるよりはまず様子をうかがいたいと考えるのが自然だろう。
「これだけの広範囲を確認させるんですから、当然現地の行動でドローンの使用は許可してもらえますね?」
「許可は取り付けてある。ただし飛行範囲は厳守すること。その範囲がこれだ」
そう言って上層部の人間が表示した範囲を見て周介は眉を顰める。
本当にパナマ運河そしてそれに連なる河川の周辺だけだ。
自国の情報をそこまで出すつもりはないというアピールのつもりか、あるいはパナマはラビット隊の救援に対してそこまで乗り気ではないのか。
どちらにせよ、現地をないがしろにするとろくなことにならないことを周介も十分理解していた。
「現地への移動手段はこちらで用意する。君達の自前の方が楽かもしれないが、正式な依頼だ。ここはしっかり飛行機に乗ってもらうぞ」
「了解しました。たまには乗せられるのもいいと思いますので、のんびり空の旅を満喫させてもらいます」
せっかくの厚意なのか、あるいは空の上で周介を自由にさせないためか。信用があまりないということは周介もよくわかっていた。
「俺たちが抜ける間のマーカー部隊業務はどうなりますか?どこかの部隊が代替で活動をするんですよね?」
「今のところはその予定だ。トータス隊を中心に、他の部隊をいくつか借りで編成している。すでにマーカー部隊と同等の活躍を見せている部隊もある。次の審査委員が通れば、その部隊もマーカー部隊として登録する予定だ」
画面に映し出された部隊の構成員を見て周介は納得する。そこには猛の名があった。
ラビット隊から出た後、後進の育成と同時に常に現場で活躍していただけに、この評価は妥当なものだろう。
「是非審査に通ってほしいですね。そうすればどんどん現場が楽になる」
猛が日本にいてくれるというのであれば何も心配することはない。周介としてはのびのび活動ができそうだと、素直に喜んでいた。