0169
最後まで、依頼主である吉野は納得していないようだった。
理屈では理解できていたとしても、心の底から納得することはできていないという言い方が正しいだろう。
大人として、そして組織に協力するものとして、それが絶対に必要なことであるということは理解しているが、それを素直に承知できるほど、この家族とペットとのつながりは薄くはないようだった。
しっかりとペットを家族として扱う、よい関係を築いていたのだろう。だがそれでも、どうしようもないということはある。
それを、彼もわかっていた。わかっていても納得できないということもある。これは理屈ではない、それこそ感情の問題だ。
どこの誰とも知らないただの犬猫であれば、殺処分することにすら何のためらいもなかったかもしれない。だが自分の飼っている、孫がかわいがるペットとなれば話は別なのだろう。それは何もおかしな話ではない。
だからこそ、乾はその話をしたのだ。依頼を完遂した後で、同じような問答を繰り返さないように。
相談ではなく、ただの通告として。自分たちはそのように動くという、ある種の決定事項を告げるために来たのだ。
「よし、それじゃ本格的に捜索開始する。白部、情報はどんな感じだ?」
車に戻り、乾が白部と無線で連絡を取っている間、周介と玄徳ももちろん車に戻っていた。
そして助手席で待っていた瞳が周介の方を一瞬だけ見て目を伏せる。
「なんか不満なことでもあったわけ?」
「え?」
「なんかすごく嫌そうな顔してた。なんかあったんでしょ?」
周介自身にそんな顔をしていた自覚はない。だが先ほどの話で納得できなかったのは周介も同じだ。
昔、まだ周介が小学生だった頃、飼っていた犬のことを思い出していたのだ。
周介が生まれる前から、両親が飼っていた犬だ。周介が成長し、小学校を卒業するころだろうか、その犬は老衰で死んだ。
その時、周介はたくさん泣いたのを覚えている。妹である麻耶はその時のことを覚えているだろう。弟の風太はそのことを覚えていなかった。それくらい昔の話だ。
だがそれでも、ペットがいなくなるということ、家族がいなくなるということの意味を周介は理解していた。
それが仕方のないことだと頭ではわかっていても、納得できないことはある。それがいつの間にか顔に出ていたのだろう。周介の表情を読み取り、瞳は小さくため息をついていた。
「動物を、ペットを返すかどうかって話でしょ?」
「……そう……でも、仕方ないってことはわかるんだけど」
「納得できない、そういうことね」
「納得は、できるんだ。それが仕方のないことだってこともわかってる。そのまま返したら飼い主の方が危ないってことも、能力のことが表に出ることもまずいってことはわかってる。けど……」
理屈は十全に理解できている。だがこれは、完全に感情の問題なのだ。こればかりはどうしようもない。
可能なら、飼い主のもとに返してやりたい。家族のもとに返してやりたい。
そんなことを考えたところで仕方がない。先ほど乾が言った意味を思い返せばすぐに理解できる。
これはもう決定事項なのだ。絶対に覆らない。覆すことのできない、すでに決まってしまったこと。それを周介が今更口を出したところで変わりはしない。
あの時と同じだ。すでに決まっていることだ。あの時はそれを知らずに、口を出した。だが、周介はそれをもう知っている。
もう、同じ過ちを、同じ間違いを口にしたくはなかった。それが間違いではないのだと心では思っていても。
「あんたは、それでいいんじゃない?」
瞳の言葉に、周介は目を見開いてしまっていた。
あきらめよう、どうしようもないことだから、目を逸らし、聞こえないふりをしよう。そう思った瞬間に、瞳は、その妥協を踏みとどまらせた。
暗い車内で光る携帯の画面を見つめ、操作しながら、瞳は口を開く。
「あんたはあたしたちの隊長なんだから、あんたがやりたいと思ったことをしなよ。そしたら、あたしたちはついていくから」
それは、周介にとって、不思議な感覚だった。今まで感じたことのない感覚だった。体の内側から何かが湧き上がるような、うごめいているような不思議な感覚。
それが一体何なのか、周介はわからなかった。
そして、周介の視線に入るように、玄徳もまた頷いて笑って見せる。自分もついていきますよと言っているかのようなその表情に、周介は苦笑してしまう。
「ありがと、安形、玄徳。やれるだけやってみる」
あきらめることは誰にでもできることだ。妥協することは誰にでもできることだ。だが、周介はこれをあきらめたくはない。
だが感情だけでものを言っても仕方がない。まずはそれができるのかどうかを確認するべきであり、なおかつ、まずはペットを見つけるところから始めなければならなかった。