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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
番外編『世界の垣根を超え崩す』

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 周介の装備はこの十年で少し改良が施されている。動かしやすさというのもそうだが、機械部分、周介の操作できる部分を増やしているのだ。これは周介の第三の能力の影響範囲を増やす目的がある。


 そしてそれは、個人装備における周介の飛行能力や機動力の増加にもつながっている。


「一番危険なのは離陸と着陸だ。地面との距離が近ければ近いほど、一緒に飛んでる人間が危険に晒される。それはわかるな?」


「はい。でもそうすると、飛び上がるときはもう一気に高度を稼いだ方がいいんですか?」


「基本はそうだな。俺らもよくカタパルトを使って高度を一気に稼いだりする。高高度に一気に飛び出て空中で姿勢を安定させるんだ。お前は普段炎を使って姿勢制御してるだろ?」


「はい。思いっきり炎を吹かせばどうとでもなるので」


「慣れてるならそれでもいいけど、その分お前の負担も増えるだろ?羽を装備してあるんだ。それを使って揚力を得てみろ。それだけでだいぶ楽になるぞ。もちろん微調整は必要だけど、俺らと違って直接推進力が得られてる分、慣れるのは楽なはずだ」


「羽から揚力ってのがよくわからないんですよね……飛行機が空飛んでるのも何となくよくわかってなくて……」


「まぁ、あぁいうのは難しいからな。鳥が飛んでるようなものだと思えばいい。何ならお前の毛で翼を作ってみてもいいわけだし。そういうのはできないか?」


「んー…………羽はちょっと難しいかもです」


 変貌能力で肉体を作り出しているとはいえ、どのような形に変えられるというわけではない。

 個体差もあるが、変貌能力にも向き不向きや相性というものがあるのだ。


 例えば亀田のような爬虫類型の変貌能力は体毛を生やすことができない。その代わりに他の変貌型のそれよりも強固な外殻を得ることができている。


 雄太の場合は体毛を大きくすることも増やすこともできるが、翼のような形に変化させるのは難しいらしい。


 だがその分機械の翼を使うことは問題ない。


 むしろ推進力を自分の能力で得られる雄太はこの中で誰よりも飛行に関する適性があるはずだ。

 もっと早くに教えてやればよかったなと、周介は少しだけ反省していた。


 猛の弟子だからと、あまり口出しをするのはよくないと思っていたが、一応は自分の部下でもあるのだ。


 そんな人間を鍛えて悪いはずはない。少なくとも自分の部下であるのであれば、周介は雄太を鍛えるつもりはある。


 と言っても、周介の場合こういうことくらいしか教えてやれないが。


「まずは一人で飛んでみろ。その後で瞳の人形を乗せて飛ぶ。それができたら二人を乗せて飛んでみる。段階を一つずつ上げていけばいい。いきなり生身の人間を乗せるのはハードルが高い」


 どちらかと言えば、ハードルが高いのは飛び立たされそうになっていた美鈴と知与なのだ。二人はいきなり上空への旅に招待されなかったことに歓喜している。


 さすがに何の強化もかかっていない人間に唐突に素人の運転する飛行機で一緒に飛べと言われればあのような反応になるだろう。


「そんな段階踏まなくても雄太だったらできるんじゃない?あんたみたいに失敗ばっかしてたタイプじゃないんだし」


「え?兄さんって、こういうの失敗してたんですか?」


「してたぞ。俺なんか何回落ちたことか。個人装備でちゃんと飛べるようになるまでもう本当に何回も落ちて怪我してるんだ。まぁ、他の装備でも失敗しまくってるけど……」


 周介は決して才能がある方ではなかった。ありとあらゆる意味で失敗して何度も練習してそれらすべてを身に着けてきた人間だ。


 だからというわけではないのだが、周介は練習という意味での訓練の重要性をよく理解している。


 自分ができなかったことをできるようになるためにはそれだけ訓練が必要で、それだけ準備が必要だったということをよくわかっているからこそ、最初からいきなり難易度が高いことをやれとは言わない。


 失敗することを前提としているために多少もどかしいかもしれないがやってみてできることを示せば次に進めるのだ。巻き込まれる側としてはそのほうが命の担保にもなるためにありがたかった。


 雄太からすれば、周介は初めて会った時からずっと、既にいろいろとできる状態であったために何かを失敗するということがどうしてもイメージできなかった。


 初期の頃のメンバーであれば、ありとあらゆることで周介が試行錯誤し、失敗を繰り返して新しい技術を身に着けていくという過程を知っているのだが、途中からラビット隊に入った雄太や周介の訓練の様子などはあまり見てこなかった美鈴からすれば意外な過去だった。


「兄さんが失敗してるところって想像できないですね……なんか今だと、何でもできる印象なんですけど……」


「昔の訓練の映像とか残ってるかもな。本当に初期の初期の映像は残ってないだろうけど、途中から撮影するようになったからあるかもしれない。最初は酷いもんだったぞ?ローラースケートですら転んでたくらいだからな」


「ローラースケート……?遊んでたんですか?」


「いや、大真面目に能力の訓練なんだけどな」


 周介は最近ローラースケートで活動することはほとんどないために、雄太たちは知らないが、初期の装備では周介の移動手段は脚部に着いたローラーを稼働させることだった。


 今でこそ全く使わなくなったためイメージがわかないのも無理はない。


 人に歴史ありとはこういうことを言うのだろう。


 周介の簡単な助言の後、雄太は空中に飛び出して空中の飛行の慣らしを始める。


 元々能力の関係で空を飛ぶことが多かった雄太はすぐに上空へと飛び上がることはできた。


 問題は推進力の源である炎を如何に水平方向に向けた状態で飛行出来るか、翼で揚力を得られるかというところにある。


 ただ、元々の経験があるからか、それとも素質があったのか、雄太は多少バランスこそ崩したもののすぐに慣れて翼で飛ぶ感覚というものを掴んでいた。


「うわ……すげ……!」


 今まで空中での高度維持のために使っていた推進力もすべて加速のために使える。その速度の違いに雄太は驚いていた。


 地上での加速と同等、あるいはそれ以上の速度で動くことができているということがわかる。


 当然急な方向転換はその分できないが、それでも今までの動きとはまるで違うことを認識して雄太は楽しくなっていた。


 羽の角度を変えることで方向転換や上昇下降を行うことができる。噴出する炎の向きを変えることで複雑な軌道をとることも可能であり、雄太は空中で何ができるのかと試行錯誤を繰り返していた。


 あっさりと空を飛ぶことを覚えた雄太に、周介としては少し複雑な気分ではあったが、部下の成長を喜ぶべきだろうと考えていた。


『兄貴今大丈夫ですか?』


「どうした?何か問題でも?」


 そんな中無線に入ってきたのは玄徳の声だった。


 現在大太刀部隊の出向組を連れて自衛隊の部隊を指導するべく活動している。


 何か問題でもあったのかと心配したがどうやらそういうことではないらしい。


『いいえ、単純に時間が来そうです。現在俺以外の二人の活動可能時間が残り三十秒を切りました。あと数回の攻勢で終了してしまうかと』


「戦法はどんな感じだ?力押しか?」


『機動力を活かして部隊の死角や準備が整っていない場所からの攻撃を行い、十数秒程度攻撃を仕掛けて離脱するということを繰り返しています。相手はこちらの位置を把握できるため、反応されがちですが』


「その辺りは仕方ないな。負傷者は?」


『こちらにはありません。向こうは……多少は負傷者が出ていますね。とはいえ行動不能というレベルではありません。うまく手加減もできていると思います』


 まだ向こうも活動することはできるというのであればそれを無駄にすることもない。ただ大太刀部隊の二人はすでに時間が終わりかけている。であれば、やることは決まっている。


「03、お前はあとどれくらい時間が残ってる?」


『残り二分くらいでしょうか。猶予があるわけではないですが、十分動けます』


「戦闘には参加したか?」


『五十メートル以内には入りましたが、どちらかというと二人の援護の身に徹していました。残弾も残ってます』


「オーケー。06、07は02がいる位置まで後退。スイッチするぞ」


『いいんですか?戦闘可能なのは三人まででは?』


「せっかくの機会だ。少しはサービスしてやろう。ただ許可は取る。少し待っててくれ」


 周介は戦闘が起きていた方向を見て目を細める。そして無線を開いて今回の訓練の統括をしている、所謂本部に通信をする。


「こちらラビット01。自衛隊統括へ、古川一佐、聞こえていますか?」


『こちら古川。ラビット01、何か問題でも?』


「訓練は順調です。ですが現在戦闘へ参加している三名の時間がそろそろ尽きそうです。一度二人を引かせて、その代わりを投入したいと思います。戦闘可能人数三人に抵触しますので、その許可をいただきたく」


『少し待て。部隊の現状を確認する…………………………部隊の状態としてはまだ作戦行動は可能であるとの返答が来た。訓練は継続したい。だが、代わりとは?』


「俺が出ます。少しは体を動かさないと」


 無線の向こうで息をのむ声が聞こえてきそうな空白の時間が続く。周介が出るということの意味はそれほど自衛隊にとっても重いものだった。


「まだ訓練を続けられるのに時間切れになるというのももったいないかと。いかがでしょうか?」


『…………わかった。むしろこちらからお願いしたい。基本は変わらない。五分間だ』


「了解しました。やられないように努力します」


 どの口が言うのかとその会話を聞いていた全ての能力者が思ったが、周介が動き出す前にもう一度無線が入る。


『一つ確認させてほしい。現状の部隊の損耗率はそれほど高くはない。多少、手心を加えてくれていると解釈しても?』


「……そのあたりは訓練が終わった後に判断していただければと。あぁ、一つだけ、注文というわけではないのですが、申告しておきます」


『何か?』


「全員の時間が残り二十秒から三十秒程度になったら、全員で攻撃を仕掛けます。そのことだけ、ご承知おきください」


 今は部隊に対して個人が攻め込んでそれを自衛隊の部隊が対処するということの繰り返しだ。


 周介はその時の様子は知らなかったが、部隊単位で動いている人間にとって高速で接近してきて通り過ぎる形で攻撃を仕掛けてくる能力者は面倒なことこの上なかっただろう。


 だが、それは時間をなるべくかけないようにするための方策だった。少数人数で行動するのは実際に問題を起こす能力者は少数が多いというためと、相手を一気に倒さないため。ある意味手加減だ。そういう意味では手心を加えているというのは間違っていない。


 だが、最後にはそれをやめる。


 その意味が分からない程、相手も馬鹿ではなかった。


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