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アロットロールゲイン  作者: 池金啓太
番外編『世界の垣根を超え崩す』

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「さぁ、話は一旦ここまでにしようか。さっそく始めるよ」


 鬼怒川は再度能力を発動し、その右腕を鬼のそれへと変貌させる。


 雄太もそれを確認して能力を発動する。


 黒い体毛を纏い、体の各所に噴出孔のような穴を作り出した獣人。どこか機械的でもあり、だが動物の形状の趣が強い特殊な獣人の姿。それが雄太の能力を発動した姿だ。


「ふむふむ。形状から察するに速度重視ってところかな?逃げ足に自信はあるかい?」


「……今日は逃げる為に来たわけじゃないんです。戦って、立ち向かうために来ました」


 雄太は腰を抜かしたままの美鈴を部屋の隅に運ぶと、全身の毛を奮い立たせていく。


 集中を高めなければ一瞬でやられる相手だというのはわかっている。自分の能力では逆立ちしたって天地がひっくり返ったって勝てる相手ではないことくらいわかっている。


 だが、雄太がここに来たのは鬼怒川に勝つためではないのだ。


 圧倒的強者に立ち向かう。そして戦い方を学び、周介を守るための、ある種のきっかけを得るために来た。


「立ち向かう……か。いいね。若々しいエネルギッシュな感じ嫌いじゃないよ」


 鬼怒川は右腕を振り回して独特な構えをする。右腕を地面につけて身を屈める。その姿は獲物を前に狩りの準備をする獣のようであった。


 雄太がどんなに鈍くたって、戦闘経験が少なくたって察せるほどの突撃態勢。対応できるかどうかは不明だ。何せ鬼怒川と手を合わせること自体が初めてなのだから。


「右腕だけでいいんですか?」


「まずは小手調べだよ。反応できなければそこまで。反応できたなら、そこから徐々にレベルを上げていってあげる」


 決して舐めているわけではない。むしろ逆だ。雄太がどれほどの実力を持っているかわからないからこそ、心配しているのだ。


 鬼怒川はそれだけの実力を有している。一歩間違えれば相手を殺しかねないほどの強力な力だ。


 だからこそ、変貌型の能力を持っていても手加減をやめるわけにはいかない。


「普段は五分なんだけど……一分ずつ、段階を上げていこうか。集中してね?じゃないと」


 鬼怒川から放たれる圧力が変わる。先ほど放たれた殺気とは比べ物にならないが、また別の、違う種類の圧力だ。


 近くにいるだけで、押し潰されるのではないかと思えるほどの存在感。つい後ずさってしまうほどの威圧感。


「一撃で終わっちゃうから」


 それが決して誇張ではないことはわかっている。先ほど何度もそれを見てきたのだ。一瞬の間違いが即座に敗北につながる。


 掛け声などあるはずもなく、互いの間に沈黙が生まれ静寂が辺りを支配する中、鬼怒川の右腕が一瞬膨張したのを雄太は見逃さなかった。


 右肩、腰から炎を噴出し高速機動に入った瞬間、ほんの瞬き程前に体があった場所を鬼怒川が通り過ぎる。


「いいね。いい反応だ。その集中を維持するんだよ!」


「……簡単に言ってくれるよ……!」


 初撃を回避できたのは半ば運に近い。オーガ隊と相対した緊張と強力すぎる殺気を向けられたことが幸いしたのか、一周回って雄太は今高い集中を発揮できる状態になっていた。


 鬼怒川の片腕状態の動きは、右腕を起点にして行われる。その為右腕の動きに注意していれば相手の動きの予測も不可能ではない。


『いいか、機動力が高い相手にあった場合の対処法は二つだ。遮蔽物を使って視線を切る事。そして罠を張る事。特にお前の方が俺よりも機動力がある。地形を利用して立ち回れ』


 それは師である猛からの助言だった。


 鬼怒川は速い。片腕の状態でも雄太とほぼ同等の速度が出せるのだろう。だが、雄太だって変貌能力を有しているのだ。


 加減をしてくれているのも理解できる。気を遣ってくれていることも、心配してくれていることも理解できている。


 だが、それを理解しているが故に雄太の胸中には一泡吹かせてやるというやる気がみなぎっていた。


 雄太は鬼怒川の動きを見続けた。常に反応できるように、全身の動きから鬼怒川の次の動作を予測しようとしていた。


 右腕を使って移動するという奇妙な移動方法でも、鬼怒川の速度は通常の近接能力者のそれと比べても遜色ない。


 だが直線的に向かって来てくれる限り、雄太でも反応して避けることができるレベルだ。


 その場に立ち止まれば狙い撃ちされる。雄太は細かく、それでいて素早く動きながら鬼怒川と一定の距離を保ちながら様子を見ていた。


 まずは様子見。鬼怒川の動きを観察しながらその動きに慣れることが必要だ。


 いくら一泡吹かせたいと考えていても、実力差がわからないほど雄太も馬鹿ではない。片腕だけとはいえ相手は百戦錬磨の能力者。


 それに訓練のレベルを上げていかなければ、一泡吹かせても意味がない。


 再び鬼怒川の攻撃が始まる。障害物を足場に跳ね回るように移動し続け、雄太の死角となる方向から襲い掛かろうとする。


 だが雄太もその動きを把握し回避行動を既にとっていた。


 機動力のある近接型。雄太も同じタイプであるために鬼怒川のやりたいことは何となくわかってしまう。


 動き回って視線の外へ周り込み、背後から奇襲。機動力がある能力者でしか使えないような攻撃であるが故に、その動き自体は読みやすい。


 障害物を盾に、そして足場にしながら雄太も鬼怒川を追う。この手の攻防では足を止めたほうが負けだと、雄太もわかっていた。


 機動力のあるもの同士の戦闘で最も面倒なのは相手の姿を見失うことだ。


 複数の障害物があり、死角がどうしてもできてしまう。相手の視界から消え、同時に急接近、不意打ちを行うことができる。そして逆もまた然りだ。


 鬼怒川と一定の距離を保つように雄太は動き続ける。奇しくもそれは鬼怒川を追うような動きになりつつある。


 逃げるのではなく逆に追う。動きが奇抜な鬼怒川相手にそれができるのは雄太の方が今のところ鬼怒川よりも高い速度を出すことができているが故だった。


「ふむふむ、結構いい速度だ。うちについてこようとする胆力もなかなか。伊達に鍛えられてないね」


「そりゃどうも!」


 褒められていると思っていいのだろうが、雄太は褒められている気がしなかった。何せそれなりに必死で追っているというのに、追いつけないのだ。


 速度では勝っているはず。空中で動くことができる分、雄太の方が機動戦では圧倒的に有利なはずだ。だというのに追いつけない。それは鬼怒川の動きに理由がある。


 鬼怒川は雄太が見ているその視界を把握したうえで障害物の死角に入り込み、先ほどまで向かっていた方角とは真逆へと方向転換する。


 一瞬姿を見失い、その一瞬で別の方向に向かう。当然雄太はわずかながらに反応が遅れてしまう。その僅かな遅れが、二人の距離を引きはがすのに一役買っているのだ。


「さてさて……じゃあ、ちょっと攻撃しようか?」


 追われていた鬼怒川は死角に回り込むと、あっという間に雄太目掛けて距離を詰める。


 一定の距離を保とうとしていた雄太だったが、ほんのわずかな反応の遅れで鬼怒川の射程距離まで近づかれてしまっていた。


「来ると思った!」


 だが雄太もそれを予想していなかったわけではない。訓練や実戦の映像で鬼怒川の動きはよく見ている。


 基本的には超接近戦を好む彼女が、一定の距離を保つような状況をそのままにしておくはずがないのだ。だからこそ、雄太はそれが来るとわかったうえで待った。


 攻撃がどこから来るか。それもわかる。速度で勝っている雄太相手に攻撃を仕掛けようとすれば、鬼怒川は背後、あるいは雄太の直下や直上など、一時的に死角になっていてなおかつ反撃のしにくい場所に仕掛けると読んだ。


 そして、雄太の能力の場合、背面は死角ではあっても、反撃しにくい場所ではないのだ。


 その背面の噴出口から勢いよく炎が噴き出る。


 近づこうとしていた鬼怒川の体めがけて炎が襲い掛かり、雄太の体は炎によって勢いよく前方へと押し出される。


「ちぇ……さすがに簡単にはやらせてくれないか」


 直接炎を浴びせられたというのに、鬼怒川は全く痛痒に感じていないようだった。雄太の炎は少なくとも直撃すれば重度の火傷を負う程度には高熱を発しているというのに、まったくもってダメージを受けていない。


 いったいどんなからくりなのかと呆れる中、それでも雄太は攻撃を回避できたことに素直に安堵していた。


「ふぅ……あぶね……!」


 あらかじめ予測していたとはいえ、それでもかなりギリギリのタイミングだった。雄太には周介のような神がかり的な回避を行うようなことはできない。


 あの動きを真似できたらと、思ったことはある。だがそれができるのは世界広しと言えど誰もいないことだろう。


 能力によって反射神経なども強化されているが、それでも周介の初動には圧倒的に劣る。回避能力に関して言えば、雄太は周介には決して敵わない。


 だがそれを補って余りある能力が雄太にはある。


 雄太の能力において最も特筆すべき点は、体の各所から放たれる炎。この炎を出すことによってどういう訳か推進力も得られるのが特徴だ。


 前面だろうと背面だろうと噴き出る炎によって攻撃もできるし、それによって機動力も得られる。その分強化にかかっている能力出力自体は単純な変貌型に比べれば劣るが、それを差し引いても雄太の速度は大太刀部隊の中でもトップクラスに位置している。


 鬼怒川がやや持て余すのも無理のない話である。


「んじゃ、一分経つし、そろそろ次のレベルに行こうか」


 ただ、それも鬼怒川が片腕だけの状態であればの話である。


 鬼怒川の能力が更にその範囲を広げていく。両腕の能力発動になった瞬間、雄太は鬼怒川から放たれる気配が先ほどのものとは別種になっていることに気付いていた。


「それじゃあ小手調べ。ちゃんと防御するんだよ?」


 防御。先ほどまでとは能力の出力が変わったからと言って、回避できなくなるほどだと雄太は思っていなかった。


 また避けてやると意気込んでいると、眼前から鬼怒川が消える。



 いったいどこに。



 そんな思考を挟むよりも早く、雄太は無意識で跳躍していた。


 瞬間、先ほどまで自分の立っていた地面が鬼怒川の拳によって砕かれる。


 何も考えずに跳んだ。時として本能に身を任せた方が上手くいくこともあると、師である猛に教わったが、それがまさかこんなところで活きてくるとは思ってもみなかった。


「ほら、防いでね?」


 だが、安堵している暇はなかった。


 地面を砕いてから間髪入れずに空中に飛び出した雄太目掛けて襲い掛かる。


 回避しきれない。雄太は覚悟を決め、繰り出される鬼怒川の一撃に対して体毛を一気に増やし盾を作り出した。


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