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「なるほど、また大将にしてやられたか」
「はい……単独で動くことを許してしまいました……」
大太刀部隊の訓練所で多くの大太刀部隊の人間が訓練をしている中、雄太は自分の師と呼べる人物の元を訪れていた。
その人物は宇佐美猛。大太刀部隊からラビット隊に初めて出向した人物でもあり、幼いころから雄太のことを気にかけ、能力に関する教育と訓練などを引き受けてくれていた人物である。
今はラビット隊への出向経験、現場での活躍なども加味して大太刀部隊にいる近接型の能力者の教育を行っているところだ。
その一角に雄太がいる。雄太は幼いころ、それこそこの組織にやってきて能力の訓練をし始めたあたりの頃から猛に指導を受けていた。
今の能力の使い方も、ほとんどが猛の真似である。自分の能力でしかできないことを除き、立ち回りや行動の仕方なども猛にならったものだ。
一年以上、猛は周介の下で活動していた。
ラビット隊の活動頻度の高さもあいまって、それだけでも猛の現場経験はかなり濃密なものになっていった。
その技術を雄太は受け継いでいる。現場経験こそ少ないものの、この十年の間で猛のマンツーマンに近い指導を受けているのだ。
だが、それでも現場に出ればうまくいかない。雄太はそのことが悔しかった。
「仕方ないわな。そもそも大将の動きを完璧に把握しようってなったら、俯瞰して見続けるしかねえんだ。けどそんなのは前衛の仕事じゃない。お前は前に出て大将の脅威になる敵を止め続けろ。それでいい」
猛も現場経験の薄い雄太が周介の動きを止められるとは思っていなかった。それに加えて言えば、歴代の出向者は誰一人周介の動きを予測することも、止めることもできなかったのだ。
最近配属された雄太にそれをしろというほうが無理の一言である。
「でも俺含めて三人もいたのに……」
「確かに、一つの相手に三人がかりってのは過剰だな。相手が変貌型である事を差し引いても随分と慎重な対策だ……ま、大将にも考えがあったんだろ」
猛は雄太を見て目を細める。
まだ現場で起きたことを記録した映像や通話記録などは確認していないが、恐らくは周介が雄太を気遣ったのだろうということは予測できた。
雄太はこの十年猛が鍛えてきた。どんなことが起きても対応できるように、どのような状況でも対処できるように鍛えてきたつもりだ。
だがそれはあくまで訓練だ。訓練と実戦では圧倒的に違う。訓練で当たり前のようにできることが、実戦ではできなくなることなどはよくある事だ。
だからこそ、まだ実戦慣れしていない雄太と、出向に来たばかりの大太刀部隊の二人のメンバーを一緒に行動させて、互いのミスをフォローできるような態勢を組んだ。
「大将の指示は大雑把だろ?あれやれこれやれとか、細かい事言わねえからな」
「そうですね。だいたい前に出て暴れろとか、あれを押さえろとか、そういうレベルです。まぁ、そのほうが楽って時もありますけど……」
「逆に連携がとりにくいこともある。04までのメンバーはラビット隊の初期メンバーだから、大体大将の動きを予測してフォローに入れるが、お前よりも後のメンバーはまだそれがわからない。だから、大将の考えや行動を予測して動かなきゃいけない。それがまた、大変なんだよなぁ」
周介は元々、ある程度前衛を自由に動かすような指示をする。元々周介自身が前衛としての心構えなどを理解していないが故、細かい指示ができないといったほうが正しい。
前にいて、勝手に行動することはできても、常に能力を使いながら盾となり相手の意識を集めるという行動に慣れていないのだ。そのためその心理を理解できない。だからこそ指示も大雑把で、ある意味自己裁量で動きやすい環境と言えるだろう。
だが同時にそれは自分の判断で動くことを求められる。それは訓練で補うこともできるが、周介と一緒に活動する場合それでは足りない。
猛もそれを経験しているためによくわかる。前衛として鍛えられた人間からすれば理解不能な動きをする。
それは普段の周介の訓練の様子からもわかる。
「大将は俺らには見えてないもんが見えてる。俺たちじゃわからないことがわかる。だから、あいつの行動に合理性とかそういうもんを求めるな。俺らがやるべきことは一つ」
「兄さんを守る事」
「そうだ。わかってるじゃねえか。どんな状況だろうと、大将の身の安全を優先しろ。時には大将の指示を無視したってかまわねえ。お前は、ラビット隊の正式なメンバーだ。出向してる連中とは違う。お前が最終防衛ラインなんだ。それをよく覚えておけ」
雄太は大太刀部隊クラスの能力を有し、猛から長く指導をされていたということもあり基礎能力は非常に高い。単純な能力だけではなく反応や判断力も同世代や近い世代の能力者と比べれば頭一つ出ている。大太刀部隊の中で雄太を欲しがる部隊はいくつもあるだろう。だが雄太はそれを望まず、ラビット隊に入ることを望んだ。
大太刀部隊からの出向ではなく、正式なラビット隊のメンバーになるということは、それだけ重い意味を持つ。
特に指導を受け持った猛にとって、それは大きな問題だった。
周介が気にかけていた少年だというのもある。だがこの十年自分が指導した人物だということが猛にとっては大きかった。
愛着だって沸くし、責任感だって持ってしまう。自分の弟子が不甲斐ない行動をとらないか、不安で仕方がないという気持ちもあるのだ。
「大将について行くのは、しばらくは大変だろうな。慣れるまで……まぁあと半年ってところか?それくらい現場について行きゃ、多少は予想できるようになる。場合によっちゃ、オーガ隊の訓練にも一緒に参加させてもらえ」
「え……オーガ隊の……ですか……?」
「あれはいい訓練になる。大太刀の中でもトップクラスだ。きついが、その分身につくものは多い。大将が一緒に行くときに連れて行ってもらうのがいいかもな」
オーガ隊の訓練は参加したら次の日は負傷で動けなくなることを前提としたものだ。それに参加するというのはかなりの危険が付きまとう。場合によっては現場よりも危険なことなど当たり前だ。
だがそれでいいと、オーガ隊の人間と周介たちは考えている。現場以上の危険を訓練で味わえるのだ。それをこなしてようやく現場で怯むことなく動けるだろうとそう判断してるのだ。
その考えが間違っているとは思わない。何せ多くの大太刀部隊がその訓練を受け、その訓練の度に動きが良くなるのだ。
そして他の拠点と比べ、全体のレベルの引き上げが行われていることは間違いない。
だがそれに積極的に参加しようとする者はいない。約一名を除き。
「大将はもうずっと前からオーガ隊の奴らと訓練をしてる。それこそお前に会う前からだ。それに追いつきたいって言うなら、それなりの訓練が必要になるだろうな」
「うげぇ……師匠もやったんですか?」
「あぁ。俺の場合はオーガ隊の連中から対象を守るって感じの訓練だ。倒すんじゃなくて守るんだ。まだ当時は大将も俺を盾にするってことに抵抗もってたけど、その訓練のおかげでだいぶ前衛の扱い方がわかってくれてな」
周介が未熟だったころの話というのはなかなか聞けない。それこそ昔から周介を知っている人間からしか聞けないのだ。
周介自身は割と自分の失敗を語るが、それでも何がダメだったのかなどを聞く機会はなかなか珍しい。
「兄さんにもそういう時ってあったんですね」
「大将は割とそういうのが多いぞ。まぁそのおかげで動きとか気配が分かりやすくなったというか……その訓練をやると、なんつーのかな……大将の位置とかそういうのが何となくわかるようになるんだよ。オーガ隊との訓練の時、大将はすげえ威圧感出すからな」
「威圧感……ですか」
「感じたことねえか?現場だとちょくちょく出てるときもあったけど……前に強く威圧しすぎて周りの一般人までやばい状況になったことあるから、最近は自重してんのかな……?」
雄太はその威圧感というものを感じたことはなかった。まだ周介と一緒に現場に出たことが少ないからかもしれない。
とはいえ、その威圧感というものを感じたことがないためにどうにもイメージすることができなかった。
「本人に聞いてもいいけど……たぶん大将もあれ結構引きずってるから、さすがに本人には聞きにくいか……なんなら調べてみろ。ネットの中でラビット隊のことはいろいろ情報流れてるから調べられる。確か……何年前だったかな……五、六年前くらいだったか?」
「一般人にも被害が出たってことですよね?兄さんがそんなことするとは思えないんですけど」
「あぁ。能力でどうこうしたわけじゃねえからな。被害って言っても、別に怪我をしたってわけじゃねえ。あー……なんつーか……本当に威圧して、周りの人間がそれにビビっちまったってだけの話なんだけどな」
「あぁ、強い人と訓練とかで立ち会う時ビリビリきたりしますけど……それと同じってことですか?」
「たぶんそんな感じなんだと思う。それをもっともっと強くした感じって言えばわかるか?大将もそうなんだけど、うちの拠点でも何人かそれをめっちゃ強く出せる人間がいるんだよ」
「へぇ……その威圧感を……ですか?大太刀部隊の中ですか?」
「そうそう。ただ、そういうのに慣れてるやつ曰く、そういうのはコントロールして特定の誰かに向けたりってのができるらしいんだけど……大将はそれができないらしくてな。垂れ流すだけ。だから周りが巻き込まれた」
通常、気配というものはそれを感じ取れる人間とそうではない人間とではっきりと分かれる。察しが良かったり、感覚が鋭かったりする人間は相手が強い気配を有していなくてもそれを感じ取ったりできる。
だが、周介や他のメンバーが出せる威圧感というものは、通常気配を感じ取れないような人間にも強く干渉できるほどの気配を放つ。
人によっては殺気と言ったり、威圧感と言ったり、圧力をかけるなどと表現するそれは日常生活では浴びることなどはまずありえない。
特に一般人などはそのような機会はまずない。実戦に慣れている人間であれば、そういう強い気配を感じたこともあるかもしれない。だが一般人にそんな経験はまずないだろう。
そんな人間が、強すぎる気配や威圧感を受けたらどうなるか。雄太は想像もできなかった。
「いい機会だ。オーガ隊の訓練を受ける前にそれを調べてみてもいいんじゃねえか?お前の携帯にもツクモ入ってるだろ?」
「はい、アプリで入れてます」
「なら手伝ってもらえ。たぶんすぐ教えてもらえる。ただ、大将にはあんまり言うなよ?周りからすれば笑い話だけど、本人結構気にしてたからな」
いったいどういう状況だったのかと、雄太は気になってしまっていた。
一般人を巻き込んでしまったという点から、周介が気にするのも無理のない話ではある。ただ、状況がどうにもイメージできなかった。




