0166
途中でコンビニによってパンやおにぎりなどの食料を買い込んだ周介たちは、乾の指定した場所に到着していた。
今度はコインパーキングに車を駐車し、乾を先頭に歓楽街を散策していく。
「先輩、こういうところの情報屋ってことは、裏のルートとかそういうのですか?」
「なんだそりゃ。別に情報屋って言ってもそういうやばいような奴じゃねえよ。基本的には無害な奴だ。ゴミ漁りとかしてるけどな」
「ってことは、さっき買ってたこれはそいつらへの報酬か?相手はホームレスの類か?」
「似たようなもんだ。まぁ帰る家くらいはあるだろうけどな」
そう言いながら歓楽街の一角を通り過ぎると、乾は目を見張って急遽方向転換しその場所に歩きだす。
「いたいた、探したぞベケット。また頼みに来た」
乾が話しかける先には一見してだれもいないように見えた。路地裏のその場所はゴミが散乱しており、それを漁る烏や野良ネコがいるくらいのものである。
少なくとも、お世辞にも長居したいとは言えない場所だ。周介たちは乾を追って悪臭漂うその場所に足を踏み入れていた。
「あの先輩、情報屋ってのは?」
「あぁ、紹介してなかったな。こいつがその情報屋、ベケットだ。ベケット、こいつらは俺の後輩だ。顔覚えてやってくれ」
乾が周介たちが見えるようにその人物の前から少し体をずらすと、周介と玄徳にもその姿が露わになる。
それは烏だった。黒い羽根に黒いくちばし、烏らしくゴミを漁っている最中だったが、今は乾の方にまっすぐと視線を向けている。
烏らしく一声鳴くと、烏はゴミの上に乗って乾の方を見つめ続ける。
「そういうなよ、ちゃんと報酬も持ってきた。ほれ、お前の好きなパン買ってきてやったからよ」
まるで烏と話ができているかのような対応に、周介は一瞬乾の頭がおかしくなってしまったのではないかと思えてしまう。
どうやら玄徳も同じようなことを思ったらしい。怪訝な顔をして烏と乾を見比べていた。
「で、本題だ。こいつらを知らないか?最近飼い主のところから逃げ出したらしい。たぶんこの辺りにいるんじゃないかって思ってんだけど」
乾がペットの写真を見せると、烏は再び一声鳴いてゴミから飛び降りる。翼を広げてゆっくりと羽を動かすその仕草は何かを伝えようとしているのかもしれないが、あいにく周介たちには全くわからなかった。
「わかったわかった、今度買ってきてやるから、頼むよ。それじゃまた来る。お前ら、行くぞ」
「ちょ!待って待って待って!先輩待って!説明して!俺ら状況全くわかってないです!なに?何をしてたの?何がわかったんですか!?」
「頭がおかしくなったんじゃねえのか……?大丈夫か?」
周介は必死に乾を引き留め、玄徳は乾が本格的に頭がおかしくなったのか、あるいはもともと頭がおかしかったのではないかと目を細めている。そんな二人を見て乾は状況を察したのか、一緒についてきていた安形の方を見る。
「説明なんてしてないですよ。他人の能力のことを吹聴するような趣味はないんで」
「あー……そっか、そりゃ最初はビビるわな。悪かった。ちょっと待ってろ、言葉を理解するだけならそこまで深くかける必要もない」
そう言って乾は周介と玄徳の額に手を触れて能力を発動した。いったい何をされたのかわからなかったが、周介と玄徳は一瞬意識が遠くなるような感覚を覚えていた。
眠るときの感覚に似ている。意識がゆっくりと暗闇に溶けていくような感覚だ。だがそれも一瞬だった。瞬き程度の時間ぼやけた意識は、再びすぐに活性化し、目の前にいる烏の方を見た。
「なんだイヌイ、まだ用があるってのか?これ以上は追加料金をもらうぜ?」
「そうじゃねえよ、こいつらがお前と話をしたいんだと」
その声は聴いたことがない声だった。いったい誰の声なのか、周介と玄徳は周囲を見渡すが、目の前の烏が羽を動かしているのを見て周介たちは徐々にそれを理解し始める。
身をかがめて、先ほどの烏を覗き込むように見つめると、烏は何回か飛び跳ねて周介たちの方に方向転換する。
「なんだお前ら、俺の顔になんかついてるのか?あいにくと俺は綺麗好きなんだ。小汚い顔を近づけんじゃねえよ」
「……マジで!?え!?これマジで!?」
「うっそだろこれ、俺ぁ、ゆ、夢見てんじゃねえのか?烏が……喋ってやがる……」
周介と玄徳はあまりの衝撃に自分の頬をつねって見せるが、しっかりと頬は痛みを脳に伝えている。一体どういうことなのだろうかと周介と玄徳が乾の方を見ると、乾の目はしっかりと青い光を放っていた。
「これが俺の能力。『皮肉屋同士の二人言』だ。こうやって人間じゃ入手できない情報を入手できるんだよ」
「すげぇな、お前が本当に話してるのか?」
「お前じゃねえベケットだ。名前くらい覚えておけよチビ助」
「あぁ?てめえ兄貴に何ふざけた口きいてんだ?焼き鳥にしてやろうか?」
得意げにしている乾を完全に無視して周介と玄徳は目の前に存在する人の言葉をしゃべる烏に夢中になっていた。無理もないだろう。これほど流暢に喋る動物などこの世界のどこを探しても存在しないのだから。
「あー、もしもし?お前ら人の話聞いてるか?」
「あ、すいません先輩。にしてもすごいですね。動物と喋ることができるなんて……」
「んっと、正確には微妙に違うんだがな。実際にこいつが声を出してるわけじゃないし、こいつの意志でしゃべってるわけじゃないというか……」
「おいコラ烏てめぇ、次ふざけたこと言ったらマジで潰すぞ」
「やってみろやデカブツ、小動物にしかイキれないなんてかわいそうな奴だな」
烏にいいように挑発されている玄徳は烏を捕まえようとしているが、それを瞳に止められもがいていた。
対して周介は乾の説明に疑問符を飛ばしてしまっている。
「俺の能力は自分の知性を相手に与えて、自分の知りたいことを相手から抜き出してるだけなんだわ。念話、テレパシーみたいなもんで声みたいに聞こえてるだけ……って言っても、俺自身俺の能力を正確には把握できてないんだけどな」
「えっと、つまりは、この烏が思ってることってわけじゃないってことですか」
「まぁたぶんそういうことだな。実際に烏の感情が入ってないのかどうかはまた微妙なところだけど。今お前らにも声が聞こえてるのは俺がそれを中継してお前らに伝えてるだけ。普通は俺にしか聞こえない」
先ほど乾に触れられるまで、烏の言葉は周介たちには理解できなかった。今は乾のおかげで何を言っているのか理解はできるが、これも乾が中継してくれているおかげなのだという。
「つまり、先輩は動物とかを介して情報収集ができるってことですか」
「そういうこと。こういう情報を回収してくる動物を結構いろんな場所で確保してるんだよ。白部が大まかな位置を特定したらその場所をさらにくまなく俺の能力で確認する。動物ってのは結構いろいろ見てるもんだぜ?」
動物はいたるところにいて、そこにいることが別に何も不自然ではないものがほとんどだ。時折珍しいなと思うことはあっても、道端に烏やハトがいたとして怪しがる人間はいない。
そしてそういう生き物がいたとして、それを警戒して情報のやり取りを止めるということもまたないだろう。
人間社会における情報収集ではそれなり以上に役立つ能力のように思えた。
「でも待てよ、こういうやつを用意してたって、動物が覚えてられる記憶なんてたかが知れてんだろ」
「だからさっき言っただろ。こいつらには俺の知性を与えてるって。つまり俺の記憶領域と微妙にリンクしてんだよ。それをこうやって近づくことで引き出したり消したりしてんの。単なる動物じゃねえんだって」
「リンクって……それってどれくらいもつんですか?」
「体調とかにもよるけど、最長一カ月も放置すると勝手に消えちまうな。だからこうやって定期的に会いに来なきゃいけないんだよ。直接頭に触れないと俺の能力は発動できないからな」
周介たちのように能力の発動対象があり発動可能範囲があるタイプとはまた違い、発動対象に加えてさらに発動するための別の条件が加わっているタイプの能力のようだった。
直接触れる、しかも頭部に限定されていることを考えると事前準備がかなり必要なタイプのように思える。
「まぁとりあえずこうやって依頼を出せばちゃんと動いてくれる。こういうやつみたいに報酬があるとやる気を出す奴もいるけどな」
「パンよこせばいい情報もってきてやるぜ?コッペパンよりも食パンの方が好みなんでな、そのあたりよく覚えとけよルーキーども」
烏らしく一声鳴いてから羽を前後に動かして得意げに胸を張るその姿は普通の烏がするような動作ではなかった。
何かしらの知性が与えられているというのはきっと間違いではないのだろう。こういう烏の芸などをやったらそれなりに稼げそうだなと下賤なことを考えながら周介は感心してしまっていた。
「こいつ滅茶苦茶むかつきませんか兄貴、一度どついてやりましょうよ」
「やめろって、烏相手にムキになるなよ。で先輩、この烏……ベケットでしたっけ?こいつには依頼はしたんですか?」
「あぁ、この三匹を探してくれるように頼んだ。あとは同じような動物に依頼を出して、時間になったらまた依頼主のところに戻るぞ」
「他にはどんなのがいるんです?」
「色々いるぞ。鳥だけじゃなくてネズミとか犬とか猫とか、一応魚もいけるな」
「魚も、じゃあ爬虫類も?」
「いけるな。俺の能力は生き物であれば発動可能だからいろいろと動物を雇ってる。一応虫とかもできるんだけど、あいつら探し出すのが面倒なんだよ」
動物や魚などと違い虫などは見つけること自体が難しい。体が小さいということもあるし何より地面の下にもぐっている虫なども多いためにたとえ依頼を出せたとしても再び会うのが難しいのだ。
能力を使えば場所はある程度わかるらしいのだが、それもある程度でしかない。大雑把すぎるためにあとは自分で歩き回って探すほかないのだ。
今回ベケットと呼ばれる烏を早々に見つけられたのは運がよかったと思うべきなのだろう。
「次いくぞ次。じゃあなベケット、また今度来る」
「次は六枚切りもってこい。焼きたての奴な」
「覚えてたらな。行くぞお前ら」
乾の後に続いて周介たちは次の情報源に向かうべく移動を開始していた。ちょっとしたファンタジーの気分だと思いながら周介たちは次なる動物に会いに行く。